#54 大罪人は兄妹と嘘をつく
エアハルトたちが乗ると、馬車は再び走り出した。
ちょうど、エアハルトたちの近くで荷物番をしていた男性のひとりが、やあ、と声をかけ、近づいてきた。
エアハルトは一瞬身構えるが、魔法の効果もあってか、どうやら正体はバレていないようで、ひとまず安心する。
「おふたりは、兄妹かな?」
「違――」
「ええ、そうです」
一瞬、ルカが否定しかけたが、エアハルトが被せるようにして誤魔化す。「兄妹仲がいいようで結構結構!」と、カラカラと機嫌が良さそうに笑っていて。
「おふたりはファフマールへはどういった用事で?」
男性は、純粋な興味からだろうか。エアハルトたちにそんな質問を投げかけてきた。
「旅行です」
「へぇ、それはまた。どこかの街から来たのかい?」
「いや、俺たちは農村の出身ですよ」
「ほほう。それは珍しいね」
男性は声を少し高くして、そう言う。
曰く、都会から田園風景を見たくてやってくることはしばしばあるが、農村からわざわざやってくることは珍しいのだとか。
「ファフマールをはじめとする農業都市は、その性質上、田園が広がっている割には中心部は栄えているからね。ついでにあの大樹のおかげで魔物も来ないときたから、都市部に住んでる人からしたら、いいリフレッシュの場になるらしい」
一方で、農村出身の者たちからすると中央部はたしかに物珍しいものだが、しかしそれならば他の都市に行っても同じようなものは見ることはできるし、周辺の田園風景を見たところで、たしかに自分たちが行っているものに比べたら規模が大きなものではあるが、しかしそれ以外になにかとなるとあまりなく、故にあまり旅行先として好まれないのだとか。
「それは、たしかにそうかもしれませんね」
「それで? そんな中でおふたりさんはどうしてファフマールに?」
「ルカ――妹が、植物のことが好きで、できるものなら様々な植物を実際に見てみたいってことで。農業都市なら、そういうものも多いでしょう?」
「なるほどねぇ。自分の育てるものに、そんなにも興味を持てている妹ちゃんも偉いし、それで連れてきてあげる兄ちゃんも立派だねぇ」
「社交辞令だとしても、ありがたいです」
エアハルトがそう言うと、男性はあっはっはっはっ、と、大きく笑って「俺がそんな社交辞令を言えそうな人間に見えるかい?」とおどけてみせた。
見えはしない、が。いちおう、というものだ。もちろん、彼に向かって正直に「見えません」などととは言わないが。
「見えてきました。そろそろ着きますよ」
馭者の男性がそう言った。確かに見てみれば、まだ遠くではあるものの、たしかに遠くに集落のような影が見えてきた。
「よーし、テメエら! 荷物降ろすぞ!」
「おうっ!」
到着するや否や、エアハルトたちと話していた男性が大きな声を挙げる。それに呼応するように、他の男性たちも声を出す。
どうやら彼は、この中では立場のある人間らしかった。
「あの、俺もなにか手伝いましょうか?」
「ああ、兄ちゃん。そう言ってくれるのはありがたいが、これが俺たちの仕事だからな。気持ちだけ受け取っとくぜ!」
「しかし、ここまで乗せてもらっているので」
「クレンシー……馭者のヤロウが万が一の護衛を対価として載せたんだろ? 大丈夫さ、有事が起こっていないだけで、お前さんは十二分に仕事はしてる。だから気にすんな!」
やはり彼は豪快に笑いながらそう言い放ち、それとも、と。
「俺たちにとって、この荷物を降ろすってーのが、そんなに大変そうに見えるかい?」
「いえ、そういうわけでは」
実際、彼らは到着してからスムーズに荷卸を始めており、その技術の高さが伺える。
なるほど、たしかにこれを下手に手伝ったところで、逆に迷惑になるかもしれない。
「そういうことだから! クレンシーからは護衛を頼まれてただろうが、俺からしても楽しい会話相手になってくれてありがたかったよ!」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。また、どこかでお会いしたときは」
「あっはっはっはっ! そんときゃ、せっかくだから酒でも飲み交わしたいな! まあ、仕事中なら無理だがよ」
男性はそう大きく笑って。そして、それを最後に真剣な面持ちに戻り、「ようし、テメエら! 兄ちゃんに心配かけねえように、過去イチスピーディに、完璧に荷卸すっぞ!」と、他の作業員たちに発破をかけていた。
下手な圧をかけることになってしまったのではないか、と、少し申し訳なく思ったが。しかし、ここにいればいるほどに、彼らに圧をかけかねないと思い、エアハルトは彼らに一礼だけすると、その場から離れる。
ルカも、同じように、一礼して。エアハルトの後ろをトコトコとついていった。
離れる前に、彼にも挨拶しておかないと。
エアハルトは馬車の馬がいる側に向かうと、そこには馭者の男性。クレンシーと呼ばれていた男がいた。
「クレンシーさん、でよろしいでしょうか」
「なぜ名前を。……ああ、そういえばグラハムが私の名前を言ってましたね。そのときですか」
「なにか、不都合がありましたか?」
そうなら、可能な限り忘れるように努めるが、と。エアハルトがそう思っていると、しかし彼は「別に隠したいわけではないので、大丈夫です」と。
おそらくグラハムは、あの気のいい男性のことだろう。
「それでは、クレンシーさん。今回は改めまして、お世話になりました。ありがとうございます」
「いえいえ、そこまで長い距離でもないですし。どうやらあなたのおかげでグラハムたちのやる気も満ちているようなので、むしろありがたい限りです」
「それは、あはは……」
おそらくは先程の会話のことだろう。グラハムの声がなかなかに大きいので、クレンシーにまで聞こえていた、というのは自然な話だ。
「ところで、なんですが」
クレンシーはそう切り出すと、不安そうな顔で、彼は顔をしかめる。
「いえ、盗み聞きをしようとかそういうわけではなかったのですが。グラハムとあなたたちの会話が聞こえてしまって」
申し訳なさそうに言うそれに、別に隠したいこともなかったエアハルトは「こちらこそ、大きな声で話していたので、大丈夫ですよ」と。
「旅行、とのことなので。おそらくは中央部に向かいますよね?」
「まあ、そのつもりではありますね」
「そのことで、なんですが。……どうにも、今のファスマールの中央部には、変な噂が立ち込めているようで」
クレンシーの言ったその言葉に、エアハルトはふと、ルーナの言葉を思い出す。
『十分、気をつけるといい。なにやら嫌な噂を聞いている』
意味有りげに言ったその言葉は、リーク先は言えないとのことだったが、しかし彼女いわくその筋は信頼できるものらしい。
そして、今。同じようなことをクレンシーも言っていた。
元々、ルーナに言われたそれを信じていないわけではなかったが。しかし、こうなってくるとその嫌な噂というものが、より現実味を帯びてくる。
火のない所に煙は立たぬ。複数の人数がその煙を見ているのであれば、おそらく、少なくともなにかしらの小火は発生しているはずだ。
「我々も上の方から、間違えても裏路地には入るな、と釘を刺されているので。まあ、元よりどんな街であれ、裏路地には入るべきではないんですが。ともかく、おふたりもそのようなことのないように」
「わざわざそんなことを教えていただいて、ありがとうございます」
エアハルトがそう言って頭を下げると、そんな感謝されるようなことでは、と。クレンシーは言った。
しかし。
(こうなってくると、本当に話が変わってくる。ルカを宿に置いた上で、本格的に調査をしたほうがいいか?)
静かに、エアハルトは思案していて。




