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再召喚!  作者: 時永めぐる
第二章:太陽の男と月の男
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曖昧な懸念

「さて、テリオ殿。単刀直入にうかがいますが……」


 ディナートさんが何気ない口調でそう切り出した。

 顎をさすりながらなのは、きっと笑いをこらえるために力を入れすぎたせい。どうせなら筋肉痛にでもなればいいのに、なんて思うのは笑われて腹が立ったせいだ。

 テリオさんは「なんでしょう?」と言いたげに首を傾げて先を促す。


「反聖女派はだいぶ勢力を伸ばしているのですか」


 穏やかな微笑みを絶やさない彼の唇から、そんな物騒な言葉がこぼれた。口調も質問と言うより断言に近い。

 今までの会話と何がどうつながるのかわからなくて、ぽかんと口を開けて彼を見上げた。

 けれど、テリオさんはわたしと正反対の反応を見せた。

 一瞬目を見開いた後、にやりと男臭い笑みを浮かべた。その顔はいかにもすべてを知っていると言いたげで。

 事情が呑み込めない私だけは完全に蚊帳の外だ。軽く自己嫌悪に陥った私をよそに、テリオさんはさも楽しそうな明るい声で答える。


「こんな辺境に引きこもっている私が、世情に明るいと?」

「少なくとも疎いようには見えませんね」


 ディナートさんの切込みに、テリオさんはますます深く笑った。

 私もその点についてはディナートさんとは同意見だったので、ここぞとばかりに頷いた。

 だって、どうやらテリオさんは物凄く妹大事の人。国政の中心にいる(ルルディ)を陰ながら守りたいなら、そのぐらいの情報は集めるでしょ? 基本でしょ?

 国中にどのくらいの数のスパイを放っているのかは分からないけど、絶対あちこちに派遣してるはずだ。


「お褒めに預かり光栄。──言い古された言葉ではありますが、強い光は濃い影を呼ぶもの。そうでしょう」

「私の推論は正しいと、そう見なして良いのですね?」

「嫌だなぁ、一般論ですよ。一般論。どこにでも、何をするにしても反対は生ずるもの。逆に国民がみな同じ意見だったらそっちのほうが怖いでしょう?」


 テリオさんは軽く笑い飛ばし、「時間だから」と去って行った。

 飄々と去っていく彼の背を、ディナートさんは感情の見えない目でじっと眺めている。


「まったく食えない人ですね、あの方は」


 テリオさんの姿が消えると、ディナートさんは諦めたような口調でそう行って、深々とため息を吐いた。

 まるで、厄介事が増えたと嘆いているように見えて、よくわからないけど不安になる。ディナートさんはいつでも何でも簡単に物事を処理してしまう人だから、こんな風に悩まれると重大事件が起きるんじゃないかと考えちゃう。


「あの、ディナートさん?」


 恐る恐る声をかける、と彼はテリオさんの消えた木立から私へと、ゆっくりと視線を滑らせた。目を合わせた時はすでに、いつもどおり柔和な目をしていた。


「どうしました?」

「あの、ディナートさんとテリオさんの話の流れがいまいち掴めなくて」


 昨夜のことは、テリオさんが私を試そうとしたことだ、と言うのは分かった。けど、それがどうして反聖女派の暗躍──それも確定しているような──なんて話に繋がるのか、さっぱり分からない。


「私の取り越し苦労かもしれませんし、ただ悪戯に不安をあおることになるかもしれません。ですからあなたが知る必要はない。と言っても納得しませんよね?」

「もちろんです」


 即答したら、ディナートさんは「ですよねぇ」と、困ったように笑った。けど、どことなく嬉しそうに見えた。


「取り越し苦労でも、なんでもかまいません。気を付けるべきことがあるなら知りたいです。自分一人で何とかできるとは思ってません。でも知っていれば……みんなの邪魔にならないくらいのことはできるかも知れない」


 ただ守られるだけは嫌だし、私が無知なせいでみんなが窮地に陥るのはもっと嫌だ。

 

「ヤエカ殿、少し場所を変えませんか?」

「え?」

「例えば……」


 唐突な話題転換に驚いて、私は弾かれたように顔を上げた。

 ディナートさんは悪戯を思いついた子供のような顔をしながら、手で天を指さしている。つられて仰げば、青くどこまでも澄んだ空。


「え? えええっ!? そ、それって!」


 私に翼はありませんから?

 空を飛ぼうと言われたら?

 それってつまり、ディナートさんに抱えてもらわなきゃいけないですよね!?

 これはつまり、罠なのか。巧妙に仕組まれた罠なのか!

 迂闊に「はーい!」って答えたら、「だからそれが甘いって言うんじゃー!」ってお叱りが返ってくるオチ?

 それで「不合格」なんて言われて、空からストンと落とされる!? いや、落とされても力使えば落下速度は抑えられるし死なないっちゃ死なないけど、でも下にある建物を全壊させたり、通行人を巻き添えにしたら大参事じゃないの。とっさに力をセーブするなんて、私には無理無理無理ぃー!

 ……とここまで一気に考えて。

 多少落ち着きを取り戻してから、彼の言葉の意味や裏に隠されているものは何だろうと考えてみたけれど、でも答えは出なかった。ディナートさんをじっと見つめても微笑の仮面は厚くて、少しも本音なんて見えない。

 

「そんな胡散臭げな目で見ないでください、ヤエカ殿」


 なんて言われても。昨夜のアレからまだ半日。そう易々と信用してたまるかー!


「だって……」

「誓って不埒な真似はいたしません。どうか信用していただけませんでしょうか」


 ディナートさんは苦笑いを浮かべた。


「せっかくこんなに良い天気なのです。空から街を眺めたらいい気分転換になるのではないでしょうか。一人では解けなかった疑問が難なく解消できるかもしれません」


 と言う。『疑問』、『解消』その単語に何となく引っかかりを覚えた。

 彼の目をのぞき込めば、柔和な微笑みの中、瞳だけが真剣な色を帯びている。

 そうか。

 おそらく他の人に聞かれたくないんだ。

 ただ聞かれたくないだけなら、結界を張ればいい。けど、勘のいい人間や、ディナートさんの部下には、結界を張ったことを知られてしまう。そうなれば、何か人に言えないような話をしてると言うことは分かってしまう。

 だから彼は、結界を張る必要がなくて、簡単に人払いが出来る空へ私を誘っているんだろう。

 ディナートさんが私を抱えて空を飛ぶのは、あの核との戦い以来当たり前のことみたいな雰囲気になっている。

 私が空を飛びたいとねだったか、ディナートさんがからかい半分に私を連れだしていると思って誰も不審に思わないだろう。


「そうですね。お願いしてもいいですか?」

「御意。ヤエカ殿、こちらへ」


 優雅な仕草で差し出された手を取れば、次の瞬間にはすでに彼の腕に抱かれていた。

 リィン、と透き通った音が響いて彼の背に虹色の翼が現れる。何度見ても綺麗。降り注ぐ陽光にキラキラときらめくのをうっとりと眺めた。


「しっかり掴まっていてください」


 ディナートさんの注意に我に返って、彼の首に手を回す。ぎゅっとしがみつくのは恥ずかしいし緊張もするけれど、落ちないようにするにはそれしかない。仕方がないことなんだから変に意識しちゃダメ! とドキドキする胸を抑えつけた。

 風が耳元で轟々とすごい音を立てて、でもその音は短く、始まるときと同じに唐突に止んだ。

 一息で空高く舞い上がった私たちの足元には、のどかな街が広がっている。町全体の建物が同じようなレンガ色の屋根をしているので、まるでヨーロッパの小さな都市を上空から見ているような気分になる。


「うわ、綺麗」


 思わず独り言が漏れた。頭の上で小さく笑う気配がしたのでディナートさんを見上げれば、彼は穏やかな顔で私のほうを見つめていた。

 近距離で目が合ったことが気恥ずかしくて、私は慌てて視線を眼下に戻した。

 ちょうど街の中央に位置する広場付近には、色とりどりの服を身にまとった人々の姿が見える。

 布張りの屋根のようなものがいくつか見えるので、露店が出ているのかもしない。活気ある街の様子を見ていると、こちらまで楽しくなってくる。

 なんて、当初の目的を忘れてしまいそうになって、慌ててかぶりを振った。

 そうだ。私は彼に聞きたいことが──


「ヤエカ殿、このさき私が申し上げることには確証がありません。全て私の推論でしかありません。それをお含みいただきますように」


 念を押すような彼の言葉に、私は小さく「はい」と答えて先を促した。先ほどの穏やかな微笑はなりを潜め、冷たく思えるほど表情を消している。


「あなたに対するテリオ殿の仕打ちは、全く褒められたことではありません。下手をしたら聖女に対する反逆と弾劾される危険性さえ孕んでいた。それでもなお、あのような行動に出た彼の真意……分かりますか?」

「私を試すため、だけじゃないんですか?」


 テリオさんはさっき、私を試したかったからと説明した。私は単純に『ああ、そうだったのか』と腑に落ちたけれど。でも、ディナートさんの言い方からすると、他にも意味があったってこと?


「では、なぜ、テリオ殿のように頭の切れる男が、あのような杜撰なことをしたのだと思いますか? あの方ならもっと上手いやり方があったはずだ。それが出来なかったということはつまり、時間がないと言うことでしょう」

「時間がない?」

「ええ。そうです。彼の行動には、我々に対する警告の意味が含まれていたのでしょう。少なくとも私はそう考えております」

「警告……。勇者(わたし)を手に入れて何か良からぬことをしようと企んでいる人たちがいる。だから気を付けろ、と。そういうことですか?」


 彼は私の問いに無言で頷いた。

 ディナートさんがこれまで何度も私に向かって忠告してくれていたこと、それが明確な形を持った。


「当代聖女は急進的なお方です。反発する者も、恨みを持つ者も多いでしょう。今までは核の脅威という大問題がありましたから、不平不満も噴出せずにいたんでしょう。が、その脅威が去った今なら?」


 ああ。そうか。

 でも、核が破壊できたのなんてつい先日のことだ。それなのにもう、そんな風に暗躍する人たちがいるなんて……。ルルディはそんなに激しい反発を受けるようなことをしてきたのかな。そう思うとなんだかとても悲しい気持ちになった。

 きっとソヴァロ様との婚約も、原因の一端なんだろうな。

 決して、二人の恋愛感情だけで婚約したわけじゃない。両国の絆を短期間で強める狙いもあったって、セラスさんやアハディス団長から聞いたことがある。

 ルルディは本当にこの国のことを愛してる。彼女は国の利益を優先して、個人の感情だけじゃ絶対動かない。けど、国中の人間がそれを知ってるわけじゃない。

 はたから見たら独断専行と見えることだってある。


「ディナートさん。ここから聖都までの旅、気を引き締めて行くことにします。けど私一人では……」


 情けないけれど、私がいくら気を引き締めても、たかが知れてる。自分の身は自分で守ると言いきれたら良かったんだけど、どう考えても私には無理だ。

 ディナートさんやみんなに助けて貰わなければ何もできない。


「ヤエカ殿。貴女のことは私が守ります。貴女が貴女の世界へ無事帰れるよう、この命に代えましても」

「ディナートさん……」


 ディナートさんの命まで賭けて欲しくない。

 なのに、そこまで言ってくれたことが嬉しくて、私は何も言えなかった。

 そんな自分が卑怯者に思えて唇を噛んでうつむいた。


「大丈夫。問題が起きると決まったわけではありませんよ。私の取り越し苦労で終わる可能性だって高い」


 私を安心させるかのように、軽い口調でそんな慰めを口にする。

 けれど、起きないとも限らないわけだよね。

 ディナートさんは一度口にしたことは絶対に実行するだろう。何か起きたら、その時はどんなに不利な状況だって、命を懸けて私を守ってくれて……


「ヤエカ殿」


 そう私の名を呼んだ彼の声がやけに固い。

 返事をする間もなく、私の体に回されていた彼の腕に力が籠った。息が苦しくなるくらいギュッと抱きしめられて、どうしていいか分からなくなった。

 昨夜あんな目にあったばっかりだというのに、嫌悪感も恐怖感も湧いてこない。ただ、ドキドキと高鳴る胸と、少しの安心感と、一抹の悲しさと、そういういろんな感情が入り乱れて、混ぜ合わさって、ただ体を固くすることしかできない。


「どうか、そんな顔をなさらないで。貴女のそんな顔を見ていると……勘違いしてしまいそうだ」

「それは……」


 どういう意味ですか?

 そう聞きたかった。

 けれど、私が言い出す前に、ディナートさんが苦しげなため息を深々と吐いたので、その言葉は永久に行き場を失ってしまった。


「申し訳ありません、ヤエカ殿。どうか、もう少しだけ、このままで……それで終わりにいたします、から」


 かすれた声が懇願するような響きで囁く。

 体に回された腕の強さ、頬に感じる胸の熱。全部が切なくて、私も彼の首に回した腕に力を込めて彼の胸に顔を埋めた。

 これまで通りの距離に戻る、でも決定的に何かが終わるんだろう。そんな気がしたけど、どうやったらそれを阻止できるのか分からなかった。


「──失礼いたしました、ヤエカ殿」


 ディナートさんが腕の力を緩めながら、冷静な声でそんな謝罪を口にした。顔をあげればそこにはいつも通りの彼の顔。一瞬の隙も見当たらない。

 抱きしめられたのはほんの少しの間で、こうして普段と変わらない口調で声をかけられてしまえば、あれは夢か幻だったんじゃないかと思えてくる。

 

「上空の風は少しばかり冷たい。そろそろ体が冷えてきたのではありませんか? 下に戻りましょう」


 無言で頷くと、彼はゆっくりとした速度で高度を下げた。

 小さかった街並みがどんどん大きくなって、周りの空気の温度も少しだけ暖かくなっていく。気付かなかったけれど、上の空気は彼の言う通り冷たかったようだ。

 進行方向を見つめているディナートさんの横顔を盗み見るように一瞥して、私は彼に気づかれないように小さなため息を吐いた。

 さっき、ディナートさんは何かを吹っ切った。その『何か』が何なのかは分からないけれど、でも悲しくて仕方がない。

 それはきっと、彼が何かを吹っ切ったように、私もディナートさんへの気持ちを吹っ切らなきゃいけないと思ったからに違いない。

 そう。

 私はもう少ししたら、日本に帰るんだから。ここにいるわけにはいかないんだから。

 こっちの世界に気持ちを残しちゃいけない。


 昨夜、どさくさに紛れて漏らしてしまった『好き』って言葉。

 このままなかったことにしてしまおう。

 ディナートさんの耳にはきっと届いていなかった。いいえ、届いていたとしても、素知らぬふりを続ければ、聞き違いで済ましてくれるに違いない。


 だから大丈夫。

 さっき、何かを吹っ切った彼を見習って、私もこの気持ちを吹っ切ってしまおう。

 

 瞼を閉じて、ゆっくりと開けば、不思議そうな顔をしたディナートさんの姿が見えた。

 今はまだ辛いけど、しばらくしたらこの胸の痛みは消えていくだろう。


「ディナートさん! お腹空きました!! 甘いお菓子が食べたいです。さっき空から見たとき、広場に露店が出てたし、街へ買い物に行きたいんですけど駄目ですかっ!?」


 なるべく無邪気に。なるべく明るく。

 

「駄目です! そう気軽に出歩けるわけないでしょう?」

「ですよねー」

「……すぐに何か用意します。ちょっと待っていてください」


 ディナートさんの答えもいつも通り。

 そして、周りで私たちのやりとりを聞いていたみんなも、私たち二人のやりとりをいつものことだと、呆れたような苦笑いを浮かべている。


 これでいいんだ。

 自分に言い聞かせるように心の中でそう繰り返して、ディナートさんの後を追った。

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