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再召喚!  作者: 時永めぐる
第三章:月を宿す乙女
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救出(下)

※幕間劇ではありませんが、話の都合上、この話は三人称とさせていただきます。


 身支度を整えた男たちが次々に詰所に現れる。

 一人、もしくは二、三人連れだってやってくる男たちに、ディナートは合流地点と時刻を伝えて送り出す。

 みな隠密行動は慣れたもので、緊張の片鱗すら見せることもなく非番の気楽さで街へと繰り出して行った。


「これで最後か。そろそろ私も出よう。──留守を頼んだ」


 部屋の片隅で青い顔をしている若い騎士に声をかけると、彼もまた出立のために立ち上がった。


「ご武運を」

「ああ。行ってくる」


 かけられた言葉に、ディナートは太い笑みを浮かべた。

 急いた気持ちのまま足早に階下へ向かう。


「ディナート君!」


 背後から彼を呼び止める声が聞こえる。

 振り向けば、動きやすい服装へと着替えたエリカが小走りで彼へ向かってきていた。


「エリカ様」

「出がけにすまない。少しだけ時間をもらってもいいだろうか?」


 ディナートを見上げるエリカの面差しの中に、八重香の幻を見て一瞬、狼狽えた。それを押し隠して頷けば、エリカは安心したようにほっと溜息をついた。


「君が八重香の面倒を見てくれていると聞いた。ありがとう」

「エリカ様! どうか、頭をお上げください」


 深々と首を垂れる彼女の姿に、ディナートは少なからず動揺した。


「さっきは嫌な思いをさせて申し訳なかった」

「いえ。ルルディ様や貴女様の立場は私も分かっているつもりです。こちらこそ、無理を申し上げて……」

「いや、いいんだ。君があんな風に言ってくれたこと、私はとても嬉しい。──それに引き換え私は全く不甲斐ないな。あの子を助けたくて無理矢理帰ってきたのに」


 エリカは遠い目をして、自嘲の笑みを浮かべた。


「いざ帰って来てみたら、満足に身動きさえ取れない。状況を知れば知るほど『元聖女』として物事を考えてしまう」


 偶発的な事故だったとはいえエリカは即位したばかりのルルディを置いてこの世界を去った。エリカと言う相談相手が消えたこの国で、まだ少女であったルルディはどれだけ心細かっただろう。

 それを思うと、一度放り投げてしまったこの国への負い目を感じずにはいられないのだ。


「ソロンは私の代からきな臭い男でな。いつか尻尾を掴んでやると狙ってたんだが、それすら果たせずに私はこの世界を出てしまった。強引な手段を使ってもあの頃、奴を仕留めていれば八重香がこんな目に遭うことも……」


 なかったかもしれない、そう言って俯くエリカに、ディナートは眉をひそめた。


「しかし、エリカ様。それは……」

「ああ。分かってる。言っても詮無いことだ。だが、どうしても思わずにいられないんだ」

「弱音はいつでも吐けます。後悔だっていつでも出来ます。今は、今なすべきことをしましょう」


 それはエリカに向けての言葉のようで、またディナート自身に言い聞かせるようだ。


「そう、だな。ああ、そうだ。ディナート君の言う通りだ。私も随分ヤキが回っていたようだ」


 強張っていた彼女の顔に微笑が浮かんだ。自嘲でも自虐でもない、迷いを断った笑みだ。


「引き留めて済まなかった」

「いえ。では、私はこれで」


 踵を返したディナートに、もう一度エリカが声をかけた。


「もし君たちのほうが先にあの子を見つけたら……よろしく頼む。例え何が起きても、あの子の身柄を優先……いいや、何でもない。今のは失言だ。忘れてくれ」


 為政者としてあるまじき言葉を発してしまったと唇を噛む彼女に、ディナートは深々と頭を下げた。











 合流地点は、攻撃目標の館から少し離れた場所にあった。とはいえ、空を飛べはあっという間につく距離ではある。

 ディナート達は私服の上に、思い思いに武装し身をひそめていた。

 垂れこめた暗雲からは叩きつけるような勢いで雨粒が落ち、空からの奇襲を計画している彼らにとっては絶好の隠れ蓑であった。

 戦闘開始の合図は、先代聖女であるエリカが放つ特大の火球。

 それを閉ざされた門と、館の玄関先に立て続けに打ち込むらしい。

 

「大丈夫、君たちが聞き逃すほど、小さな爆発じゃないから!」


 そう言って胸を張ったエリカの力を信用して、合図を待つ。



 ──ドン!!


 一瞬、耳を疑うような大きな音が聞こえた。周囲の木々から、驚いた鳥たちが一斉に飛び立った。


 ──ドン!!!!


 続けざまにもう一度、大きな音。


「行くぞ!」

「応!」


 小声ながら鋭利な声が飛び交い、その次の瞬間、そこにはもう誰の姿もなかった。一瞬前までここにいた男たちは、すでに高く舞い上がり、獲物を見つけた鷹のように一直線に目標へと向かっていた。


「副団長」


 ディナートの脇に並んだカロルが、声をかけた。


「何だ」 


 短く答えながらも、目は前を向いたままだ。着地予定地点はもう目の前に迫っている。


「多少は手加減してくださいよ? 多少は生き証人もいないと」

「分かってる」


 静かな怒りを発するディナートに、一応釘を刺してからカロルは離れた。

 彼らは手分けして、最上階の各部屋のバルコニーに降り立った。

 当初の予定では、最上階から伸びた二つの塔の窓へも侵入する手筈になっていた。が、塔に設置された窓は小さく、出入りが困難なため、急きょ最上階のバルコニーのみに絞られた。

 着地と同時に窓を破壊。室内への侵入を図る。

 八重香が監禁されているとしたら、地下か塔のどちらかだろう。そう見当をつけていた。

 ディナートたち空から侵入した隊は塔を、セラスたち地上から攻め入った隊は地下と分担されている。

 ディナートとカロルの二人は東側の塔を、騎士団でもディナートに次ぐ手練れ二名を西側の塔に向かわせた。残りの者たちは最上階から順に制圧していく手筈になっていた。

 息をひそめ、物音を極力抑えながら東の塔へ急ぐ彼らの耳に、男女が言い争うような声が聞こえてきた。

 声の合間に、ジャラジャラと甲高い金属音が響く。

 目線で合図しあったディナートとカロルは、素早い身のこなしで各々、手近な障害物に身を隠した。


「だ、れ、かーーー!!」


 突如上がった大声に、ディナートの指がピクリと震えた。この五日間、聞きたくて聞きたくて、どうしようもなかった声だ。

 真向かいの柱の陰に隠れたカロルと目が合った。

 もう少し様子を見よう──お互いに頷き合って確認する。


「うるさいな、黙れよ」


 どこかで聞き覚えがあるような声が、苛立たしげに八重香を叱りつけた。

 一呼吸の間を置いて鎖が鳴る。と、同時に「ぐ、う……」と苦しげなうめき声が上がった。

 

「黙れって言ってるだろ」


 余裕を無くした男の声が、うめき声の合間から聞こえた。

 物陰からでは男の背中しか見えなかったが、ディナートは八重香の状況を察した。

 彼の全身を、瞬く間に怒りが駆け巡る。しかし、我を忘れるどころか、逆に冷静さを取り戻した。突き抜けすぎた怒りと言うのは、不思議な効果をもたらしたらしい。

 冷たい刃のような眼差しが背を射るが、焦りに身を任せた男は視線に気づきもしない。


「は、な……せ……」


 苦しい息の下から、それでも抵抗する気力を失わない声が発せられ、ディナートは八重香のその強さに笑みを漏らした。

 誘拐されてから五日。監禁生活は易しいものではなかったろう。それでも彼女は負けなかった。それが嬉しくもあり、愛おしくもあった。

 そろそろ、男を叩きのめす頃合いだろう。

 出るぞ、と視線に乗せてカロルを見れば、彼は何か恐ろしいものを見たような顔をして、ディナートを見ていた。

 今しがた彼が浮かべた微笑を、カロルは凄惨な方向に想像したらしい。が、己が微笑を浮かべたことすら意識していないディナートは何を腑抜けているんだと呆れた視線を送り、カロルを置き去りにしたまま柱の陰から飛び出した。


「そこまでだ」


 発せられた声は、怒りのせいで地を這うように低かった。

 八重香の華奢な体に覆いかぶさるローブの男が、びくりと体を震わせてゆっくりと振り向いた。

 男の手には、八重香を傷つけるためにかざされた短剣が握られている。

 忌々しい。

 

「そこの男。死にたくなかったら、彼女から離れろ」


 視線で射殺せるものならとうに殺していただろう。殺意をたっぷりと込めた視線の先で、男──オレストは信じられないものを見るような目で、ディナートを凝視した。その驚愕すらも腹立たしい。

 

「聞こえなかったのか? 離れろと言っている」


 これで警告は二度行った。動かないなら、容赦はしない。

 ディナートはオレストの持つ短剣をめがけて、力を放った。

 動かぬ的に当てることなど、彼にとって造作もないことだ。オレストの手から離れた短剣は、くるくると空中で回転しながら遠くへ弾かれた。

 オレストは手首を押さえることで、突然襲ってきた痛みに耐えている。それを眺めるディナートは、彼の手が吹き飛ばなかったことを心から残念に思っていた。

 

「ディナートさん!」


 愛しい声が、苦しい息の下から彼の名を呼んだ。

 途端に、彼の胸を支配していた嗜虐的な怒りが弱まる。


「ヤエカ殿。迎えが遅くなりました。申し訳ありません」


 オレストに向かって発せられた声とは対照的ともいえる柔らかい言葉が口を突いた。

 疲れ切って壁にもたれた八重香の顔が、安堵でくしゃりと歪んだ。痛々しいほど憔悴した顔。しかし、彼と目が合った瞬間、息を吹き返したかのように頬に赤みが差した。

 ああ、彼女はそんなにも私を頼みにしてくれているのか。

 そう思うと愛おしさが溢れる。

 が、それと同時に、彼女の首に巻きついた金属の輪に目が行った。

 それはまるで、飼い主が愛玩動物につけるような──。

 八重香を家畜扱いしていたと言うのか!?

 そう思えば、ディナートの視界は怒りで赤く染まった。

 この男が。この男が。この男が!


「どけ」


 気が付けば、ディナートは力の加減も忘れて、男を吹き飛ばしていた。

 殺してしまっても構わない。いいや、殺してしまったほうが面倒がなくていい。

 こんな男が生きていると思うだけで不愉快だ。ほら、男の頭を叩き潰してしまえばいい──

 そんな暗い誘惑を断ち切って、ディナートは八重香へ向き直った。


「ヤエカ殿、手を」


 おずおずと差し出された手を握り返したディナートは、この瞬間心に決めた。

 もう二度とこの手は離さない、と。

 それが例え罪であっても、八重香を困らせることになっても。




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