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再召喚!  作者: 時永めぐる
第三章:月を宿す乙女
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そして風雲、急を告げ

 体調がおかしい。

 いや、監禁されてて元気もりもりです、って言うのもおかしいけど、そう言う事じゃなくて。

 初日から感じていただるさが、時間を追うごとに、日を追うごとに増していくのはいくらなんでもおかしい。

 いつ脱出のチャンスが巡ってきてもいいように、食事は毎回オレストの毒見つきで食べてるし、夜だって早めに寝てるし、日中は適当に運動もしてる。いつも以上に規則正しい生活を心がけているのに体調はどんどん悪くなるばかりで、今朝はとうとう熱っぽさも加わってきた。枕から頭を上げるのも億劫だ。


「風邪かなぁ」


 別にこの部屋寒くもないんだけど。

 そろそろオレストが朝食を持ってくる時間のはずだから、意地でも起きないと。別に具合が悪いってバレたって何の支障もないはずだけど、そこは意地の問題だ。顔を合わせるたびに「体調は!?」って実験動物を見るような目で聞いてくるから腹が立つ。正直に答えてやる義理なんてないし、これはマズいって思うところまではなるべく嫌がらせを兼ねて元気なふりを装いたい。


「はぁ……だるー」


 口に出したら余計だるくなった気がした。


「どっか痛いよりはマシか」


 まだ四、五日なのにもう独り言が増えてる。ちょっとまずいかもね。

 なんて思いつつ体を起こしたら、じゃらりと耳障りな音が響いて、下を向いた私の視界に鈍色の鎖が飛び込んできた。

 あー……すっかり忘れてた。今日から自由にトイレもいけないじゃん。

 忌々しい鎖。引っ張ってみたけど千切れるはずもなく、ひとしきり試した後、大きなため息をついて鎖から手を離した。


「いけると思ったんだけどなぁ」


 残念。

 昨夜、オレストが夕食を持ってきた時に、椅子でぶん殴って逃亡を謀ったけどあえなく失敗した。絶対いけると思ったんだけど、予想以上に体力が減っているのか体調が悪すぎるのか、椅子振りかぶったらよろめいちゃったんだよね。

 扉の陰に隠れるところまでは完ぺきだと思ったんだけど……。

 おかげで私の暴力を警戒したオレストが、よりにもよってベッドの支柱と私の首輪を繋いじゃった。……とてもじゃないけど、人様にお見せできるような恰好じゃないというか、悔しくて喚きたいくらい恥ずかしい。

 

「あ、起きてたんだ。おはよう、ヤエカ様」


 オレストが朝食のトレイを片手に、部屋の扉を開けた。

 この期に及んでまで様づけだけど、これって嫌味なのかな。


「気分はどうですか? どこか変なとこ……」

「この鎖が邪魔なこと以外、何も変わってない」


 遮るように答えた。そっぽ向きながら答えたから顔は見てないけど、彼は「ふうん」と気にするふうもなく、トレイをテーブルに置いた。


「君が暴れるから悪いんでしょ」


 言いながら、彼は皿に一口ずつ料理を取り分けて、口に運ぶ。


「はい。毒見完了。その鎖、ここまでは届かないから、しばらくはベッドの上で食べてね」


 目の前に差し出されたトレイを受け取って、渋々朝食を食べ始めた。


「ベッドの上でご飯なんて、行儀悪いし落ち着かない」

「だーかーらー、それは君が悪いの」


 彼は椅子に腰を下ろして、テーブルに肘をついた。

 食事は力の源だし、残さず食べた……かったんだけど、やっぱりだるさが勝って思うように入らない。

 それでは半分ぐらいまでは頑張ったんだけど、それ以上はもうだめだった。


「ご馳走さま」

「あれ? それでご馳走さまなの? ──もしかして」

「何でもないったら!! だいたい一日中こんな狭いとこに閉じ込められてたらお腹だって空かないじゃない!」


 トレイを下げがてら、顔をのぞき込んでくるオレストの視線から逃れるように横を向いた。


「ふぅん?」


 オレストの手が額に触れる。ひんやりとした感触が心地いい。なんて思いたくないのに!! 悔しー!


「あ、やっぱり熱あるじゃん。ダメだよ嘘ついちゃ」

「嘘なんて」

「ついてないとは言わせない。まぁ、君が体調を崩すのは最初から予想していたことだしね。──あ、つらいだろうから横になって」


 オレストは私の肩を軽く押して、寝かせようとする。

 体がきついからそのまま横になりたいとは思ったけど、でも、この男いま聞き捨てならないことを言ったよね!? 私の肩を掴む腕にしがみついて抵抗した。


「ちょっと、いま何て言った!? 最初から予想してた?」

「まぁね~。力って、少しずつ体の外に放出されるものなんだよ。それを体に閉じ込めたらさ、やっぱ体に悪いものなんじゃない? ほら暑い時に汗をかけなかったら熱がこもって具合悪くなるだろう? あんな感じなんじゃないかな」

「知ってて、私につけたわけ!?」

「僕、最初に言ったよね? 実験が出来てないからちょっと不安があるって。まぁちょっと前から君の体調が少しおかしいような気はしてたけどさ、昨夜から加速度的に衰弱してるね。──はい、駄々こねてないで寝ようね。良い子だからさ~」


 オレストの手際がやけに良いせいで、あっさり寝かされちゃったけど、ちょっと待て。ちょっと待て。ちょっと待て!

 熱中症と同じって! ちょっとそれ、すごく洒落になんないんじゃないの!! そんな危険なモノ、人様につけるんじゃありません!!


「外してよ」

「ダメ。君のおねだりは叶えてあげたいけど、それは無理だ。外した瞬間、逃げ出すだろう? あ、先に言っておくけどさ、『大人しくするから』なんてしおらしいこと言っても聞かないからね。昨夜、僕も痛い目に遭ったばっかりだし」


 なんて、言うけどさ。結局、痛い目見たのは襲撃失敗した私のほうで、オレストは全然無傷だったじゃない! 


「外してってば!」

「じゃあ、僕らの味方になるって言ってよ。それが口先だけじゃないって分かったら外してあげる。衰弱死するのと、君が折れるのとどっちが先かな? まぁどっちでもいいんだけど」


 薄く笑ってるけど、目が全然笑ってない。本気だ。


「私が死んだら困るんじゃないの?」

「んー。まぁ、多少は面倒くさいことになるかな? でもさ、どこからか背格好と雰囲気が似た子を探してきて影武者に仕立てればいいだけじゃない? 顔をはっきり見られないようにとか手間はかかるけど、それでも出来ないわけじゃあない」


 これじゃ、交渉の余地がない。私に残された道は、オレストに屈することだけ?

 味方になったと見せかけて、あとで裏切るって方法は何度も頭をよぎったけど、とてもそんな気にはなれない。


「ちょっと待ってて。額を冷やすものを持ってくるから」


 そう言うと彼は足早に部屋を出て行った。

 残された私は、だるさで纏まらない頭のまま、ぼんやりと天井を見つめた。

 最後まで諦めない。諦めるのはいつでも出来るんだから、出来る限り抗わなきゃ。

 きっと聖女宮のみんなも私を探してくれているはず。

 助けはきっと来る。

 だから……もし私が自力でここを脱出できないぐらい弱っても、それでも諦めちゃいけない。


「ディナートさん…………」


 思い出すのは、ディナートさんのことばっかり。笑った顔も、怒った顔も、困った顔も、悲しそうな顔も。たくさん、たくさん思い出す。

 人生一寸先は闇、ってことわざがあるけど、本当にその通りだよね。ぎくしゃくしたまま、こんなことに巻き込まれちゃったけど、でもあれが最後だなんて思いたくない。

 きっとまた会えるって信じなきゃ。

 そして、会えたらちゃんと自分の気持ちを伝えよう。もう二度と後悔しないように。







 オレストが『加速度的に衰弱してる』って言ったけど、本当にそんな感じで昼を過ぎる頃には、息をするのも苦しくなってきた。

 仰向けに寝ているのがつらくて、横を向いて荒い息を繰り返す。

 はぁはぁ、と自分の息とは思えない音だけが、部屋にこだまする。

 苦しくて、苦しくて、ふっと意識が遠のいていく瞬間が幾度かあって、そのたびに『ああ、このまま死んじゃうのかな』と思うんだけど、次の瞬間にはまた苦しさのせいで現実へ引き戻される。

 こんな苦しいなら、いっそオレストの言うことを……と弱気になる自分を叱咤するけど、でも心のどこかで自分が折れるのは時間の問題だと冷静に思っていた。

 次にオレストが姿を現した時、彼の誘いを突っ撥ねる自信は……無い。

 昼を過ぎたあたりから天気が崩れ始めてしまったので、太陽の光で時間を推し量ることは出来ないけど、でももう結構な時間が経っているはずだ。夕食の時間が迫ってきていると考えるだけで気が重い。


 ドン……


 遠くでかすかに爆発音が聞こえた。

 いや、そんな気がしただけでただの空耳かもしれない。ここがどういう作りになっているのか分からないけど、生活音はほぼ聞こえなくて、たまに聞こえてくるのは鳥の鳴き声と風の音だけ。今は雨と風、それと時折雷鳴の音がするけど……。

 ああ、そうか雷鳴の音を爆発音と勘違いしたんだ。


 ドン……


 また聞こえた。今度は空耳なんかじゃない。かすかな振動を伴って響いてきた。

 雷鳴とも全然違う。


 来た!! 


 救援だ、と直感的に思った。

 もしあの音が救援じゃなくてもいい。オレストたちが混乱してくれれば、その隙に乗じて逃げ出せるかも知れない。

 希望が胸に湧けば、弱った体にも力が湧く。だるい体に力を込めて、半ば転げ落ちるような感じでベッドから這い出した。けれど、鎖が邪魔でそれ以上動けない。

 鍵が壊れるか、鎖が千切れてくれたらラッキー。

 ベッドの鉄柱に何度も何度もぶつけてみるけど、鍵と鎖はなかなか壊れてくれない。


「この! この! 壊れて。お願い!!」

「無駄だよ」

「っ!! オレスト!」


 オレストは私を押しのけるようにして、鉄柱に鎖を繋ぎ止めていた錠の鍵を開けた。


「具合が悪いところ申し訳ないけど、僕と一緒に来てもらうよ」

「痛いっ!! 離して!」


 強引に手首を掴まれた。骨が音を立てそうなぐらいの力が込められているのは、彼が焦っている証拠かもしれない。


「時間がないんだ。我がまま言わないで」


 引きずられるようにして部屋を出て、右側の扉を抜ける。するとそこは下りの螺旋階段になっていた。

 カーブしているから先はあまり見えないけれど、剣戟のような音が微かに聞こえてくる。

 その音にオレストも気づいたのか、チッと小さく舌打ちする。


「離してよ、オレスト! 嫌だって言ってるじゃない!!」


 下で交戦している人に私の声が届くかもしれない。ありったけの大声で叫んだら、思ったよりも大きく響いた。

 味方がいるのなら良い。けど違ったら? 吉と出るか凶と出るかの賭けだ。


「クソッ!」


 オレストは吐き捨てるなり、私を肩に担ぎあげた。


「やだー!! ちょっと下ろしてよ!!」


 叫べばなおさら苦しいし、頭もクラクラするけど、ここで大人しくしたら負け。千載一遇のチャンスを逃してなるかっ!

 オレストが階段を一段降りるたびにお腹に酷い衝撃が来て、そのたびに胃の中身が逆戻りしそうになった。息をつくのもやっとだったけど、階段はすぐに終わった。


「下ろしなさいってばーー!!」


 道が平坦になった途端、衝撃がマシになったので、すかさず叫ぶ。

 剣戟の音はさっきよりもっと近づいてるから、私の声が届く可能性も高まったはず。


「だ、れ、かーーー!!」

「うるさいな、黙れよ」


 と言われて黙る人間がいると思う? 

 ますます大声を出そうと息を吸った途端、彼の肩から下ろされて気勢をそがれた。

 自分の足で立ててホッとしたのもつかの間。首が勢いよく絞まった。私のすぐ後ろにいたオレストが、私の首輪に繋がった鎖を引いたからだ。

 ぐぅ、と声にならない声が口からこぼれた。


「黙れって言ってるだろ」


 鎖で吊り上げられて、体重が首にかかった。金属製の固い輪がギリギリと首に食い込んで、あっという間に窒息する。


「は、な……せ……」


 目の前がチカチカして視界が狭まっていく。無意識に首輪と首の間に挟もうとした指の爪が、皮膚を傷つけたらしくてヒリヒリした痛みが加わるけど、そんな事には構っていられない。


「だったら大人しくしろよ」


 私の顔をのぞき込んで忌々しげにそう言うと、オレストは鎖から手を離した。つま先立ちだった私は、途端に足元に倒れ込んだ。目の前にオレストのつま先が見えて、それがやけに悔しくて腹立たしくて、私は痛む体を無理矢理に動かして、顔を上げた。


「絶対……お前の思い通りになんて……」

「立てよ」


 音を立てて鎖が引っ張られて、体が吊り上げられた。苦しさから逃れるために、自分の足で立ったけれど、ふらつきが抑えられなくて、すぐ近くの壁に寄りかかるしかなかった。


「強がったって、そんなフラフラじゃ何も出来ないだろ。大人しく僕に従え」

「じょ……だん、言わない、で」


 荒い息を何とか押さえ込み、気力を奮い立たせて笑った。


「死ん……でも、従わ、ない……最初っから、そう、言ってる……でしょ」

「可愛くない女。もういいや。君を連れてたら逃げきれそうにないし、足手まといにはここで死んでもらおうかな」


 オレストの手の中に、いつの間にか鈍色に光る短剣が握られていた。


「そう簡単に……殺せると思わない、で」


 これでも私は、戦いを生き抜いてきたんだから。一矢ぐらい報いてやる。


「最期まで生意気。本当に残念だよ。君みたいな跳ねっ返りを教育するの、楽しみだったんだけどな。──じゃあ、さよなら」


 オレストが白いローブを翻して短剣を振りかざした。

 その一撃を避けるべく身構えて────


「そこまでだ」


 低く通る声が、オレストと私の間に割って入って時間を凍らせた。


「そこの男。死にたくなかったら、彼女から離れろ」


 この声……この声は……。

 体が震えるけど、それは恐怖からじゃない。


「聞こえなかったのか? 離れろと言っている」


 途端、風を切る音が聞こえて、オレストが手にしていた短剣が遠くへ弾け飛んだ。


「クッ! お前は……」


 右手首を押さえたオレストが、憎々しげに声のした方を見据える。

 それにつられるように、振り向けば……


「ディナートさん!!」


 薄暗い廊下を照らす蝋燭の明かりに照らされ、白銀の髪と金の両目が輝く。


「ヤエカ殿。迎えが遅くなりました。申し訳ありません」

 

 怒りを映しているかのように少し赤みを帯びた金の瞳は、オレストに据えられたままだったけど。私に向かってかけられた声は優しく、それだけで膝が崩れそうになった。

 ああ、私、助かったんだ。

 泣きたくなるのを堪えて、私は小さく頷いた。






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