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再召喚!  作者: 時永めぐる
第三章:月を宿す乙女
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幕間劇 手放すことの重みを知れ

 行くあてなどなかった。

 ただ、彼女から離れたい、ひとりになりたい、それだけを考えて足を動かし、気が付けば鐘楼のてっぺんに佇んでいた。

 朝な夕な、聖女の威光を城下に響かせる金色の鐘が目の前に釣られている。

 よく咎められもせずここまで来られたものだと感心しながら、ディナートは眼下に広がる街並みを見下ろした。

 柵も手すりも設けられていない狭い足場に立つ彼の体を、湿った風がびょうと吹き抜けて揺らす。

 しかし翼をもつ身は特段の恐怖も感じていないようだ。顔色ひとつ変えることなく、視線さえ揺らがない。

 街を眺めているようで、何も見ていない金の瞳が真に映しているのは、先ほど自分が振り切ったばかりの少女の途方に暮れたような顔だ。

 いや、少女と呼ぶには少し語弊ごへいがある。出会った当初は年の割にあどけないと思ったものの、今となっては死線を越えた経験と憂いに裏打ちされて、もはや少女とは呼べない。短期間で急激に成長した彼女は眩しく、彼の目と心を焼くのだ。

 それなのに彼女は己の変化も、その危うさも知らず、今までのように接してくる。

 胸の底に封印したはずの想いは、彼の予想よりも相当に厄介だ。熾火に似て、しぶとくくすぶり続ける。また、事あるごとに火を噴き上げるのも、まさに風を受けた熾火に酷似していた。断ち切ろうとすればするほど断ち切れず、必死に自制しようとすればするほど外に漏れ出す。

 まさかこの歳になって、こんな厄介なモノを抱えることになるとは。

 ディナートは苦笑いを浮かべた。

 聖都への道すがら、何度も誓いを破りそうになり、そのたびギリギリのところで踏みとどまった。


 ──早く、もとの世界へお帰りなさい。そうして二度とこの世界の事は思い出さないように。


 繰り返し自分に言い聞かせ、また無邪気な笑顔を向けてくる八重香にも心の中で語りかけていた。

 何の迷いもない目で「帰る」「帰りたい」と言う彼女。その願いを潰すような想いは抱いてはいけない。自戒していたと言うのに。

 なぜ、こんなことになるんだ。


「今さら……迷わないでくれ」


 でないと、自分は言ってはいけない事を口にし、やってはいけない事をしてしまいそうだ。


『一か月後くらいまでには答えを出そうと思います』


 先ほどの八重香の言葉を脳裏で反芻する。

 あの時、生真面目な顔で彼女が答えた途端、ディナートの中で暗いものがザワリと蠢いた。

 即決をせず、一か月間答えを延ばすと言う。それはつまり迷っていると言う証ではないか。

 こっちに留まってもいいと思うような理由が彼女の中にあるのなら、それにかこつけて「残ってほしい」と背中を押して何が悪い? もっともらしい理由などいくらでもこじつけられる。疑うことを知らない彼女なら、きっとそれを鵜呑みにする。

 政争に巻き込まれる危険性?

 また危険な戦いに巻き込まれる可能性?

 この腕で攫って閉じ込めて、どこか遠いところへ連れ去ってしまえば……



「副団長! こんなところにいらしたんですか。なんですかその腑抜けた顔は」


 彼の昏い物思いは、突然の叱責で断ち切られた。

 背後からかかった声に、気配さえ悟れなかった己の不覚を知り、苛立った。人を寄せ付けないような氷の眼差しに、八つ当たりを上乗せして声の主を睨むが、睨まれた本人は慣れきった様子でディナートの横に立った。


「おー、これは良い眺めですね」

「カロル」


 咎めるように名を呼ばれ、去れと言われていることを承知しながらも、カロルは微動だにしない。眺望を心から楽しんでいるかのように、街を見晴らす。

 もう一度名を呼ぼうとしたディナートの機先を制するように、カロルは言葉を重ねた。


「あー、やっぱり団長が言ってた通りだ」

「……団長が、なんだって?」

「副団長は悩みがあると高いところに上るって。そのまんまじゃないですか。副団長って意外と単純ですよね」



 上官を上官とも思わない言動に、苛立ちよりも呆れが先に立つ。


「何やってんですか、全く。あなたのお姫様、落ち込んでましたよ。可哀想に」

「私の姫? 何だ、それは」

「言葉通りの意味です。まさか俺たちが知らないとでも思ってました?」


 飄々とした顔で言いたい放題のカロルに、ディナートは苦笑いを返した。長いこと苦楽を共にしてきた仲間が、自分の変化に気づかないはずがない。


「私の個人的な問題だ。お前たちには関係ないだろう」

「かーっ! またそういう可愛くないことを!」

「任務に支障をきたすような事はしていない」


 言外に「お前は黙ってろ」と言われたカロルは眉を吊り上げ、己の頭を乱暴に掻きむしった。


「これだから恋愛下手の堅物は厄介なんですよ。じれったいなぁ!」


 嫌ならそれこそ放っておいてくれ。何も心配してくれなんて誰も言ってない。大きなお世話だ。

 言おうとして、その主張があまりにも子供じみたものであると気が付いたディナートは、苦いものを飲み込んだように顔をしかめて黙り込んだ。


「勇者殿から聞きましたよ。こっちに残るか、帰るかで迷ってるって。あなたのその態度はそれが原因でしょう?」


 カロルの言葉がディナートをざっくり斬りつける。


「何を迷ってるんです? 迷う必要なんてあるんですか? 言っちまえば良いでしょう、好きだって。それを受けて、あの子が何を選ぶかはまた別の話だ。そうでしょう?」

「しかし、それでは彼女を惑わすだけだ。あの人は自分の世界へ帰らねばならない」

「だーかーらー! それを決めるのはあの子だって言ってるでしょう? あなたが告白しようがしまいが、彼女はきっと自分の意思で選び取る。そういう子だ。一番傍にいたはずのあなたは、いったい彼女の何を見てきたんですか!」


 次々と飛んでくる言葉の礫を、ディナートはただ漫然と受け流している。

 少しぐらい心は痛んでいるのか、それとも全く気にしていないのか。ディナートの顔には少しも表情が現れない。その仮面のような顔が、カロルにはやりきれないほどに苛立たしかった。はたからすれば、どう見ても間違いなく相思相愛だと言うのに、当の本人達だけが遠慮と萎縮で片想いだと思い込んでいる。


「だんまりですか!? もー! いっぺんこっから落っこちて脳みそ柔らかくしてきたらどうです? 少しは柔軟な考え方が出来るようになるかもしれませんよ!?」


 カロル自身さすがにこれは言い過ぎかと肝を冷やしたが、一度口にした言葉は引っ込められない。半ば自棄になりつつ、この際だからと思い切り言わせてもらうことにした。

 不敬と取られても仕方ないほど放言しつつ、カロルはなぜ自分はこんなに必死になっているのだろうと、不思議な気持ちになってくる。

 初めは八重香に反発ばかりを覚えていたものの、人となりを知って好感を持つようになっていたし、堅物な副団長が彼女と接することで良い方に変化しつつあるのが微笑ましかった。また二人の日常のやり取りも好もしく、似合いの二人だと思っていた。だから、カロルはお節介と分かっていても口を挟まずにはいられないのだ。そして、その思いは大なれ小なれ、団員達共通のものだ。


 ──勇者殿は、あなたが好きなんですよ。


 そうぶちまけてしまえたら、どんなに楽だろう。だが、この恋愛下手に言ってみたところで「そんなはずはない!」と根拠もなく一蹴したあげく、もうカロルの言うことには耳を貸さなくなるだろう。

 それが分かるだけに、カロルは深々とため息を吐いた。諦念を含んで見上げた空は曇天で、今にも雨が降り出しそうだ。


(それにここまで言われても動かないような根性なしに、わざわざ教えてやる義理もないか)


 カロルは目をゆっくりと戻すと踵を返した。


「さて。言いたいことは言わせて貰いましたので、俺はもう消えます。どうぞ後はごゆっくり」


 肩越しにかけた言葉に、(いら)えはなかった。


「雨が降り出す前には戻ってくださいよ。撤収の準備で大忙しなんですから、上がサボってちゃあ下に示しがつきません」

「──ああ、分かってる」

「じゃあ失礼します。 次に降る雨はいったい誰の涙雨でしょうねぇ?」


 嫌味を一つ零して、カロルは階段を下りていった。

 カツカツカツ、と小気味よい靴音が響いては遠ざかっていく。何も聞こえなくなった頃、鐘楼に一人残ったディナートは、石を切り出して作られた支柱の一つに、拳を叩きこんだ。


「くそっ!」


 低く吐き捨てられた悪態からは、日頃の優雅さが消え失せていた。

 術で保護もせず、ただ力任せに叩きつけた拳からじわじわと血が流れ落ちた。

 急に降り始めた雨がその赤を洗い流し、何事もなかったかのように鐘楼の外壁を流れ落ちていく。

 その軌跡を追いながら、ディナートは己を落ち着かせるように一度目を閉じた。

 次に目を開いた時には今までの彼が嘘だったかのように凪いだ顔に戻っている。

 怪我を負った手を見ることもなく治癒の術を施し、後はもう振り返りもしないで彼の日常へと戻っていた。



本日より毎日更新を中止し、八月いっぱいまで三日に一度程度の更新とさせていただきます。

詳細は本日付の活動報告をご覧ください。

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