#21 少女は金属塊に向かい合う
ぐんにょり。むぐむぐ、ぐにゃり。
あぐらをかいているエアハルトの手の中では、金属がまるでゲル状であるかように変形していた。
そして、その様子をルカは横からまじまじと観察していた。
うんにゃり、ぐにゃり。うねうね、むくり。
「こうやって、金属を変形させるんだ」
「うん、ぜんっぜんわかんない」
ルカは眉をひそめた。ムスッとした声だった。
「金属をよく見てみろ。じっと、だ。お前なら、きっと見えるはずだ」
エアハルトにそう言われ、ルカは「むう」と再び視線を向ける。目を細め、じっと睨む。
グニャグニャ動く金属の中、ルカはその動きに合わせて動く光を見出した。
いや、違う。
「光に、金属が動かされてる……?」
「その通り。《創造》のうち金属や瑞など、自由に形を変えられるものを素材とし、形作る魔法を《造形》魔法、そして特に金属にかぎる場合は《鋳造》魔法と呼ぶ。今回の《標識針》作成にはこの《鋳造》魔法を用いる」
すっと金属塊をルカに渡した。戸惑いながら、エアハルトの手から両手で受け取る。
「これに、魔力を流せばいいの?」
「ああ、物をこねるときのイメージでな」
ルカは大きく息を吸った。吐いた。両手に抱えた。
集中する。集中させる。
神経を、指先に。
魔力を、指先に。
けれど――動かない。
ルカの目の前で同じく《鋳造》を行っているエアハルトの手の中では、金属塊は自由に動き回っているというのに。
ルカの手の中のそれは、ちっとも動こうとしない。
「――っ!」
「こらこら、焦るな。言ったろ? 初めてでできるわけがないって」
とはいえ、と。エアハルトが立ち上がった。
「ルカ、花を召喚するときになんて言っていた?」
「それは、例えば《焔花》とか《盾蔓》とか《音花》とか……あっ! そうか、今回も《鋳造》って唱えれば!」
ビシッと立ち、自信満々元気いっぱいに「《鋳造》っ!」と叫ぶ。ルカの手と中の金属は蠢き……始めない。
「なんで!」
「やはりか。それな――」
エアハルトの言葉に、ルカはクワッと食いつく。
「やはりって何! なんなの!」
「ああ、いや。やっぱりこれだけでは無理かって」
「当たり前じゃん! だって私ちょっと前に魔法使えるようになったばっか……り…………これだけ、では?」
ルカはゆっくりと首を傾げた。エアハルトはため息をつきつつ答える。
「話はちゃんと聞くほうがいいぞ」
「あい……」
左手をついて、立ち上がる。
「魔法を形作る要素の一つに、想像がある。どんなことをしたい、どんなものを生み出したい、その想像だ。そして、その想像を補助す――」
すっと左手を茂みの方に向ける。ザザザッ。音がして、何か飛び出す。
「弾けろ、《重弾烈》」
ドゥァオン、音がなる。ルカが目を丸める。
エアハルトの手のひらから放射状、立体なので円錐状に衝撃波が弾き飛ばされた。
この《重弾烈》は前方方向へ爆轟に等しいエネルギーを放出する魔法だ。別段属性などは存在しないため、理論上はどんな魔法使いでも扱える。はずである。
前方にエネルギーを放出すれば、もちろんそこには反作用が存在する。爆轟が発生する規模となれば尋常じゃないものになる。
《重弾烈》を使用するには、相殺用の衝撃波や同時に腕や周辺への補強強化魔法など、一瞬ながらにしてかなり高度な魔力調整を要する。
ただでさえ爆轟のエネルギーでさえ消費がはげしいのに、さらにその上倍以上にエネルギーを要する魔法なのだ。故に、使い手は少ない。
だが、その分対価により得られる力は凶悪だった。
草を薙ぎ倒し、土をえぐり飛ばし、樹木を粉砕する。音より速い空気の波動は鋼鉄より硬い壁を成して周辺を侵食する。
エアハルトの腕の延長線上を、見事に消し去った。
「補助する役割に、詠唱というものがある」
「詠唱?」
「そうだ。今ので言えば、ちょうど弾けろ、が詠唱に当たる。とはいえこれはかなり省略した詠唱だから、少しわかりにくいな」
エアハルトはえぐられた地面の上を歩く。その先に先刻吹き飛ばしたモノがあるはずだ。
「さっきも言ったように、魔法に必要なのは想像だ。結局のところ詠唱ってのは、その想像を補助する役割になる。実際に声に出すことにより認識しやすくする、というところだ」
魔性イノシシの死骸。エアハルトは茶色いその牙を掴み、引っ張り上げた。
「《鋳造》の詠唱も、想像さえできればなんでも問題ない。ただまあ、どうすればいいかわからないだろうから、一例を教える。俺に続いて、ちゃんと想像しながら言えよ」
「うん!」
ルカの近くまで来たエアハルトは、イノシシを地面に置き、再び金属塊を手にする。
「我、魔を自由にする者」
「われ、まをじゆうにするもの」
「伝わる力の動きを元とし」
「つたわるちからのうごきをもととし」
「手中の形を意のままする」
「しゅちゅうのかたちをいのままとする」
「《鋳造》」
「ちゅうぞう」
ルカの金属塊は……動かない。
「……あのさ、ちゃんと魔力は流してあげないと」
「あっ……」
リトライ。
「詠唱文は覚えてるか?」
「うん。たぶん」
ルカは手の中の金属をじっと睨んだ。しばらくそのままで、どうしたのかとエアハルトが声をかけようか迷っていると、ルカは再び動き出した。
詠唱を始めた。
「うごきをもととし、しゅちゅうの――あっ!」
一瞬、動いた。
「エア、今!」
「ああ、そうだな。でも、とりあえず今は続けるんだ」
コクリ、ルカは頷く。
「――いのままとする。《鋳造》」
金属塊は…………、
…………動かない。
「なんで!?」
「まあ、途中でちょっとは動いたじゃねえか。とりあえず、これでちょっとは進捗あったろ。とりあえず、今日のところは俺が作るから」
「うにゅう……」
ルカは少し、悔しげだった。
「とりあえず、腹減ったろ。これ食っとけ」
エアハルトがカバンから干し肉を取り出した。
「うん」
ルカは素直に受け取る。正直、減りすぎてお腹がどうかなりそうだった。
そのまま貪るようにかじりつく。ガジガジ、ハムハム、ガジガジ。
噛めば噛むほど旨味が出てくる。
エアハルトも細い干し肉を口に咥え、作業をする。
「《標識針》」
左手で《鋳造》を行い、右手に持ったガラス球を《接合》という魔法でくっつける。これで、標識針の完成。
「標識針は効果を発揮させたい範囲の周りの地面に刺す。ちょうど針同士を線で囲んだ中が効果範囲になるから、使うには最低三本必要になる」
そういいながら、エアハルトはパッパッと二本の標識針を作り上げる。さっきとは比べ物にならない速さで
「さて、刺してきな」
ルカは首を傾げた。私? と。
エアハルトはそれに頷くことで返事する。
「ん……ちょっと重い」
「何も一回で全部持たなくても。刺して戻ってきてってすればいいだろ」
「そっか」
トテテテ、ザク。トテテテ。
トテテテ、ザク。トテテテ。
トテテテ、ザク。トテテテ。
三本の針が地面に刺される。
「さて、実はここからが一番説明しにくい」
「えっ」
ルカは苦い顔をした。
「さっきは、目に見えて何が起こってるかが、いちおう分かったろ?」
「うん」
「それがな、次の作業は、ちょっと見えないんだよなあ……」
さて、どうやって説明したものか。




