虫も飛び交う道でも

誕生日会当日は、朝から風晴も準備を始めた。

ケーキは最終的には白い生クリームにメロンとブリーベリーを飾った円形バースデイケーキになる予定だ。

でも、中身を 間に苺ムースを挟んだスポンジ生地にしたかった。これをやるとなると冷(さ)ましたり冷(ひ)やしたりする時間が必要になる。

だから、朝からまずスポンジ生地を作らなければ。

薄力粉を ふるいで振るって置いておく。

ボールに卵を割り入れ、砂糖を分けて加えながら、ひたすら混ぜて泡だてる。湯煎にかけて このボールを温めるやり方もあるが、今は暑くて、風晴はやりたくない。ひたすらかき混ぜ続けた。

やがて、だんだんと白っぽくなり、泡立ちがきめ細やかになる。モッタリとしてきたら、置いておいた薄力粉と溶かしバターを加えて、ゴムべらでさっくりと混ぜ合わせた。

後は型に流し入れて、予熱しておいたオーブンで３０分焼く。焼け具合によっては、もっと短くて済みかもしれない。片付けながら見ていると、やがて、台所は甘い香りが立ち込めた。

『いい香りね、風晴くん。』

井原雪枝が、母と一緒に入ってきた。

風晴は、

『おはようございます。』

と挨拶をした。

『後で大河さんも来るからね。』

と、井原の陰から風子が言う。風晴はうなずいた。もう、何人でもあまり変わらない。いや、、、

『２つ作ったらいいのかもな。』

ポツリと呟いたら、母が

『卵使っていいわよ。買い物に行くつもりだったから。

生クリーム足りる？』

と言ってくれた。

『助かる。追加、お願いする。』

風晴は洗ったボールを再び持ち直す。

大忙しになってきた。

午後になって、焼いて冷ましたスポンジに、苺ムースを流し込んで、スポンジ生地と交互に４層にした。これで、２時間くらい冷やせばいい。

午前中、思いがけずスポンジを2回焼くと言うハードなことになって、泡だてるのに汗をかいた。今は、苺を潰した時の汁がシャツに飛んだ。

（シャワーを浴びて、着替えたい。）

だが午後から聖が合流することになってる。

一言かけておいたら良い相手を、風晴は外に探しに行った。

民宿の裏庭では、ミステリー同好会メンバー達がバーベキューの準備を始めていた。

スタンドタイプのバーベキューコンロや、折りたたみのテーブルや椅子はすでに広げられている。人数が多いので、卓上カセットコンロも２つ出されている。

だが、今はそこまでだった。これから、炭の準備や野菜の準備が待っている。肉だけは、昨夜からカット済みで冷蔵庫に入っていた。

風晴は、準備に動く６人の中の1人を呼んだ。

『正火斗！』

すぐに彼は振り返った。こちらに来る。そして、言った。

『なんだか物凄く甘い香りがする。』

『ケーキ作りしてたら、こうなるんだよ。特に、今は苺の果汁もついてるから。』

正火斗が笑ったので、風晴は少しバツが悪くなった。

やっぱり早く着替えよう。

『オレ、シャワー浴びて着替えるから。聖が来たら頼む。お前に会って、、お礼言いたいって言ってたんだ。』

『お礼？』

正火斗が聞き返した。

『そう。だから調度良いと思って。』

言ったところで、2人に向かってアブが飛んで来た。田舎のアブは大きい。２人共慌てて手で払った。

『な？はやく着替えないと、虫は たかってくるし、ロクなことないんだ。だからあと頼む。』

風晴は真面目に言ったが、正火斗はまた笑った。

もういい。風晴は踵(きびす)を返して民宿へと戻った。

一階の家族のみが使うユニットバスで、風晴はシャワーだけ使った。さっぱりとして、Tシャツとカーゴパンツに着替える。脱衣所を出て廊下を行くと、台所から母が顔を出した。

『風晴、聖くんが来たの。正火斗くんと水樹ちゃんとうえに上がったわよ。』

『ああ。』

母親には平然と答えたが、内心、水樹も増えたことは引っかかった。まあ、水樹も聖を気に入っているから、話したかったのかもしれないが。

階段でふと気がついてポケットを探る。スマートフォンを見ると、やっぱり聖からLINEが来ていた。

" 着きました。男子部屋にいく。"

と、そこにはあった。助かる。

階段を上がり切って、迷わず風晴は男子部屋をノックした。

『どうぞ』

と聞き慣れた声がした。入っていくと、正火斗、水樹、それから聖が男子部屋の座卓を囲んでいた。

聖が風晴を見て、珍しく自分から

『風晴、正火斗に、、お礼が言えた。』

と、言ってきた。

『良かったな。』

何気なく返した。が、それを

『良かったな、聖。言いたがってたもんな。』

と、繰り返した。

『うん。』

聖は少しニコニコな感じになった。

『こっちこそ、頑張ってくれてありがとう なんだけれど。本当に、よくやったよ。』

男子部屋の座卓はそれほど大きくない。正火斗は手を伸ばして聖の頭をポンポンとした。

それを見ていた水樹が

『あ、私によくやってたヤツだ。聖、" 弟認定 " かも。』

と指さす。そして、風晴を見て

『桜田、ケーキ増やしたんでしょ？大変なら私そっち手伝いたい。』

と言った。

風晴は瞬時に分かった。水樹は秀一といるのが辛いんだ。

『手伝ってくれたら助かる。』

水樹はその答えに安心したように2度うなずいた。

（あの馬鹿まだ伝えてないんだな。）

座卓につきながら思った。

すると、今度は聖が

『水樹さんにも、、僕、言わなくちゃいけないことがあって、、』

とモジモジしだした。

『何？言って、聖。聞くよ、聞くよ。』

水樹は前のめりだ。

『大事なこと。、、、あの、僕、、、』

風晴の頭の中に、これまでの水樹と聖のやり取りが思い出される。結構いい感じだったのか？昨日、1番始めに水樹へのキーホルダーを選んだ。

まさか、、、

『大切なナイフ、失くしてしまった。、、ごめんなさい！』

と、聖は頭を下げた。

水樹は言った。

『ああ、アレ ! 全っ然 いいから。気にしないで。』

『でも、アレのおかげで、、お母さん助けられた。だけど、置いてきてしまって、、、』

聖は水樹に説明を続けている。

風晴は脱力していた。

、、、変な逆転ホームランを想像した自分を反省する。

馬鹿だったな、オレ。

その時　横から、正火斗のため息が聞こえた。

見たら、彼も風晴の視線に気づき、ヤレヤレと言うような笑みを浮かべた。

恋愛偏差値は同じくらいだな、オレ達。

風晴も、今度は笑った。