#72 大罪人たちは帰還する
「ねえ、あとどれくらいで着くの?」
「んー……そうだな。もうすぐだ」
「もう、エア。それ何回目なの?」
森の中を駆け抜けながら、ルカはそう小さく笑った。
行きの道中でも投げかけられたその質問だったが、今と以前とでは持っている意味がまるで違う。
以前のそれは到着までの道のりを退屈に思っての言葉だったのに対して、今の彼女にとっては今か今かと待ちわびている言葉だった。
身体強化の訓練も兼ねて、ということでかなりの強行軍で帰宅をしているふたりだったが、それでもなお、ルカの身体は未だ疲れていなかった。
この旅行の最中に、ルカは魔法使いとして大きく成長した。様々な魔法の使い方を覚え、変則的ではあったものの、実戦まで積んだ。
エアハルトとしてはそこまでさせるつもりはなく、せいぜい自己防衛用にというつもりだったが、しかし、それらの経験は間違いなく彼女の力となっていた。
ここまでの帰宅スピードが、その明確な証明だろう。
「いろんなことがあったからね。たっくさんミリアさんにお土産とお話をしなきゃって!」
ルカはそうウキウキしながら語る。
(そういえば、土産についてはしっかりと吟味できていなかったが、大丈夫だろうか)
たしか出てくるときにミリアに対しては土産を期待していろと伝えた覚えがある。しかしファフマールから出てくる際には大急ぎで、なおかつ隠れつつに出てきた都合もあってキチンとは選べていなかった。
それなりのものは買ったつもりだが、さてどうだろうか。
「ふーむ……」
近場の別の街を経由して、なにかしらを買っていくこともできなくはないだろうが。しかし、いち早く帰りたいルカと、ついでに旅行先を明示しているのに別のところで買うというのも気が引けたため、やめておく。
「行きとは別のルートを通っていたから少し道の見た目は別だろうが。……ほら!」
エアハルトがそう声を上げるとほぼ同時。ルカもその言葉の意味を察する。
感情が高ぶったからだろうか。ルカの身体強化が若干ブレてしまい、一瞬転びそうになる。
エアハルトがカバーに入ろうとしたが、彼女はなんとか自分の身体を持ち直し、そのまま走り続ける。
やはり、相当に成長しているようだった。とはいえ、感情のブレにより魔力の操作が乱れるのはあまりよろしくない。
グウェルとの戦いのさなかにも起こったらしいので、やはり、そのあたりの制御の練習は必要かもしれない。
しかし、兎にも角にもいまは前方のことである。
彼らの視界の先にあったのは、森。その先あるのは、街道。
この道には見覚えがある。つまり、行きに通った道である。
それも、最初の頃に通った道。つまりここは、
「あともう少しで、着く!」
ミリアやダグラスの住む街、城塞都市クラテスの近隣の街道だった。
関所で少額の通行料を支払い、エアハルトとルカはクラテスの中に入る。
実際には移動の期間も含めて2ヶ月も経ってはいないのだが、しかし、それでも久しぶりのその景色にルカは思わず息をついた。
「さて、ルカ。ミリアとダグラスさんの家がどっちだったかは覚えてるか?」
「ふぇ? えっ、ええっと……」
彼女はエアハルトのその質問に対してぐぐぐっと考え込むルカ。自信なさげな様子で「……こっち?」と指を指す彼女に対して、優しく正解だということを告げる。
「まあ、少し前に短期間だけ滞在した、というだけだからな。あまり地形が頭に入ってないのも仕方がないだろう」
なんなら今ならファフマールの中心街のほうが頭の中に入っているんじゃないか? と、そう尋ねるとルカは少し苦笑いしながらコクリと頷いた。
実際、ルカはグウェルとのおいかけっこをするために、事前に必死です頭の中に中心街の地図を叩き込んだ。
そして現実にそこを走り回った都合もあってか、更に街並みについての理解も加わっているため、記憶の新しさも相まってそちらのほうがしっかりと覚えている。
「ここまでの経緯上仕方はないさ。ただ、これから先この街にはよく世話になることになると思うから、しっかりと覚えておくほうがいいとは思うぞ」
魔法使いが特定の街に常駐するメリットはほとんどない。そのため特別この街に世話になる、ということはそれこそバートレーやグウェルのように裏で繋がりでもしない限り無いのだが。
しかし、ここクラテスにおいて、エアハルトとルカは彼らとは少し別ベクトルでお世話になっている。
なにより、ふたりのことを知り、理解し、協力してくれているミリアやダグラスがいるということ。そして、ここからそう遠くない森の中に彼らが居を構えたということ。
魔法使いであるふたりが頻繁にこの街に来ることはないだろうが、しかし、それでもやはりこの差は大きい。
「……うん、頑張って覚える」
「それでいい。さて、そんなことを話している間にそろそろ着くぞ」
そう言っていると、ルカにとっても見覚えのある建物の目の前にやってきた。
ミリアとダグラスの住む、家の前だ。
「いやはや、すまんなエアハルトくん。うちのミリアが」
「いえ、大丈夫ですよ。……実際俺たちもかなり汚れていましたし」
エアハルトたちがミリアの元を訪れるや否や、無事を喜び涙を浮かべたミリアだったのだが。その直後に飛んできたのは彼女による罵声だった。
曰く、女の子の身体がこんなに汚れたままでどういうつもりだ、と。実際、早くにここに来たがったルカの希望を叶えるために相当に急いで移動していたため、彼女の身体は汗で濡れ、土や砂があちこちについてはいた。
そのまま彼女をかっさらったミリアは風呂場に向けて走っていき。「エアは後! 私たちが出てからね!」とだけ言ってピシャリと扉を締めてしまった。
「しかし、ファフマールまで行くと言っていたからもっとかかるとは思っていたのだが。随分と早かったのだな」
「まあ、そうですね。行きの間はかなりかかりましたが、帰りが早かったので」
エアハルトがそう伝えると、ダグラスは「ふむ?」と首を傾げた。
「どういうことだ? たしかに馬車などに乗れれば早くはなるだろうが、君たちの身分ではそれは無理だろう」
「ええ、ですが俺たちは身分がない代わりに魔法がありますから」
エアハルトが魔力操作とそれによる身体強化について説明をすると、彼は少し驚いたようにしながら、しかし同時に納得もしていた。
「なるほど。たしかにそんなことができるのであれば、魔法使いがなかなかに捕まらんというのも納得がいくな」
「……そう、ですね」
ダグラスと、そしてミリアは魔法使いのことを恨んでいる面があった。特別エアハルトには親切にしてくれているふたりだったが、その実、過去に故郷を魔法使いによって滅ぼされている親子だということもあり、その心境はなかなかに複雑なものだろう。
「捕まる捕まらんと言う話で言えば、そういえば君たちのいたファフマールで魔法使いが捕まったそうだな」
「ええ、そうですね」
「なんだ、知っているのか」
知っているもなにも関与をしているのだ、と。彼にそう伝えると「世間は狭いものだな」とダグラスが小さく笑う。
「しかし、お前さんのような魔法使いまで一律に大罪人とするのは如何なものかとは思うがねぇ」
「この国にしてみれば、脅威であることには変わりないということでしょう」
そう言いながら彼が取り出したのはエアハルトの手配書。どうやらコルチの町で見かけたときと変わりがないようなので、ファフマールでの件についてはエアハルトの関与はバレていないか。あるいは、
(あいつが内々に処理してくれたか)
今回の事件について、エアハルトの関与を知っているのは捕縛された者たちと、そして警備隊だけである。
関わった警備隊が彼らな上、エアハルトがなにかしら大きな被害を出したというわけではないので、もしかしたら見てみぬふりをしてくれたのかもしれない。
どちらにせよ、ありがたいことではある。
「しかし、少し変わったものも出回っているんだがな」
そう言って、ダグラスが取り出したのはもう一枚の紙。
エアハルトもそれを受け取ると、眉をひそめるダグラスと同じく、首を傾げた。




