#20 大罪人と幼女は出発する
「さて、荷物の準備はいいか?」
「うん!」
「外套も着たな?」
「うん! っていうか、それは見えてるよね?」
「再三聞くぞ、忘れ物はないな?」
「おっけー!」
「それじゃあ、行くぞ!」
「うん!」
エアハルトがイスから立ち上がる。ルカもぴょんっと飛び降りる。
「そんじゃ、行ってくる」
「行ってくるねー!」
「……ホントに行くの?」
と、二人以外の声が聞こえる。部屋の中にある、三つ目のイスに座った少女。その声は、少し心配そうだった。
「まあ、ルカの願いでもあったしな」
「そう……気をつけてね」
「当たり前だ。土産期待しておけよ」
「……行ってらっしゃい」
家の扉を開いて、エアハルトは外に出る。その後ろをルカが追いかける。
二つの人影を見送ったミリアは、ため息をついた。
「ったく、私くらい連れてってくれてもいいのに」
イスから立ち上がり、ミリアは扉を閉じた。扉くらいちゃんと閉じなさい、と。
「なんで、言えなかったんだろ。簡単だったでしょ、それくらい」
むしろ、それを言うために今日は来たというのに。
「あーあ、私のバーカ」
なんで、私も行ってきますって言えなかったんだろ。なんで、私は行ってらっしゃいだったんだろうか。
ミリアは、後悔した。
「それで、今からはファフマールに行くの?」
「そうだ。だか、それなりに距離はあるし、途中でいくつか街による。それに、道中では野宿のときもある。まあ、とりあえずは手近な町のうちの一つ、コルチという町を目指す」
「コルチ?」
森の中、静かだった中を歩く二人の声だけが聞こえる。
「ああ、コルチという町の近くにはちょっとした旧跡……ダンジョンと呼ばれるものがあってだな」
「なにそれ」
「ダンジョンってのは、簡単に言えば不思議な迷路だ」
ダンジョンとは、どのような作られ方をしたのか、誰を作ったのか、全く不詳な建造物だった。
あるものは地下に、あるものは山に。あるいは、あるものは塔の内部であったり。
しかしその特徴は、どちらかというとその特質である。
ダンジョンは、一定周期で内部構造を変化させる。
入るたびに、そのルートを変える。
「ダンジョンが姿を変える少し前、ダンジョン全体が地鳴りを起こす。そしてそれからしばらくすると、ダンジョンの壁が点滅しだすんだ」
ここまでの原理はわかっていない。ここから起こることの原理もわかっていない。けれど、この点滅が加速して、全体が光るとダンジョンは動き出す。
「そういうことから、ダンジョンは生ける遺物とも呼ばれる」
ダンジョンが動くとき、冒険者たちに「安全地帯」や「結界部屋」と呼ばれるような場所以外は、すっかりと変貌を遂げる。この変動に巻き込まれた場合、どうなるかはわかっていない。
「この途中は、基本的に安全地帯で過ごすことが慣例だとされている。巻き込まれたらどうなるかはわかっていないということと、もし仮に無事だったとしても、どこに飛ばされるかがわからないからだ」
ただ、この変動により面白いことが起こっているというのも事実である。
「ダンジョンには、お宝が存在している」
浅い場所にあることも、深い場所にあることも。姿が変動することにより、常に色んな場所を転々とするのだ。
「たまにあるのが、別の冒険者の落とし物だ」
冒険者たちが安全地帯へと急ぐとき、その途中で物を落としても見捨てることが多い。命あっての物種ということだ。
そして、ダンジョンで落とせば、変動によりそれはどこが遠いところに飛ばされたりする。
「原則、そうやって落としたものにはダンジョン内に限り、所有権を失う。言ってしまえば、ダンジョンで物を拾ったら自分のものにしてもいい、ということだ」
そうされる理由は二つ。一つは、仮に拾ったとしても、それの持ち主を見つけることが非常に困難だから。
そしてもう一つは、
「ダンジョンの難易度は常に変動する。拾ったものでも使わないと、生きていけない場合があるからだ」
ゴクリ。ルカが唾を飲んだ。
唾を飲んで、少し考えた。なぜ、エアはそんな話をしているのだろうか。
なぜ、そんな話を私に教えているのだろうか。いや、ダンジョンとは何かを私が聞いたからだろう。しかし、ここまで詳しい話をどうして。
というか、そんなダンジョンがあるような場所に立ち寄る理由は……? エアの口ぶりからすれば、別の町を通るルートがあるはず。しかし、どうしてコルチという町を?
なぜ、なぜ――。
「ねえ、どうしてコルチにしたの?」
「ん、それが気になるか? 理由は二つ」
一つは、ここには冒険者が多く集まる。クエストの数も多く集まるし、少し金を稼ぐこともできる。
また、一部のクエストを利用すれば、次の町までの「足」を確保することもできる。
「そしてもう一つは、ちょうどいいかなって」
「な……にが?」
「魔法の練習に」
ルカは、嫌な予感しかしていなかった。
そういえば、少し前にエアは「相手をどうしようか」とか「ルカにちょうどいいものはないか」などと言っていた。
そして「魔法の練習」に「ちょうどいい」。その上これから行く町には「ダンジョン」がある。そしてその町が「ちょうどいい」……と。
つまり、考えうるものは。
「ルカの魔法の練習をするのに、ダンジョンがちょうどいいんじゃないかなって」
頭おかしいんじゃないだろうか。ルカは頭を抱えた。
「日暮れだな」
「そう、だね」
森の中をひたすら歩いていた。大通りを歩けばもっと速いといえば速いのだが、一応避けられる場所での遭遇はできるだけ避ける目的もあり、森の中を歩いていた。
「はい」
「……なに、これ」
「言ったろ? 道中で魔法の練習するって」
エアハルトが差し出したのは、金属塊だった。
「うん、コルチの町でするんじゃないの?」
「それは戦闘魔法だろう。今からやるのは非戦闘魔法だ」
ルカは顔をしかめた。
「今から、ルカには標識針を作ってもらう」
「無理無理無理無理無理無理無理無理! 待って、考え直して、無理ー!」
「すんげえ否定だな。これ以上ないくらいの」
「だって、だって私その、ま、ま、マーキングなんちゃらってやつ、作ったことないもん!」
「誰でもはじめはそうだろうが」
「うっ……」
エアハルトは、はぁ。とため息をついた。
「見本見せるから、ちゃんと。それからやって見るんだ。いいな?」
「う、うにゅう……」
ルカは、俯きながら、小さく頷いた。




