聖女と元聖女は暴露する
「会議の時、我々に食って掛かる様は非常に鬼気迫るものがあってな。ほだされたよ」
「ですわよねー! あの必死な様子には私も胸が痛くなりましたもの」
きゃっきゃうふふ、と楽しげに語る母とルルディをよそに、ディナートさんは完全に氷の無表情を押し通している。
「実際の救出作戦の様子は、報告書読んだだけだからよくわからないけれど、そっちはエーカが自分の目で見てるでしょ?」
「う、うん」
助けに来てくれた時の彼の様子は、よく覚えている。苦しくて意識も朦朧としてたはずなのに、それでも彼の姿だけが鮮烈だった。煌めく銀の髪と赤みを帯びた金の瞳に、助かったと言う安堵と切なくなるほどの懐かしさとを覚えた。
いま思い出しただけでも、胸が痛いほど熱くなる。
「愛だなぁ」
「愛ねぇ」
しみじみとした声が綺麗に重なった。
「は!? ちょっとお母さん、ルルディ! な、なななに言ってんの!!」
「あら、エーカってばそんなに恥ずかしがることないじゃない。ねぇ、ディナート?」
けらけらと笑いながらルルディは、ディナートさんを見た。
「そこで私に話を振りますか……」
苦虫を噛み潰したような渋面でため息をつく。
「そう怒るな、ディナート君。我々はみな、後悔することの辛さを知っている。そうだろう? たまには素直になってみたらどうだ」
諭すように告げて、ゆっくりと自嘲するような微笑を浮かべた。
「なんてね。こんなふうに殿方をけしかけては、娘を持つ母親としては失格かな。──八重香、ちょっといいかい? 少し庭を散歩しよう」
ルルディとディナートさんを残して、母と私は連れ立って庭を巡り始めた。
足元で咲き乱れる色とりどりの花が、目にまぶしい。
テーブルからだいぶ離れ、小川にかかった小さな橋の上で、ようやく母が口を開いた。
「八重香。君はあのディナート君が好きなんだろう?」
「……うん。やっぱ分かる?」
「母親だからな。と言いたいところだが、顔に出過ぎててバレバレだ。馬鹿でも分かる」
「えっ!?」
嘘でしょ!? そんな分かりやすい態度、いつ取った!? 取ってないよ!!
狼狽える私の様子に、母は呆れたような顔で首を横に振った。
「やっぱり自覚なしか」
いや、自覚なしかって言われても。そもそもそれ自覚してやるもんじゃないでしょー!
「知らぬは我が身ばかりなりってね。あ、朴念仁なディナート君も気付いてないか!」
あはは、と声を立てて笑う母に、いったい私は何て反論したら良いんだろうか。
隠してるつもりだったのに、みんなにばれてたなんて。誰か嘘だと言って。恥ずかしくてこれから顔合わせられないよ!
「真面目な話な、初めて水鏡で話した時、君が日本に戻ることをためらったから、なんとなく分かったよ。残るにせよ、帰るにせよ、やれることはやっておきなさい。いいね?」
「う、ん」
「きっと、どっちを選択しても辛くて苦しい。沢山の心残りも生まれるだろう。けれど、それは減らすことも出来る。そうすれば選んだあと、より早く次の一歩を踏み出せるんじゃないか?」
やれることはやれるうちに。伝えたいことは伝えられるうちに。
そうだよ。あの塔の中で考えたじゃない。
『会えたらちゃんと自分の気持ちを伝えよう。もう二度と後悔しないように』って。
安全なところに戻ってきた途端、あの後悔の苦さを忘れそうになってた。
「後悔しないように、頑張ってみる」
「ああ。頑張っておいで。私が言う事ではないのかもしれないが、八重香はもう充分に辛い目に遭った。いや遭いすぎてる。勇者なんて因果な役目からは解放されて、君の思うように生きて欲しい」
「ありがとう、お母さん。玉砕した時は慰めてね!」
「いいとも。まぁ玉砕なんてしないと思うが、万が一の時は盛大に憂さ晴らしするぞ!」
そんなことになったらアイツのことは焼き殺す──って物騒なささやきが聞こえた気がして母を二度見したけれど、相変わらずにこにこ笑ってるし、何かの聞き間違いだろう。
テーブルへ戻ると、ディナートさんからホッとしたような気配が伝わってきた。
色々聞かれたくないことを聞かれて困ってたってことかもしれない。
「さて、ルルディ。我々はそろそろお暇しよう。八重香、君はディナート君に送ってもらいなさい。じゃあまた、夕飯の時に」
「うん。ルルディ、お母さん、お仕事頑張ってね!」
「ああ。八重香はゆっくり休むように。じゃあディナート君、八重香のことをよろしく頼む」
「お任せ下さい」
ディナートさんの返事に頷いて、母は踵を返した。
「エーカ。お茶をご一緒できて楽しかったわ。ありがとう。──ディナート。舞踏会の件、明日の朝までには決めて頂戴ね。ほら、もう舞踏会まであんまり時間もないでしょ?」
「はっ」
「よろしくね~」
ルルディは手をひらひらと振って、母の後に続くように中へ入って行った。
二人がいなくなった途端、鳥の囀りや小川のせせらぎが耳に流れ込んでくる。
普段なら心地いいはずの音だけど、今に限って言えばそうでもない。何か話さなきゃって気持ちに拍車をかけるだけだ。
沈黙が怖い。だから、とにかく頭に浮かんだことを適当に口にした。
「あの二人がいなくなると、静かですね」
つい本音を漏らしちゃったけど、よく考えてみればディナートさんにとって、これは反応しにくいよね。言われても困るよね。話題振り失敗した!
「ごめんなさい。つい本音がっ」
これも違うでしょ。傷をさらに深くしてどうする。
「あ、えっと。その、これは……えーっと」
もう何を言っても墓穴を掘るだけな気がする。
こんなんじゃまともに話も出来ないじゃない! どうしよう!!
あたふたする私の頬は発火しそうに熱い。触らなくても、鏡を見なくても分かる。ゆでだこみたいな顔になってるに違いない。
そんな顔を見せてることも恥ずかしくて、ますます混乱がっ
「ヤエカ殿。落ち着いて」
初めは驚いたような顔で私を見ていたディナートさんだけど、慌てっぷりが相当面白かったのか、堪え切れずに噴き出した。
楽しそうにくすくす笑う。
そんな顔のディナートさんを見るのは本当に久々で、泣きたくなった。
前はこんな風に笑われるのが、子ども扱いされてるみたいで嫌だったけど、でも今は嬉しくて、懐かしくて、切なくて。胸が痛い。
「お茶のおかわりは? それとも少し歩きましょうか?」
あまりに爽やかな顔で笑うので、返事することさえ忘れて見惚れちゃった。
「ヤエカ殿?」
「え? あ、はい! ごめんなさい。ぼーっとしてました! えっと、もうお腹はいっぱいなので、散歩したいです」
「分かりました。では、そうしましょう」
ディナートさんが何気ない仕草で右手を差し出す。
え?
この右手は……?
彼の顔を右手を交互に見比べた。
「足元が悪い場所もありますから」
苦笑交じりに言われて、私は恐る恐る左手を差し出した。
触れるか触れないかくらい軽く触れた途端、手を握り返されて、心臓が口から飛び出しそうなくらいドキリと跳ねた。
落ち着け。
落ち着くんだ、八重香。
こんなことくらいで、こんなにドキドキしててどうするの!!
そうだよ、これは私が転ばないように手を繋いでくれてるだけ。他意はないんだから、ときめいちゃダメだ!!
「貴女の手、ずいぶん冷えていますね。寒いですか?」
「い、いえ! 大丈夫です、はいっ」
それは緊張のせいで冷たいだけです。むしろ、指先以外は熱いです。沸騰しそうですっ。
「本当に? もし寒くなったり体調がすぐれない時はすぐに言ってくださいね?」
「は、はい! 大丈夫です! ちゃんと言います!」
勢いよくぶんぶんと首を縦に振ったら、彼は気づかわしげな、でもどこか楽しそうな表情を浮かべた。
それがなんとも色気ダダ漏れで、うっかり悲鳴を上げそうになった。
それを無理矢理のどの奥に押し込んで、深呼吸を繰り返す。ダメだ、平常心。平常心。今からこんな調子じゃ、ディナートさんにこ、こ、こ、告白するなんて無理だもん!!
「こうやって繋いでいれば、そのうち温まるでしょう」
私の手を握っている彼の手に、少し力が籠った。
軽く手を繋いだ状態でさえ、ときめき半端なかったのに!
こんなにがっつり! しっかり! 繋いだら!! 身がもたないってば!
なのに。なのに。
ディナートさんは私の顔をのぞき込んでにっこり笑う。
ねぇ、ディナートさん。知ってますか? そう言うのを追い打ちって言うんですよ……。
心の中でそんな泣き言を呟きつつ、引きつった笑みを返した。
ああ。こんな調子で、私はちゃんと言いたいことを伝えられるんだろうか。
不安だ。非常に不安だ。




