救出(上)
※幕間劇ではありませんが、話の都合上、この話は三人称とさせていただきます。
八重香が行方不明。
その知らせがディナートのもとへ飛び込んできたのは、夕方のことだった。
いや、知らせが飛び込んできた、と言うのは正確ではない。
なぜなら、散歩に出たまま戻らない八重香を探し回っている侍女が、ディナートのもとを訪れて八重香が来ていないかと尋ねたのが最初だからだ。
護衛を終えて彼女の私室まで送り届けたのが最後、そのあとは姿を見ていないと答えると、侍女は少し困ったといったふうに眉尻を下げ、礼を言って出て行った。
この時点では誰もがまだ八重香が深刻な事態に陥っているとは気付いていなかった。
それはディナートも同じことだ。
部屋の中でじっとしているよりも散歩と称してあちこち歩き回りたがる八重香が、またどこぞで迷子になっているんだろう。しかし彼女だって自分の予定は把握しているのだから、そう遠くへは行っていないだろうし、侍女たちが探しに出たのなら早々に見つかるだろう。
自分の出る幕はないと判断した彼は席を立つこともなかった。
真っ赤な夕陽の差し込む部屋の中、彼は日課である愛剣の手入れを続ける。心地よい静寂に包まれながら硬質な輝きを放つ刀身を見つめていれば、ざわめく心さえ凪いでゆく。
手入れの最後に目を眇めて刀身をざっと眺め、曇り一つないことを確認した。
満足して鞘に収めてから、彼はようやく部屋の隅々に夜がこごり始めていることに気づいた。窓の外の空はすでに夜の藍色が濃くなり、残照は今にも消え入りそうだ。
そう言えば、彼女は見つかっただろうか?
そんな疑問がふっとディナートの胸に浮かんだ。一度浮かんだそれは、消しても消しても湧いてきて、彼を落ち着かない気分にさせる。
しばらくの間、雑務をこなしつつ逡巡していたが、とうとう彼は立ち上がった。
延々と悩んでいるより、直接確かめてすっきりしたほうが建設的だ。
「カロル。少し出る。後を頼む」
「今からですか。どちらまで?」
机にかじりつくようにして書き物をしていたカロルが手を止めて尋ねた。いま書いている書類はこの後ディナートに確認をもらわねばならないものばかりで、出来ることなら今日中に裁可を受けたいのだ。
このままどこかに雲隠れされてはたまらない。そんな気持ちを滲ませて尋ねたが、ディナートはそれには答えず
「すぐ戻る」
とだけ告げた。
今しがた磨いた剣を腰に佩き、マントを羽織る彼を眺めながら、カロルはにやけそうな顔を必死で引き締めて「はっ」と短い応えを返した。
答えないのはバツが悪いから。もしくはカロルにからかわれるのを警戒しているから。大方、八重香の様子でも見に行くんだろう。
さっと踵を返して部屋を出るディナートに向かって頭を下げながら、カロルは誰にも気づかれないようにため息を吐いた。
──全く不器用なんだから。
笑いをこらえている気配漂うカロルを不愉快に思いつつ、知らぬふりを決め込んで部屋を出たディナートは、明かりの灯り始めた廊下を急いだ。
八重香はすでにどこかで侍女に発見されて自室に戻っているのだろう。
と思ったものの、やはり自分の目で確かめない事には落ち着かない。
八重香の行方は尋ねられたが、見つかったとの報告は来なかった。なら、その後の経過を確認するために赴いてもおかしくはないだろう。そんなこじつけを自分に言い聞かせているうちに、八重香の部屋はどんどん近づく。
が、いつもと違う慌ただしい気配を感じて、彼は眉をひそめた。
侍女たちが話し合う声も足音も、ドレスの仮縫いで慌ただしく動いているというふうではない。何かもっと緊迫したものが伺える。
まさか……?
足を早めて最後の角を曲がった。
途端、先ほどディナートの部屋に顔を出した侍女とぶつかりそうになる。
咄嗟に彼女の手を掴んだ。
「何かあったのですか?」
口調はいつもと変わらない。が、腕を掴まれた侍女が、顔をしかめるほどには力加減を忘れていたようだ。
「もしや、いまだにヤエカ殿が見つからない?」
「ディナート様! ヤエカ様が行きそうな場所をどこかご存じありませんか? 何の知らせもないまま、こんなに長くお戻りにならないのは初めてで」
侍女は蒼白な顔に、焦りを浮かべて縋りついた。
「──いつから行方が分からないのですか?」
「ディナート様が送り届けてくださって、それからいつも通りお茶を召し上がって……。そのあとです。少し散歩をしてくるからと」
「だいぶ前じゃないか!」
咎めるようなディナートに、侍女は唇を噛んでうつむいた。
「供は?」
「え?」
「供はいったい何をしていたのですか」
眉をひそめたディナートの問いは、口調こそ穏やかだが厳しく、質問と言うよりも尋問に近い。
「す、すぐそこまでだから必要ないとおっしゃられて……。一人でお出かけに、なり……まし、た」
「一人? なぜ護衛をつけなかった! ──クソッ」
彼は苛立ちまぎれに悪態を吐いた。
貴公子然とした男の口から出る粗野な言葉に、侍女はさらに顔を青ざめさせた。
血の気の失せた顔をしながらも怯えたり取り乱したりしないのは、侍女としてよく訓練されているからだろう。
「申し訳もございません」
侍女の謝罪に、ディナートは我を忘れそうになっている己に気づき、感情を律するように深く息をついた。
ここで彼女を責めても何の解決にもならない。
確かに彼女たち八重香付きの侍女の認識が甘かったことも一因ではある。が、いずれにしても八重香を探すことが先決だ。
事件に巻き込まれたのか、それとも何かの事故で身動きが取れずにいるのか。
「こうしていても仕方ありません。私も探しに出ましょう」
「よろしくお願いいたします」
出遅れたことを後悔しながら、彼は踵を返した。
八重香はもともと危機感が薄い。が、最近は少しずつ己の立場を理解し、警戒を怠らないようになってきていた。その彼女が『供も要らないほどすぐそこまでの散歩』と言ったのだ。とすれば捜索範囲は限られる。
彼女の部屋から一番近い庭園は──?
心当たりをいくつか回ったもの、彼女の姿はなく、ただ夜風に緑の木々が揺れるだけだった。
捜索は夜通し行われたが、しかし、一夜明けても見つからなかった。
捜索範囲を広げ、ディナート達が空から探索をしたが、影も形も見つからない。
最終手段としてルルディがアレティを起こしてみたものの、聖剣にも使い手の行方は分からず、捜索は行き詰ったかに見えた。
が、事態は意外な方向から動いた。
事件、事故の両方を想定して、ルルディは人員を二つに分けて捜索にあたらせていたのだ。
そのうち、事件と仮定して調べていた班が糸口を見つけ出した。
最近、八重香に接近していた若い神官──オレストの動向がおかしい。八重香の失踪と相前後して頻繁に外出するようになったと言うのだ。行き先は、街の外れにある古い館。庭は荒れ放題、もう長いこと無人のまま朽ちるに任せて放置してあった廃墟である。
だが、密偵達が様子を探ったところによれば、昼夜を問わず大勢の人間が出入りしていると言う。
館の持ち主は高利貸しだ。借金のカタに譲り受けたが、老朽化が激しく修繕費がかさむことから長いこと放置していたのだと言う。
しかし数か月前、年若い神官に売り渡した。オレストの似顔絵を見せると、高利貸しは買ったのは確かにこの男に違いないと首肯した。
ただちにオレストの身元が洗い直され、彼が先代神官長ソロンの信奉者であることが判明した。
先代神官長のソロンは、魔導国との和平準備の最中、度を越えた妨害工作を行い、またルルディの失脚を狙ったが、ことごとく失敗に終わった。己の身の危険を悟ったソロンは、ルルディに尻尾を掴まれる前に一線を退き、現在は聖都から一番遠い南の神殿で神殿長を務めている。
彼の反逆を警戒して、ルルディは多くの密偵を彼のもとに送っているが、きな臭い動きは一つとしてなく、今のところ大人しいものだ。
が、いまだ聖都には彼を信奉する者が潜み、事あるごとにルルディの失脚を狙って事件を起こしている。その事件にソロンは関係しているのか、それとも単なる末端の暴走なのか、掴みあぐねていた。
エオニオの妖魔のせいで反聖女派の陰謀はいったん収まっていたかに見えた。
が、脅威が去った途端これか、とルルディたちは苦々しいため息をつくしかなかった。
ここに来てようやく、八重香は反聖女派に誘拐されたと確信するに至った。監禁場所はおそらくオレストが買い受けた館であることも見当がついた。
これまでは陰謀とも呼べぬ些事ばかりであり、ソロンの尻尾さえ見えなかったのだが……
「これはある意味チャンスだわ」
「だな。上手くすれば反聖女派にとどめがさせる。小うるさい蠅を払うにはちょうどいい」
ルルディが呟けば、それに同調したのはエリカだ。
無理を押し通す形で界を渡って帰還を果たしたエリカは、戻るや否やルルディやセラスから聖女宮の現状を報告させ、すでに大まかに状況を把握していた。
老獪な会話を続ける二人のそばで無言を貫くディナートは、テーブルの下で白くなるほど拳を強く握った。
一刻も早く救出に向かいたいと言うその気持ちを無理矢理ねじ伏せるためだ。
八重香の事を考えれば考えるほど、後悔が滲む。
自分がもっと己の感情を律することが出来ていれば。どうしようもない感情を持て余して、八重香に八つ当たりのような真似をしなければ。何食わぬ顔をして彼女のそばに控えていることさえ出来ていたら。
こんなことにはならなかったのかもしれない。
そんな結論に至るたび、己の胸を引き裂いてしまいたい衝動に駆られるのだ。
険しい顔を崩さないディナートの向かいに座ったセラスは、彼と視線を合わせると小さく頷いた。
短気を起こすな、そういう意味を込めてのことだろう。
「では、救出作戦の指揮は、セラスに命じます」
「はっ! 必ずやヤエカ殿を連れて戻ってまいります」
「頼みましたよ」
ルルディに命じられたセラスは姿勢を正した。
「ルルディ。悪いが私も同行させてもらうぞ」
「エリカ様!?」
「娘を助けるために界を渡ったんだ。ここでのんびりしててどうする。これでも私は攻撃が得意なんだぞ? セラス、私を君の指揮下に入らせてくれ。よろしく頼む」
「し、しかし……」
押し問答のすえ、エリカはとうとうルルディとセラスを言い負かし、救出隊に潜り込むことに成功した。
「私も加えていただけませんか?」
先にエリカが隊に加えろと言いだしたため、出鼻をくじかれた形になっていたディナートだったが、エリカの件に決着がつくや否や、急くように口を開いた。
「しかしディナート殿。貴殿は魔導国の騎士だろう」
セラスは言いにくそうに言葉を濁した。
「確かに貴殿が同行してくれればこちらとしても心強い。が、そういうわけにはいかない」
ディナートは魔導国の人間であり、しかし、八重香の誘拐は聖司国内の問題だ。
温情で作戦会議に出ることは許されたものの、部外者の彼がしゃしゃり出ては魔導国による内政干渉と捉えられてしまいかねない。
──現聖女はこの聖司国を、魔導国の属国にするつもりか。
反聖女派は、それを懸念の一つとして現聖女を糾弾しているのだから、ここでディナートが不用意に動いてはあまりうまくない。
それ見た事か、聖女は魔導国の内政干渉を容認している、そう声高に主張することだろう。
それが真実とは程遠いところにあったとしても、民たちは聖女宮内の人間関係など知る由もないのだ。耳元で『聖女はこうだ!』とがなり立てられれば、いつしかそれを真実だと思い込む者も出てくるだろう。
ただ悪戯に人心を惑わすことはルルディたちも避けたいところであった。
「ですが!」
「貴殿も分かっているだろう? 今回ばかりは堪えていただきたい」
「指を咥えてただ見ていることなど出来るわけありません! どうか同行の許可を!」
「少し落ち着け、ディナート殿!」
ディナートとセラスの言い合いが続く。
聖女と元聖女の二人は、言い争う二人を交互に見比べながら無言を貫いていた。
「聖司国の立場は私も承知しております。それでも敢えて同行を願い出るのは、ヤエカ殿救出の成功の確率を少しでも上げたいからです。私でしたら空からの奇襲が可能です。上手くすれば敵に気づかれずに上階、もしくは塔からの侵入が可能となります。力もそれなりに使えますし、囮としてもそれなりにお役に立てると思いますが?」
確かにそれは有効な手段だ。態勢を整える暇を与えなければ、作戦の成功率は格段に上がるし、敵を一網打尽に出来るかもしれない。
兵力の増強と、体面を天秤にかけたセラスの瞳が揺れる。
「救出作戦の指揮はセラスに任せました。だから、どのような作戦を立てても、誰を雇い入れても、それは貴女の判断で行って構いません。──でも、ディナート。貴方は騎士でしょう? 騎士が職務中に職場放棄なんていただけないわ。ねぇ、エリカ様」
「ああ、そうだな。いやぁ、残念だ。実に残念だ。君が職務遂行中の騎士で残念だ」
エリカは猫を思わせる勝気な目に、悪戯っぽい光を浮かべてニヤリと笑った。
「──分かりました」
エリカとルルディの言葉の真意を悟ったディナートは、おもむろに背後を振り返った。
護衛として後ろに控えていたカロルが、嫌な予感を感じてびくりと肩を跳ねさせた。
「カロル。悪いが、私は今からしばらく休暇を取る。後は頼んだ」
「はっ!?」
ちょっと待ってくださいよ! いくらなんでもそりゃないでしょ!! なにトチ狂ってるんですか!?
カロルは口を突いて出そうになる悪態を、すんでのところで呑み込んだ。
ディナートと二人きりなら遠慮せずに口にするが、しかしここには聖女をはじめ沢山の人間が同席している。
カロルは不承不承ながら、頷くしかない。
「というわけで、私は現時点から休暇を満喫させていただくことにしました。せっかくですから、ちょっと城下を散策しようかと思っています。特に街外れの館あたりは雰囲気があって興味深いですね」
「奇遇ですね、ディナート殿。ちょうど私もあの辺りに用事がある」
ルルディ、エリカの話と、ディナートの言葉から察したセラスも、にやりと笑った。
「用事ですか」
「ああ、ちょっとした野暮用でな」
白々しい会話が円卓を行き来する。
カロルはそれを半ば呆れながら見ていた。
──休暇中だから内政干渉に当たらない? そんな詭弁通用するのか!?
打ち合わせを終えたディナートは、仏頂面のカロルを伴って退出した。
「副団長! 待ってくださいよ、副団長。全くどういうつもりなんですか、あんな詭弁……」
「詭弁? 人聞きの悪いことを言うな、カロル」
「だって、詭弁じゃないですか! 敵の中には俺たちの顔知ってる奴がいるかもしれないんですよ!? そいつが喋ったら……」
そうなれば結局、聖女は魔導国による内政干渉を許していると叫ばれることに変わりないではないか。
「他人のそら似だ」
「は?」
「他人のそら似。混乱の最中、人違いをするのはよくある事じゃないか」
「つまりそれは……」
セラス率いる救出隊に加わるはずの翼をもつ男は謎の男であり、どんなに顔が似ていようが声が似ていようが自分ではないと言い張るつもりか。
だいぶ杜撰で強引だが、しかしいざとなればこの副団長は、それをしれっとした顔でやってのけるんだろう。
想像して、カロルは不覚にも面白いと思ってしまった。
「分かりました、副団長。もう文句は言いません。ただし、条件があります」
「条件?」
「ええ。俺も同行させてもらいますよ」
「カロル! お前……」
眉を吊り上げ、厳しい顔で何か言いかけたディナートを、カロルは飄々とした顔で遮った。
「あ、反対しても無駄ですよー。俺、決めたんで。さーて、誰に後を任せようかなぁ」
カロルはそう嘯きながら、詰所として使われている部屋の扉を開けた。
中には黒衣に身を包んだ騎士たちが揃っていた。
ディナートとカロルの帰りを今か今かと待ちわびていた彼らは、一斉に立ち上がった。
「ねぇねぇ! これから副団長や俺と一緒に休暇取る人、手ぇ上げてー?」
気楽なカロルの口調のせいで、室内の張りつめた空気はいっきに崩れ落ちた。ぽかんとした顔の騎士たちを眺めて満足したのか、カロルはひとり満足げに頷いている。
「待て、カロル! 何を言い出すんだ! 皆を巻き込むつもりかっ!?」
「副団長こそ何言ってんですか。こいつら置いてって、あとでバレたら袋叩きに遭いますよ!?」
咎めるディナートに向かって、カロルはしれっとした顔で言い返した。
「これは私個人の問題だ!」
「もー! 石頭なんだから! 良いですか、こいつらにとってもヤエカ殿は仲間なわけですよ。その大事な仲間が誘拐されて、今どんな目に遭ってるか分からないんですよ? こいつらだって心配に決まってるじゃないですか! なのに、自分は救出行くが、お前らは黙って待ってろって、そりゃー酷ってもんです」
カロルの勢いにディナートは口をはさむことも出来ず、黙って聞く。部屋の中はシンと静まり、二人の口論の意味が分からないながらも、騎士たちは固唾をのんで行方を見守っている。
「こいつらに話をするのは、俺が『副団長代理』としてその方が良いと判断したからです。嫌なら休暇取り消して、俺から代理をはく奪してくださいよ。でもまぁ、こーんなに喋っちゃいましたし、今さら遅いですけどね」
「──分かった。もういい。好きにしろ!」
説得を諦めたディナートは、大きなため息を吐いて天井を仰いだ。
「さーて、みんな! 副団長からお許しも出たし、今の会議で決まったことを伝えるから、よーく聞くように! ──まず、結論から言う。ヤエカ殿の救出作戦は本日午後決行されることになった」
カロルは真面目な口調に戻って事の次第をかいつまんで話した。
「──というわけで、副団長は休暇中。俺も後任が決まり次第休暇に入る。で、俺たちと聖都観光に出たいって希望者は他にいるかい? はい、希望者は挙手して」
するとほぼ全員が手を上げた。
「なんだ、そう言う事だったんですか。俺たちを置いてこうなんて、ほんと副団長は水くせぇなぁ!」
「ほんとですよ。ここで置いてきぼり喰らったら、ずっと副団長を恨んだと思いますよ~」
「さてと、そうと決まれば急いで準備しなきゃな。っと、いけねぇ。その前に休暇届書かなきゃダメだろ。おい、誰か紙とペンくれよ、紙とペン!」
騎士達は男臭い笑みを浮かべながら、軽口を叩き合う。その顔からは苛立ちや焦燥が消え、吹っ切れた者特有の明るさがあった。
その様子をみながら、ディナートは腹の底から込み上げてくる熱い塊を持て余しながら呟いた。
「セラス殿ともう一度作戦を練り直さねばならないな。時間もないのに困ったものだ」
だが、その口調は困ったと言うよりも嬉しそうで、口元には隠し切れない微笑があった。
しかし、全員が休暇を取るわけにはいかない。
すったもんだの挙句、くじ引きで留守番が決められることになった。当たりくじを引き当てたのは一番年若い騎士で、彼は本来副団長が持つ全権を一時委譲され、留守番を仰せつかった。
「留守番頼むぞ、副団長代理!」
先輩たちが楽しそうに彼の肩を叩く。若い騎士はそれに赤くなったり青くなったりしながら、しどろもどろの答えを返している。
留守番が悔しい反面、いきなり押し付けられた重たい職権に戸惑っているんだろう。ディナートは若い騎士に同情しながら、口を開いた。
「副団長代理が決まったところで、休暇取る者はちょっと聞いてくれ! ──せっかくの休暇だ。堅苦しい制服は脱いで、私服で過ごすこと。いいな! 私はこれよりセラス殿ともう一度打ち合わせを行ってくる。用意が出来た者はここで待機していてくれ」
「はっ!」
部屋のあちこちから、野太い応えが上がった。
彼はそれに小さく頷き、部屋を後にした。
出撃……もとい、城下散策の準備をするために。




