気まぐれの代償
料理がテーブルに置かれるや否や、みんなは一斉にご馳走と格闘をはじめた。皿に盛られた料理があっという間に姿を消していく。それこそ魔法みたいな速さで消えていくんだから面白い。まもなく給仕が追い付かなくなって、係の人たちはとても忙しそうだ。
そんな中、私はみんなの勢いに圧倒されつつも、自分のペースでのんびりと食べている。なんと言うか、こういう食事にも慣れたなぁ。聖女宮にいた頃は一人で食べることが多かったけど、帰還の旅の最中はみんなと食べる機会が多かったから。
また明日からは一人の食事が増えるのかなぁと思うとちょっと寂しかった。そう言えば、日本にいる時もご飯を一人で食べることなんてほとんどなかったもんね。
「どうしました?」
ディナートさんから声をかけられて我に返った。どうやら少し考え込んじゃっていたみたいだ。
「相変わらずみんなの食べっぷりは凄いなぁって」
「まぁ我々騎士は、体力勝負ですからね」
そういうディナートさんも実は沢山食べる人だ。優雅な仕草に隠れて目立たないんだけど、ね。
晩餐が進むにつれ酒がまわり始めたようで、みんなだんだん陽気になっていく。
私はお腹いっぱいご飯を食べた後、きりの良いところで退席した。
お酒は一滴も飲んでいないけれど、匂いやあの場の雰囲気に酔ったのか、ちょっとふわふわした気分だ。自分の部屋までそう遠くないからと、送ると言い張ったディナートさんを説き伏せて帰ってきたけど、なんだか真っ直ぐ帰るのが勿体ない気分になっていた。
ちょっとだけ遠回りして帰ろうかな? なんて悪戯心が湧きおこってきた。
少しだけなら良いよね。ここは聖女宮の中だし危険な事なんて何一つないじゃない。部屋に帰っても寝るだけだし、食後の腹ごなしも大事! とこじつけた私は、どんどん進む。本当なら上るはずの階段を通り過ぎて、まっすぐ廊下を進む。広々とした廊下には誰もいなくて、不思議な感じがする。突き当りを曲がればエントランスで、そこには優美な弧を描きながら二階へ延びる大階段がある。
その階段の形や装飾は好きなんだけど、いつもは遠回りになるので使わない。こんなのんびりした時じゃないとね。
一段目に足を置くと、カツンと良い音が響いた。天井が高いぶん音が反響するみたいで、やけに大きな音に聞こえた。
カツン、カツン、カツン……
良く響く自分の足音。
それに気を良くして悦に入っていたからか、少し足元が疎かになっていたのかもしれない。
ちゃんとヒールまで段に置いたはずが、浅過ぎたらしくてガクリと滑った。
まずい! 落ちる!!
咄嗟に手すりを掴もうとしたけれど、一瞬遅くて手は空を掻いた。
落ちる。
落ちる。
なら、衝撃を少なくする方法をとらなきゃ──
焦りながら、考えを巡らせていると、ふわりと甘い香りがして落ちるはずの体が止まっていた。
「え? あ、れ?」
何が起こったか分からなくて、無意味な言葉が口を突く。落ちなかったのは良かったけど、冷や汗と胸のドキドキが止まらない。
「間に合っ……た」
頭上から、ホッとしたような声が降ってきた。記憶をたどってみても全然聞き覚えのない声だ。
「あ、あの……」
肩と腰に回されたがっしりした腕。それが私の落下を止めたらしい。目の前に白いローブをまとった肩があった。装飾からして神官の纏うローブのようだ。そこからゆっくり視線を動かすと、見知らぬ顔があった。明るい砂色の髪に同色の目。
「あ! し、ししし、失礼しました」
そう言いながら慌てたように飛び退いた。なんかもう、そこまで狼狽えなくてもいいのにって言うくらいあわあわしてるから、こっちまで申し訳ない気分になってきた。
「あの、ちょうど下を通りかかったもので、咄嗟に手を出してしまいました。そ、その、けけけ、決して下心とかそう言うのはなくて、ですね、ええっと」
彼は耳まで真っ赤にしながら慌ててる。
「あ、ちょ、ちょっと落ち着いてください。そんな、下心だなんて思ってませんから!」
……彼の慌てっぷりがうつっちゃった。
「ありがとうございます。おかげで落ちずにすみました」
彼が落ち着いたのを見計らって、ようやくお礼が言えた。
「いえ、そんな。お役に立てて良かった」
照れ隠しなのか、しきりに後頭部を撫でている。
歳は私と同年代かちょっと下くらいかな? 身長はそんなに高くなくて、でも痩せているから背が高く見える。
隙あらば筋肉談義と筋肉自慢を始めるような、そんな人々に囲まれている私の周りにはちょっといないタイプで新鮮だった。と言うか、日本に帰ったらこういう男の子がいっぱいで、ムキムキ筋肉のほうが少ないんだよなぁと思うと懐かしい気分になってくる。
「本当に助かりました。──それから、ごめんなさい」
階段の下には、彼が手にしていたらしい書類の束が盛大に散らばっている。あれを放り投げて私を助けに来てくれたんだろう。
「え? あ、ああ。あれですか。良いんです。気にしないでください。また拾えばいいんですから」
「拾うの、手伝わせてください」
と言っても絶対断られると思ったので、返事を聞かないでさっさと階段を降りた。
「あ! 勇者様、どうかそのまま放っておいてください。僕一人で大丈夫ですから!」
案の定後ろからそんな声が追ってきたけど、拾い始めてしまえばこっちのものでしょ。階段の途中に落ちているものから拾い始めた。
「勇者様!」
「二人で拾った方が早いですよ。それにこれは私のせいですから」
「いや、あの、勇者様にこんなことをしていただいては恐れ多くて……」
「勇者だとかそう言うの関係ないです。なんて言うかその、勇者も人なんですよ。私、特別扱いされるの好きじゃなくて……」
「勇者も人……」
そう呟いた後、彼はもう私に拾うのを止めろとは言わなくなった。ふたり無言で書類を拾えば、あっという間に集め終わった。
「これで全部でしょうか」
「ええ、そのようです。ありがとうございました」
「でも、順番がバラバラになっちゃいましたね。直すの大変じゃ?」
「大丈夫ですよ。そのくらい僕一人でパパッとできますから」
こんな遅くまで神官さんたちは仕事をしているんだろうか。彼達、神官が所属しているのは聖術部という部署で、前に聞いた話ではそこでは日夜、術や術具の研究開発をしているらしい。
よく知らないけど日本でも寝食を忘れて研究に没頭する人たちっているらしいし、世界が変わっても研究に携わる人たちの情熱って変わらないのかもしれない。
「じゃあ、僕はこれで。失礼します」
「ありがとうございました! お仕事、頑張ってください」
去ってゆく背中に向かって言葉をかけると、彼は振り向いてぺこりと頭を下げた。拾った書類を大事そうに両手で抱えながら、彼は聖術部のある東翼へと消えて行った。
「あ。名前聞き忘れちゃった」
まぁ、同じ聖女宮にいるんだし、また会うこともあるだろう。その時、改めてお礼を言えばいいか。
「さ、て。今度こそ大人しく部屋にもどろっと」
背伸びを一つして、踵を返そうとしたら。ららら。
「どうして、こんなところにいらっしゃるんですか? 貴女は先ほど真っ直ぐ部屋に戻って休むとおっしゃったはずですが。おかしいですねぇ?」
氷点下の声が飛んできた。恐る恐る振り向けば、長身を廊下の壁にもたれさせたディナートさんが、腕組みをしながらこっちを見ていた。眼光の冷たさ、離れていてもよーーっく分かります。理解できます。怖いです。
「えーと。その。ちょっと腹ごなしの散歩を……」
あはは、と笑ってみたけれど、これで誤魔化せるようならディナートさんじゃない。
冷ややかな眼差しが突き刺さる。
「ご、ごめんなさい。部屋に戻ります」
「そうしてください」
ディナートさんの横をすり抜けて、部屋に向かう。それと同時にディナートさんも体を起こし、私の後に続く。
「ディナートさん?」
「また寄り道されても困りますので、部屋の前までお送りいたします」
「──よろしくお願いします」
今この状況で「一人で帰れる!」と主張したって信用してもらえないよね。申し訳ないけれど、送ってもらうことにした。
「ところで、ヤエカ殿。先ほど話し声が聞こえたような気がするのですが」
「ああ。実はですね。階段から落ちそうになったところを、神官さんに助けて貰ったんですよ」
特に隠し立てするようなことでもないし、正直に話した。
「貴女と言う人は全く。危なっかしくて仕方がない」
深々とため息を吐かれて、さすがにムッとした。そんなに言われるほど転んだりしてないし!
両眉の付け根あたりを押さえて難しい顔をする彼を見上げた。
「いつもドジ踏んでるわけじゃないですっ! 今日はたまたま! たまたま足を踏み外しただけで……」
「たまたま、ですか? ではその『たまたま』はなぜ起こったと思いますか? 今日の貴女は疲れている。おそらく貴女が思っている以上に、です。そんな状況であれば、注意力が散漫になってもおかしくない。自分の体調を過信するようでは、まだまだ一人前とは言えませんね」
立て板に水の勢いで正論が飛んでくる。半人前の烙印まで押されたけど、一から十までディナートさんが正しいので、何も言えない。
「良いですか、自覚症状がなくても疲れは溜まるものですし、溜まれば溜まるほど正常な判断を失うし、体は言うことをきかなくなります。いざと言う時にそんな状態では何もできません。分かりますね?」
「はい……」
「でしたら常にご自分の体に気を配ってください。まだ大丈夫だというその油断が最悪の事態を引き起こすかもしれません」
「おっしゃる通りです……」
こんな調子で、部屋につくまでの間、こってりと小言を頂く羽目になりました!




