#176 かくて元大罪人と元少女は今を生きる
「みてみて、エア! マールコーン!」
とってってってっ、と。その両手に一杯の作物を抱えながらに、ルカが駆けてくる。
その隣ではアルラウネのアルが自分もお手伝いをしたと言わんばかりに、マールコーンをひとつ、頑張って頭の上に掲げて持ってきていた。
「いい感じに育ってるな」
「でしょー!」
エアハルトがルカの頭をなでてやると。えへへ、と。嬉しそうな、誇らしげな表情をするルカ。アルが自分のことも褒めろと主張するようにぴょんぴょん飛んでいるので、同じく頭を撫でてやる。
人間と魔法使いの戦争から、一年ほどが経った。
あれから世界は平和になって――というほど、単純なものではなくて。
まず、国としての体制が大きく変わった。アレキサンダーを中心とした派閥によって中枢への実質的な叛乱、もとい浄化が行われ。旧体制は事実上の崩壊。
幼いながらに周りの協力を得ながら、アレキサンダーが中心となり、魔法使いへの理解、そして共生を目指す、次の時代を作り出すために動いている。
魔法使い連合も体裁上は残るものの、内情はとして解散に等しく。以前のような対人間の組織などではなく、現在はセルバを中心として人間社会に対してどのように関わっていくかを主導し、また人間側からの窓口としての機能を持っている。
ここだけを見れば、それぞれの中心組織が互いの理解を目指し、協力体制を築けているように見える。……まあ、実際それ自体は間違いはない。
とはいえ、返して言うなれば中心組織だけ、ではある。
人間側は人間側で、あまりにも規模が大きすぎるを王族がひとこと言葉を添えたところでそれが伝達する速度には限界があるし、そもそも、お上が勝手に言っているだけ、というように認識されてしまうことも往々にしてある。
特に、魔法使いの被害を受けたことがある人間からしてみれば、こちらの気も知らないでなにを、という感情を抱かれてしまっても仕方がないだろう。
一方の魔法使いの側も同じくだ。
以前の組織としては実質的な解散となっているように、人間に対する恨みで動いていた魔法使いも少なくない。
彼らにとっては人間は理不尽に自分たちのことを排してくる、まさしく敵だったのだから。
人間ほど人数が多いわけではないものの。歴史としての傷が深いだけに、そう簡単に解決するような問題でもない。
……だが、全く進歩がないわけでもない。
やはり、魔法使いの存在が罪とならなくなったのは大きい。
街中で歩いていると、その視線自体は相変わらず疑念を抱かれているようなものも多いが。しかし、わざわざ隠れながらに動く必要もなくなった。
仕方のないことではあるが、年齢に比例するようにしてエアハルトたちへのあたりは未だにキツイと傾向はあるが。しかし、その一方で次の世代になる子供たちは、比較的興味を示して近づいてきてくれることもある。
魔法使いたちも、人間と真っ直ぐに関われるようになってきたこともあり、彼らの営みに協力できるようになってきた。
魔法の力は大小や方向性の得意不得意はあれども、やはり人力に比べると非常に協力で。人間たちにとっても、特に医療分野や土木分野、流通分野で大きな恩恵をもたらすようになってきている。
少しずつではあるけれども。しかし、確実に。
底が見えないほどに深かった溝は、それぞれがほんの少しの歩み寄りを続けることで、確実に、小さくなっている。
いつか、を目指して。
そして、エアハルトたちはというと。
「よし。それじゃあマールコーンを使って昼飯にしようか」
「わーい!」
「悪いがゼーレ。メルラのことを連れてきてくれるか? また半分寝てると思うから」
「……あやつのこれはなんとかならんのかねぇ」
エアハルトがゼーレに頼むと、苦笑いをしながらにゼーレが言ってくる。
戦争以降、エアハルトたちと一緒に住んでいるメルラだが、だいたいいつもぐうたらしている。せっせと農作業をしているルカとは正反対である。……まあ、ルカはやりたくてやっている側面があるから、単純比較はできないが。
過去のメルラは自身の魔法を制御できていなかったために常に魔力不足に陥っており、その都合でずっと眠そうにしていたが、現在ではその問題は解決しているので、しっかりしようとすればできはする。
……が、そうしないのは半分くらいは、そのときの癖が未だに残っているのだろう。
そして、もう半分は。未来を見ることができる彼女にとって、ぐうたらしていてもいいくらいには、大丈夫だ、という認識があり。それが彼女にとっては尊い時間なのだということである。
ゼーレがメルラのことを起こしにいっている間に昼ご飯の準備を進めていると、意識が半分だけ覚醒しているメルラがやってくる。
「おはよう、と言うにはもう昼だが」
「うん、おはようおししょー。……ちなみに、そろそろ、いつもの来る」
「そうか。教えてくれてありがとう」
メルラのその言葉にエアハルトがそう言うと、彼女に食事を渡してから、家から外に出る。
その背中を追いかけるようにしてひょこひょことルカもついていく。
外に出ると、ちょうど森を抜けてやってくる人影がふたつ。
「あ、エアハルト。ねえ、この人どうにかできないの?」
「やあエアハルト、今日こそ一緒に戦おう!」
面倒くさそうな表情をするミリアと、その隣で大手を振りながらに駆けてくるローレン。
ミリアはルカの姿を見つけると「あ、ルカちゃん!」と近寄ってきて、その身体を抱きしめる。
「どうにかできないのかって言われてもなあ」
「はっはっはっ! この家には隠れ家の魔法がかけられているからね。普通に近づくのは骨が折れるんだ。しかし、ミリアくん。君と一緒であれば一時的とはいえ通りやすくなるからね!」
「だからといって私の家にまで押しかけてこないでよ! ご近所さんから変な噂立てられてるんだからね!?」
ローレンが言っているのは、ミリアが持っている隠れ家対応用の指輪に関することだろう。
ローレンくらいの実力者ならそもそも素の力でも突破は可能だろうが、それでもミリアがいるかどうかで難易度が変わるのも事実。そのためにローレンは、ミリアを連れてきている。そして、彼女の家に訪れている。
性格は中々ではあるものの、ローレンの顔は非常に整っている。
そんな彼がミリアを訪ねて来ている、ともなれば。なるほど、主婦の皆々様の井戸端会議の議題になるのも頷ける。
「……まあ、勝負の話は冗談ではないにせよ、本題は別だけれどね」
「そこは冗談であれよ」
「ははっ! 僕が君と戦いたいのは常日頃から思っていることだからね!」
誇らしげに言ってみせるローレン。そこは自慢するところではないと思うんだが。
「それで、本題にはなるんだけれども。エルカレイドへの移住については考えを改めてくれただろうか?」
「前に言っただろ、断るって」
エルカレイド――現在、平和都市の名前を持つ、戦争後にできた都市である。
戦争を忌むものたちの抵抗を中心として形成された都市であり、人間と魔法使いの共生の第一歩として、その先陣を切っている場所でもある。
戦争を収束させた立役者として、エアハルトやルカが度々招致されているのだけれども。訪れるだけならともかくとして、移住については全く持って考えていない。
現在の魔法使い協会の本部もエルカレイドにあり。ローレンは、そこからの通達役としてしばしばやってくる。……まあ、幹部級の彼がわざわざ、という話ではあるが。間違いなく、コイツが戦いたいだけである。
ちなみに、戦争を忌むものたちの抵抗の研究をするためにルーナもエルカレイドに移住しており、現在彼女の護衛として動いているというマルクスや、彼女の護衛兼弟子としてテトラもエルカレイドにいる。
「ふむ。だがしかし、毎度毎度断られてきただけはあって、今回こそはきっと頷いてくれるであろう方法を考えてきたからね!」
「やめておきなさいローレン。余計に断られるのがオチよ」
ミリアが呆れた顔でそう言う。だがしかし、謎の自信を持っているローレンが「いいや、大丈夫さ!」と言いながら。
「現在、エアハルトとルカの銅像が建設される計画が進んでいてね!」
「絶対にやめろ!」
「ふむ。やはり銅像程度ではだめか。ならば、金の像を――」
「材質の問題じゃねえっ!」
エアハルトが強く、ツッコミを入れる。
ローレンはというと「いい案だと思ったんだがな」と、どうやら本気で言っていた様子。ミリアが、余計に呆れる。
「それならば、やはり勝負で決めるしかないようだ!」
「お前がやりたいだけだろ、全く……」
嬉々とした様子で言ってくるローレン。そんな彼に、エアハルトが小さくため息をつく。
ローレンを追い返して、もとい、ぶっ飛ばして。……それでも彼は楽しそうだったが。
やっと平穏が訪れたな、と。思いながらに、エアハルトがイスに座っていると。その隣に、ちょこんとルカも腰を下ろす。
ちらと、エアハルトが彼女の方へと視線を向けると、どうしたのだろうとルカは首を傾げつつも、にぱっ、と笑顔を返してくる。
「……なあ、ルカ。今は、楽しいか?」
エアハルトは。ふと、そう尋ねる。
ルカはと言うと、どうしてそんな質問を、と言わんばかりに。きょとんとした様相を向ける。
しかし、聞かれたことには答えなければならない。ルカは、その全力を持って、答える。
「楽しいよ!」
別に、ローレンたちから言われている、移住の話だって、それほど悪い話ではない。
だが、そうするわけにはいかない事情がある。
「でもまあ、そろそろどこかに旅行に行くのもいいかもな。呼ばれたから行くわけじゃないが、エルカレイドに行ってもいいだろうし、あと、メルラの故郷にも、挨拶に行っておきたいし」
エアハルトは、ルカに拾われた。大罪人だった彼を、自身も捨てられていたはずの少女が、拾った。奇妙な始まりである。
『行きたい所なら沢山あるよ! 海って所とか、山って所とか』
かつて、彼女が語った。願い。
「うん、行こう。エルカレイドにも、メルラさんの故郷にも。それだけじゃない、世界中のいろんなところに。……でも」
「ああ、わかってる」
彼女の願いは、もうひとつ。
『あと、やりたいことは、静かな所で野菜とか育てて、誰か……エアと一緒に暮らしたい』
だからこそ、ここが在る。ここで、生きている。
「わかってるよ、どこに行こうと。ここが、俺たちの帰ってくる場所だから」
「……うん!」
――私がエアの帰る場所になるの。だからエアが私の帰る場所になって。
かつて、少女の言った、その言葉。
居場所を喪ったふたりが、ただ寄り添うようにしてできた、ふたりぼっちは。
元大罪人は、元少女の幸せを願い。
元少女は、元大罪人の平穏を望み。
「おーい、エアハルト。メルラのやつ、どうにかならないのか!?」
「うみゅう、おししょー。ゼーレがうるさい」
「ああっ、ちょっとアルちゃん! まだだから!」
「……ミリアもうるさい」
「メルラさんもちょっとは手伝って!」
どうにも、静かかどうかは少し微妙にはなったけれども。
「行くか、ルカ」
「うん!」
日々を、暮らしてゆく。
これにて本作は完結となります。
連載期間はおそらく私の中で最長、ですかね? 匹敵するとしたら群青色でしょうか。群青色と同じく、途中で大学受験に伴う連載休止の期間などもりましたが、全176話。長い間、お付き合いいただきありがとうございました。
評価ポイントやブックマーク。TwitterなどでTLやDMを通じていただいた感想はもちろん、PVなどの反応さえも、執筆を続ける活力となり。先述の事情もあって途中で連載が止まることもありましたが、こうして完結させることができました。
これは間違いなく読者の皆様がいて、はじめて成し得たことだと、そう思っています。
最大級の感謝を、面白い作品を作り上げることで表現できていたら幸いです。
改めまして、ここまでお付き合いいただいて、本当にありがとうございました!
また、どこかでお会いできましたら、そのときもどうかよろしくお願いします。




