#175 帰る場所
アレキサンダーとセルバが、互いに歩み寄っていたその傍ら。
「……ん? あんたは」
今回の戦争における最大の功労者でありながら、まだ意識を取り戻していないルカを背に乗せていたゼーレは、ふと、エアハルトたちの後ろにいる人物の顔に目が留まる。
彼女がジッと見つめていると、どうやら向こうも視線に気づいたらしい。
「おお、誰かと思えば。いつかのフィーリルか。たしか名前はゼーレだったか?」
「やっぱりあんただったか、精霊王代理」
「その権限は今そこの嬢ちゃんに移ってるんだから、その呼び方はやめてくれ。ただのおっさんだよ」
相変わらずの食えず掴めずの表情をしながらにおっさんが近づいてくる。
「……仕方がないとないえ、相当無理したみたいだな」
「あわや生と死の境目を漂うまで行っていた。今は安定しているが、それでも消耗が激しかったのだろう、しばらく眠ったままだ」
「そうかい」
おっさんはそう言いながらに、ルカへとそっと手を当てると、そのまま魔法を行使する。
一瞬警戒をしたゼーレだったが、その魔法が決して敵対するものではないということをすぐに察知する。
そして、そう時間も立たないうち。
「ん、うぐ……」
「ルカ!」
少々の声を出しはしていたものの、その意識を覚醒させる。
「よう、嬢ちゃん。久しぶりだな」
「はれ? どうしておじさんがここに?」
「んー、まあ。エアハルトに呼び出されたって感じだな」
「その口ぶり、エアハルトと関係があったのは聞いてたけど。やっぱりよっぽどの関係だったのね」
「……まあ、昔にな。といっても、前にも言ったように今となっちゃあ一線を退いたただのおっさんだがな」
ゼーレの言葉に、おっさんはそう答える。
「ま、ひとまずこれで一件落着、俺の役目もここまでってところだから、そろそろ本格的に隠居でもするかな」
「そうすると、精霊王代理はどうするの?」
大きく笑いながらに言うおっさんに、ルカは首を傾げる。
「それに関してはこの戦争に必要になるだろうからと備えていただけだからな。まあ、実際のところはエアハルトが随分と準備を頑張ってくれたからそこまで必要じゃあなかったみたいだが」
「でも、精霊王さんの体調が優れないんでしょ?」
「そいつぁ嬢ちゃんが引き継いでくれると嬉しいんだが。俺よか適性があるんだし」
おっさんがそう言うと、しかし、ルカとゼーレからジイッという視線が飛んでくる。
「私、精霊女王は臨時でしか引き受けてないよ? だって、私の帰る場所は精霊界じゃなくて、エアハルトとのおうちだし」
「たしかにルカが最も適正が高いのかもしれないけど、他の精霊たちを差し置いてあなたが代理をしていたってことは、あなたにも適正はあるのよね?」
ゼーレがザリ、と。一歩近づいてくる。
おっと、もしかしてこの場を離れるタイミングを間違えたか? と。急いでおっさんが離れようとしたその時。
「……おっさん、まさかどこかに行こうとはしてないよな?」
「おいおいおいおい、エアハルト。お前までどうしたんだ?」
いつの間にか、エアハルトに回り込まれていたおっさん、
「いやあ、そろそろ隠居の続きをしようかと思ってだな」
「ああ、安心していいぞ。隠居にいい場所を用意してやったから」
「……は?」
おっさんの意図を汲んで、いるわけもなく。どちらかというと、裏を含んだ笑顔を浮かべているエアハルト。
「エアハルト、急にどこに行ったかと思えば」
たったったったっ、と。セルバが駆け寄ってくる。少し遅れて、アレキサンダーたちも。
「魔法使い側と人間側。その中間となる調停の役目をどうするか、という話だっただろう?」
「僕も、セルバも。エアハルト。君が最適だと思ってるんだが」
アレキサンダーは人間の代表ではあり、当人はそのように振る舞ってはいなかったものの、それと同時に隔絶を作ってきた王族のそのひとりではある。
セルバはその意志を取り憑かれ操られてはいたものの、人間たちに多大なる被害を齎した組織のリーダーではある。
直接に手を取り合う、というのが最適ではあるのだが。相互の組織の中には、やはりそれをすぐには受け入れがたい存在もいるだろう。もちろん、いずれはそれらとも向き合っていかないといけないだろうが。ひとまずの一歩としては、その間をつなぐ存在が欲しい。
その適任として挙げられているのが、エアハルトだったのだが。
「安心しろ、適任ならここにいる」
「……は?」
おっさんが、素っ頓狂な声を出す。
「精霊族との関係者であり、人間の魔法使い。それでいて、実力は十二分にある」
「おい待て! そういう意味ならお前やルカのほうがよっぽど適任だろう!?」
「いや、俺やルカは帰る場所があるから」
「その言い訳、さっきも聞いた気がするんだが!?」
お前ら仲いいな!? と。おっさんが目を丸くする。
「まあ、そういうわけで。俺やルカはただの魔法使い。そろそろ帰るから」
「……はい?」
その場にいたたくさんの人間、魔法使いたちがそう言う。
元より、エアハルトは英雄になりたくてここにいたわけではない。ただ、言われたとおり。人と魔法使いを。自身が犯してしまった罪より多くを助けるために、ここにいた。
そして、それを達成したのだから。やるべきことはただのひとつ。
なぜか、帰りを待つルカと、一緒にではあるが。
約束したとおり、家に帰ること。
「……ん、私もついてく。そういう約束」
「たしかに、そんなことも言ってたな」
エアハルトがメルラの方に向かい直すと、直後、倒れ込むようにし得る彼女が全体重をエアハルトに預けてくる。
「……疲れた。だっこ」
「抱っこって、お前。いつもの枕は――」
「ルカちゃんにあげちゃった」
そういえば、ルカが使っていた願いの結晶はメルラから受け渡されたものであり、メルラの枕がまさしくそれであった。
つまり、無いのである。
「……しゃあねえな。おんぶならいいぞ」
「やた。ゴネ得」
「やっぱやめてもいいんだが」
ぽかんとしている大衆をよそに、そんな師弟漫才を繰り広げるエアハルトとメルラ。
「そういうわけだから、あとはよろしくな。おっさん。いい感じのポストっていう恩返しは用意しておいたから」
「おまっ、まさかここまで想定して、転移水晶を使って――」
「ああ、言うの忘れてたが。あの時から変わらず、俺は悪い子だから」
にいっ、と。イタズラが成功したと言いたげな表情を浮かべて。エアハルトはメルラやルカ、ゼーレを伴いながら、脱兎のごとく逃げ出す。
「ったく、恩返しとかいいながら、要するに面倒ごと押し付けていっただけじゃねえか」
ボリボリと頭をかきながらにおっさんがそうつぶやく。
とはいえ、おっさんにしてはイヤな話だが、適任だというのは間違いない。
おっさんも例によって元人間であり、魔法使い。それでいて、ルカが臨時精霊女王であることもあって、精霊王は退位していないため、おっさんの精霊王代理も継続中。
間に入るには、適任である。
「ま、しゃあねえか。ここであいつの頑張りを不意にするのもアレだしな」
大きくため息を付きながらに、おっさんは、恩とも仇ともいえるようなそんな贈り物を受け取る。
「あんだけ頑張ったんだ。あとの暮らしがせいぜいゆっくりと幸せになるように祈っておいてやるさ」
* * *
「そろそろだな」
隠れ家の結界を抜け、しばらく。
遠巻きに建物が見えてくる。
「ミルカ。落ち着かんか」
「そうはいっても、ルーナさん。みんなが帰ってくるまでは」
「うー、うー!」
「アルまで。全く……」
そこには、待ってくれていた人たちがいた。
「帰ってきたのなら、おっきな声で言わなきゃだね」
ルカが、そう、耳打ちをする。メルラは「私ははじめましてだけど、それでいいのかなぁ」とそう言うが。いいの! と。ルカにそう言われる。
そうして、森を抜けて。彼女たちがこちらに気づいて。
「ただいま!」
そう、大きな声で言った。




