#48 大罪人は逃げ切れなかった
追いかけっこは、さほど長くは続かなかった。
そもそも屋根などを伝って空中を自由に駆け回れるエアハルトと、地面を走りながら道伝いにしか走ることのできない警備隊とではあまりにもフェアではない戦いであって。
しばらく逃げ回ったところで周囲にいないことを確認して、しれっと路地裏に降り立つ。
ルカをそっと地面に降ろし、エアハルトは改めて自身の外套に《隠密》をかけ直し、ルカの外套にもかける。一度視界から振り切ったことで、これでよっぽどのことがない限りは見つからないはずだ。
「ルカ、歩けるか?」
「うん、大丈夫だよ」
ルカは立ち上がると、パンパンと裾を払う。エアハルトから差し出された手を取ると、引き寄せられる方向へゆっくりと歩き始める。
「ここってどのへんなんだろう」
見覚えのない景色にルカは小さくない不安を感じる。
ルカだって今の状況のまずさは把握していた。今は周囲にその姿こそ見受けられないが、警備隊は今現在だって自分たちのことを探していることだろう。
だからこそあまりウロウロとしているわけにはいかない。早くにルーナの店に行って荷物を回収したら町から出ていきたいところなのだが、そのためには現在地がわからないということは強大な不安要素となる。
しかし、その不安のほとんどを相殺してくれているのは、エアハルトの存在だった。大丈夫、きっとなんとかしてくれるはずだ。そんな根拠のない信頼が、ルカを安心させる。
「できるだけルーナのところに近くなるように逃げたからな。とはいえ、あまり露骨に動くとアイツの店側に迷惑がかかるから言うほど近くはないが」
曰く、現在地はこの町に来てからルーナの店に来る際に通った道とは反対側にいるらしい。どおりで見覚えがないわけだとルカは納得する。
距離はありはするが、残りの道は全て路地裏だけで完結するので、よっぽどのことがない限り見つかりはしない。仮に見つかっても《隠密》のおかげで相手が気づく前に距離を取ることができるので、その隙に迂回することができる。
案の定というべきか、エアハルトとルカは警備隊に見つかることなく、ルーナの店にたどり着くことができた。
店先には「寝てんだから起こすんじゃねえぞ」と、これまた随分と口の悪い掛け看板がかけられている。
「こっちだ」
エアハルトがそう言いながら店の裏手へと回る。勝手口に近づくと《格納》から金属の棒を取り出す。
「鍵?」
「ああ、鍵だ。ルーナの店のな」
「えっ」
「なんでそんなものを持っているのか、という顔だなそれは。まあ、その疑問に関してはまさしくそのとおりだと思うが」
そう言いながら、構うことなく慣れた手付きでエアハルトは鍵を挿入し、回す。
当然といえば当然なのだが、カチリという音がなり、エアハルトの持っていたソレが本当に正しく鍵であることが証明される。
「ルーナはあの見た目のとおり、睡眠を邪魔されるのをひどく嫌うんだ。その上いつ寝てるかがわからんし、そのときは表から入ることもできない」
この店の営業時間は不定期。つまりは表にあの看板がかかっている限り、昼間でも営業していないことになる。実際、昼間でも容赦なくかかっていることがあるらしい。
「とはいえ、それはここを避難場所に使う関係上、入れないと困るだろう? とルーナから押し付けられたシロモノだ。まあ、ありがたいのでこうして使わせてもらってるが」
「あの見た目、というのはちィと気になるが、まァいいさね」
ギィ、と。少し軋みながら開いた扉から、シワシワにくたびれた白衣が出てくる。
目の下にひどいクマをこさえた彼女は、クケケケケという特徴的な笑い方をしながら「おかえりさね」と迎えてくれる。
「なんだ、起きていたのか」
「ちいとばかし野暮用でね。大口……というわけでもないが、大きめの仕事ができたんで、急用以外は弾く目的であの看板かけてるのさ」
まあ、とにかく入りなと。ルーナはフラフラとした足取りで室内へと入っていく。
随分と弱っているように見えるその姿にルカが不安に感じながら、しかしとりあえず入れてもらえるのならば入らないわけにはいかないと、エアハルトに続いてルカも入る。
「それで、ゴーレムの核は採れたかい?」
「ああ、ちょっと事情があって大量にな。まあ、その事情のせいですぐにでも発たないといけないが」
「まァいいじゃないか。お前さんたちも疲れてるんだろう? この店の中なら安全さね。少しゆっくりしてるといい」
そう言いながらルーナはエアハルトから大量のゴーレムの核を受け取る。
見ようによってはただのキレイな石でしかないそれを、ルーナはまるで宝石を手に入れたかの様に大喜びをする。
「これで材料が不足しまくってたやつが作れるのさ」
「コレが材料ってことは、前に言ってた魔力をどうこうというやつか?」
「んァ? ああ、抗魔剤かい? そのとおりさァね。ちょうど大量に必要になったとこだったから、他のヤツにも採ってきてもらうつもりだったが、これだけありゃあしばらくは問題なさそうさね」
ルンルンと中身を確認しながら、ルーナは一回転して。しかしその疲れもあってか、体勢を崩してポテリと転び、座り込んでしまう。彼女は小さく笑うと「自分でも気づかないうちに随分と疲れてたみたいさね」と言った。
そして、ちょうどその時だった。
コンコンコン、と。店の入り口の方からそんな音がなった。
普通に考えればただのノックである。しかし、おかしい。
店先には「寝てんだから起こすんじゃねえぞ」という掛け看板。つまりは閉店中ということが明らかなのにノックしてきている。急患ということも考えられるが。
エアハルトとルカには嫌な予感が走る。自分たちが気づいていなかっただけで、追われていたのだろうか、と。そんなことを思ってしまう。
「んあ、思ったよりも早かったさァね」
不意に、ルーナがそんなことを言った。その意味をエアハルトたちが知るところではないが、なんとなく自分たちにとって好ましくないような気がしてならない。
「客だぞ。……でなくていいのか?」
「いんや、アレは私の客じゃあ無い。ちょうど疲れてることに自覚したことだし私は寝る。だから、お前さんの客はお前さんが対処しな」
「お、おいっ!」
ヒラヒラと手を振りながら部屋を出ていこうとするルーナを、エアハルトはそう言って引き止めようとする。
しかしルーナは不敵な笑みをこさえて、こちらを向き、
「大丈夫さね。この店の中は、安全だから。そういう約束を取り付けてある」
と、意味ありげにそう言うと、彼女はそのまま自室へとこもってしまった。
「どういうことなんだ? いったい……」
コンコン、ノックの音はまだ止まない。
ルーナはこの客に対してエアハルトの客だと言った。つまり、客はここにエアハルトがいるということを知りながら、そしてエアハルトを訪ねてここに来ている。
嫌な顔が浮かぶ。ちょうどしばらく前に見た顔だ。
ルカも大方同じ顔を思い浮かべたのだろう。不安そうな顔をしている。
しかし、
「この店の中は、安全と言っていたな。そういう約束とも」
「そう、だね」
もし、安全じゃなかったら。そのときはルーナのせいだ。だから多少の被害が出たところで、ルーナには自業自得と思ってもらうことにしよう。
自分たちの荷物を軽くまとめた上で、エアハルトは店先に向かう。最悪何かがあったときには、ひと暴れして強引にこの町から逃げ去る。
そんな覚悟の上、エアハルトはゆっくりと扉を開いた。
「げっ」
「あっ」
そうしてそこにあったのは、エアハルトが今一番見たくなかった、
よく知っている、嫌な顔だった。




