#30 少年は名前を尋ねる
「いきなり消えるもんですから、びっくりしましたよ……。まさか、指定座標への緊急転移系の魔法まで会得しているとは」
「厳密には指定座標ではない。呼応装備に呼び出されただけだ」
リン、と、エアハルトの手の中の鈴が鳴る。すると揺らしてもいないのにルカの鈴が鳴る。
「……へえ、そういうことですか」
「それにしても、なんでコイツらを狙う?」
「そこの少女は、きっとあなたが大切にしているであろう娘だと判断したから。そして」
ギロリ、と、アレクに鋭い眼光が向けられる。アレクはウェルズに怯え、エアハルトの後ろに隠れる。
「今の一瞬でよくもまあそこまで懐かれたことで」
「別に何もしていない。お前が怖がらせたからだろう」
「まあ、そこの少年。彼については大体の想像がついているでしょう?」
「……彼が、人間にとってどのような存在の少年なのか」
「やっぱりわかってるじゃないですか。まあ、その少年についてはもののついでなんですけど」
ウェルズは、怒りのこもった声で言った。
「あなたに、理想ではどうにもならないことを伝えるためにっ! 守るべきものは見定めないと、なにもかもということは無理だということを知らしめるため、ですよ!」
直後、彼の背後にいくつもの火球が現れる。
「……さあ、そろそろ目を覚ましてくださいっ!」
「《創造》」
飛び込んでくる火球、しかしエアハルトはそれらを気にすることなく、そうつぶやいた。
「見ておけ、ルカ。これが、魔法使いの戦い方だ」
これが、いかに危険なものなのか、見ておけ、と。
「《防護壁》」
その瞬間、エアハルトとふたりの間に見えない壁が現れた。それはエアハルトがふたりに傷ついてほしくないと思った表れであると同時に、ふたりのことを気にかけている暇はないという意味でもあった。
そして壁が完全になったころ、ちょうど炎弾がエアハルトに降り注いだ。
「エアッ!」
「……なんで防がないんすか」
エアハルトは、防ぐ様子すら見せなかった。《防護壁》の生成中だったとはいえ、少しは余裕があったはずなのに。
「なぜ防がないか……か。答えるなら、理由はみっつ」
左手を前に突き出し、人差し指を立てた。
「ひとつ、とっとと決着をつけたかったから」
そして、ピッと中指を立てる。
「ふたつ、別に受けても問題ない程度の攻撃だと判断した」
挑発とも取れそうなその発言に、ウェルズはピキッと怒りを滾らせた。
そして、薬指が立てられる。
「最後にみっつ、今から使う魔法のために、少しためが必要だったからだ」
「……は?」
「せいぜい、死なないように防御してくれ」
左手を元に戻し、今度は右手を前に突き出した。その手をよく見れば、親指の先を人差し指で引っ掛けており、少しずらせば勢いよく弾けそうだった。
「我が力を一点に集中させ、全てをなぎ倒す衝撃となれ《豪爆重弾烈》ッ!」
刹那、エアハルトの、ウェルズの、ルカの、アレクの。周辺にいた全ての人間の鼓膜を突き破らんとする轟音が鳴り響いた。
エアハルトを起点として、その正面方向、そこには村が、そして更に先には丘があったはずである。
しかしどうしたことか、地平線の先が見えそうである。唯一、その場にやっと立っているウェルズを除いて。
ウェルズの正面には、割れ砕けた透明の壁があった。とっさで障壁を張ったのだろう。
「あ……ははは……マジ、チートっしょ、あなた……」
「何を言っている。誰でも使える衝撃系の魔法だろう」
「威力の話ですよ……、いったいどうやったらたったひとりの力でこんなバケモンみたいな威力……」
「どうやってって、許容量以上の魔力をむりやりにつぎ込みまくるだけだ」
「なんでそれで体が原型とどめてるんだよ……クソ……」
ザッ、バタン、ウェルズはその場に倒れ込んでしまった。
そんなウェルズのもとに、エアハルトは近寄った。
「《創造》」
「……どうするつもりです?」
「《捕縛網》」
そう言うと、どこからともなく網が現れた。ところどころほつれていたり、切れていたりはしたが、ウェルズのことをぐるぐる巻きにしてしまうには十分な代物だった。
「とりあえず一旦ここから退却する。このままだと魔狩りの餌食になりかねん」
「……」
ウェルズは黙り込んだ。
「ちなみにいいことを教えてやろう。《豪爆重弾烈》の後は無理な魔力使用の影響で魔力の制御が効かなくなっている。だからその網、強いところと弱いところでは強度にかなりの差がある。弱点をつけば簡単に破れるだろう」
「……!」
「だから、ちょっでも変な動きをしようものなら、即刻俺の雷撃を網に流す。さっきも言ったとおり、制御が効かないからな」
「ぜんぜんいいことじゃないじゃないですか……」
そう言うウェルズに、エアハルトはケラケラ笑いながら「まあ、変なことさえしなかったらある程度安全なところまで運んでやるから」と言った。
「さて、と」
動けないでいるウェルズのことをエアハルトは肩に担ぐ。
「それじゃあ逃げるぞ、ルカ」
「うん!」
近くにある茂みへと逃げ込もうと、そうしたときだった。
「あ、のっ!」
「ん?」
「俺は……俺はどうすればいいんですか?」
アレクだった。不安げな様子で少年はエアハルトに尋ねた。
「んー、そうだな」
エアハルトは着ていたコートのフードをかぶった。ルカもそれに気づいたのか、真似するように被る。
「あなたはこっちの世界と関わるべきでない人間だ。俺のことを信じてくれるなら、もう少ししたら君の付き人はやってくる。だからそこで待ってな」
「なら、なら! せめてお名前を! もし何かあったときに恩返しを……」
「……あなたの様な人に向けて名乗るべきな名前は、あいにく持ち合わせていない。気になるなら、大罪人リストでも漁ってみてはいかがだろうか」
「大罪……人?」
「それじゃあ、元気で」
「あの、待って! まだ――」
しかし、エアハルトは少年の要求には応じなかった。そのまま茂みへと飛び込み、ルカもその後を追った。
ひとり残された少年の付き人が現れたのは、それからそう時間は立たなかったという。




