迷子の行き先
「ここから、ですか?」
「はい! 適当に散歩をしていたんですが、急に東翼に行かなきゃいけない用事を思い出して。それで近道を教えていただけないかな~と思いまして、ですね、その……」
さも、道も帰り方も知ってるけど~近道知りたいな~なふりをしつつ。でも、嘘は言ってないよ。嘘は!
「あることはあるんですが、少々複雑な道になりますので、説明するより案内したほうが早いです。僕と一緒じゃ嫌かもしれませんが、ついて来ていただけますか?」
「嫌だなんて、そんなことあるわけないです! あなたこそ大丈夫ですか? お仕事中でしょ? 上司の方に叱られたりしませんか?」
案内して貰えるのはすっごく助かるけど、でも私のせいで彼に迷惑がかかるのは申し訳ない。
「大丈夫ですよ。僕たちは一人ひとり個別に研究室を貰って、そこにこもって仕事をしてるんです。朝と夕方、報告に行く義務はありますが、それ以外は自由なんです。部屋に閉じこもって、机にかじりついて仕事しろと言われても、いい案なんて浮かびませんからね!」
と、彼はいたずらっこのように笑う。
「だからこうして部屋を出て散策するのも、気分転換するのも、仕事のうちです」
「そういうもの、なんですか……」
「そういうものです。というわけで行きましょう、勇者様。あ、僕はオレストと言います」
「オレスト、さん」
「さんは要りませんよ」
でも、昨日会ったばっかりの人を呼び捨てにするのは気が引けるし、やっぱりさん付けで呼ばせてもらうことにしよう。
「私のことも八重香って呼んでください」
勇者様なんて呼ばれ慣れてないから、こそばゆい。
「ヤエカ……。ヤエカ様、そう呼ばせていただきますね」
「いや、様付けもちょっと」
「えー! そんな無理言わないでください。僕、こうやって貴女と話しているだけで恐れ多くて緊張してるのに!」
オレストさんは悲鳴のような声で嘆くのが可笑しくて、私は吹き出した。
「元気、出ました?」
「え!?」
彼が急に真面目な深い声で言うので驚いた。
「元気無さそうに見えた気がしたんです。間違っていたらすみません。僕、よく早とちりして叱られるんで……」
「実はちょっと驚くようなことがあって、ぼうっとしてました。私、そんなに落ち込んでるように見えました?」
「あ、いえ、ただの勘です。なんとなくそんな気がしただけ。僕、余計な事言いましたよね。ごめんなさい!」
「オレストさん、謝ってばっかり! もっと普通にしてください。じゃないと私までぎくしゃくしちゃう」
オレストさんの案内してくれた道は複雑で、一度では覚えられなそうだ。
そんなに長い道のりじゃなかったけど、彼の人懐こい雰囲気にのまれて、いつの間にか打ち解けていた。新しい友達が出来た気がして嬉しい。
彼が研究しているのは、普通の病気や怪我に使用する薬草の改良から、力を増幅させる薬の調合まで多岐に渡るらしい。
「そんなに色々研究してるなんて、オレストさんは優秀なんですね!」
「いや、そんなことは……」
と、彼は照れたように頭を掻いた。
「さ、着きましたよ」
彼の言う通り、私たちは東翼の入り口に辿り着いていた。
「ありがとうございます! 助かりました」
「どういたしまして。お役に立てて嬉しいです。あ、そうだ。ヤエカ様、どうぞ」
彼は小さなポケットから小さな包みを取り出して私へ差し出した。淡いピンク色の包み紙に、包み紙より少し濃い色のリボンで口が結んである。
「これは?」
「気分転換には甘いものが持ってこいですから。ね?」
オレストさんはそう言うと私の手の上に、そのお菓子の包みをポンと置いた。
これ、本当に貰っていいのかな?
迷っている私を見て何をどう誤解したのか、オレストさんは早口で付け加えた。
「それ怪しいものじゃないです。同僚の子からもらったお菓子で、その、いくら僕が薬草の研究をしてると言っても、毒とか薬なんて入ってませんから大丈夫です!!」
「えっ!?」
そんな事全然思ってないって!
オレストさんってちょっと浮世離れしてると言うか、言動が面白い。すぐ慌てるところとか可愛いし。
「お菓子、ありがとうございます。遠慮なくいただきますね」
「ありがとうございます!」
って。お菓子を貰ったうえ、お礼を言われるって変じゃない?
「じゃ、僕はこれで」
そう言ってオレストさんが踵を返そうとした瞬間、「ヤエカ殿?」と私を呼ぶ声が聞こえた。
声のした方に目を向けると、階段の踊り場に人影があった。踊り場にはめ込まれた窓からの光で逆光になっているから顔は分からなかったけど、シルエットだけでディナートさんだと分かった。
彼はゆっくりと階段を降り、私たちと並んだ。
「ディナートさん!」
「探しましたよ。セラス殿にもう部屋に戻ったと聞いたので、部屋に伺えばまだ帰ってきていないと言う。いったいどこにいらしたんです?」
「散歩してるうちに西翼に迷い込んじゃって……」
「あ、ヤエカ様、迷子だったんですね! やっぱりなぁ」
「ぐっ!」
迷子がバレた。と言うか、もとからバレてた。
「ヤエカ殿、こちらの方は?」
ディナートさんがにこやかな顔で聞いてくる。けど、目が笑ってない。金の瞳が底光りしていて迫力満点です。怖いです。
『また、不審人物にホイホイくっついて行ったんですか!』と責められてる気がするのは、あながち間違いじゃない。
「えーと。神官のオレストさんです。 西翼でそのぉ……帰りの道に困ってるところを助けて頂きました。それから、昨夜、階段から落ちそうになったところを助けてくれたのも彼で」
「オレストです。初めまして。魔導国近衛騎士団の副団長さん、ですよね?」
「はい。ディナートと申します。以後よろしくお見知りおきを。このたびはお世話になりました」
ディナートさんがどこか刺々しい対応なのに、オレストさんは気づいてないのか、気にしてないのか、相変わらず屈託のない笑顔だ。見てるこっちがハラハラする!
「あの! オレストさん、今日は本当にありがとうございました。お仕事中にごめんなさい。──ディナートさん、少しお話したいことがあるんですけど、いま、大丈夫ですか?」
慌てて二人に割って入ったら、ディナートさんから『そんなに慌てて、何かマズいことでもあるんですか??』的な冷たーい視線を頂戴したけど、この状況が続くよりマシだ。
「じゃ、ヤエカ様、ディナートさん、僕はこれで失礼します」
オレストさんは私たちに一礼すると、飄々とした足取りでもと来た道を戻って行った。
「ずいぶん親しそうでしたが、昔からのお知り合いの方ですか?」
うわ。これは正直に答えたら絶対にお小言が飛んでくる。
誤魔化しちゃダメかなと上目づかいでチラッと見たら、険しい眼差しとまともにぶつかった。反射的に目を逸らしちゃったけど、それってやましいことがあるって白状しているようなものだ。
「ヤエカ殿?」
一言ひとこと区切るように私の名前を呼ぶ声は、嘘は許さないと言わんばかりの迫力を持っていて、私は素直に話す以外に道はないと悟った。
「いえ、昨日初めて会いました」
「──ヤエカ殿。貴女と言う人は……」
「警戒心が足りませんでした! ごめんなさい!」
呆れたように言われていたたまれなくなった私は、遮るように謝った。
ディナートさんは少し迷うような顔をした後、大きなため息をひとつ吐いて肩の力を抜いた。
「分かってらっしゃるなら、構いません」
「ディナートさん?」
「貴女がちゃんと警戒したうえで誰かと親しくなるなら、それを止める権利は私にはありませんから」
自分で考えた上で誰かと親しくするなら、それでいい。彼が言ったのはそういう事だ。なのに、突き放されたようで寂しいと思ってしまうのはどうしてだろう?
「ところで、私に用と言うのは?」
「ちょっと相談に乗っていただきたいことがあって……。あ、でもディナートさんも私のことを探してくださってたんですよね? 何かあったんですか?」
「いえ、私のほうは特に急ぎと言うわけではありませんから、先にヤエカ殿のお話を伺わせてください」
上手く説明できるか不安だし、きっと長い話になっちゃう。どこかゆっくり話せる場所はないかな?
「長い話になっちゃうと思うんです。それにあまり人に聞かれたくなくて……」
「なら、私の執務室では? ここから近いですしね。すぐお茶の用意をさせましょう」
ディナートさんの言葉に甘えさせてもらうことにした。
静寂に包まれていた西翼と違って、東翼は人の熱気で室温が二度くらい上がっていそうなほど活気に満ちている。忙しなく立ち働く騎士たちと何度もすれ違いながら、彼の執務室へと向かった。




