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再召喚!  作者: 時永めぐる
第二章:太陽の男と月の男
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切れかかった絆

 単調に響く蹄の音と、これまた単調に続く揺れが眠気を誘う。お昼の休憩が終わってからの行軍は眠気との戦いだった。ぽかぽかした陽気も、涼しい風も敵だ。

 ふぁぁあ、と大きな欠伸をしたら、後頭部のあたりから小さな笑い声が落ちてきた。


「眠そうですね」

「すみません」


 滲んだ涙を拭いつつ謝った。

 馬の背中で眠気と戦うくらいのんびりしてられるのは、すべてディナートさんのおかげだ。そんな分際で眠いなんて申し訳なさすぎる。


「寝ていても構いませんよ」

「いえ、さすがにそれはちょっと」


 答えを濁すと彼は楽しそうに声を上げて笑った。


「良いじゃないですか、居眠り。ずいぶん馬に乗るのが上手くなった証拠ですよ。昨日あたりまでは……」

「わー! わー! それ以上言わないで! 言わなくて良いです!」


 慌ててディナートさんの言葉を遮った。周りの様子を伺ってみたけど、こっちのやり取りを気にしている人はいなそう。私は安堵のため息をついた。別に聞かれても大した支障はないかもしれないんだけど、私としては極力ばれるのは避けたい。

 そう。昨日まではね、コツがつかめなくて居眠りどころじゃなかったんだ。

 いくら乗せて貰ってるとはいえ、揺れは軽減されないから。お尻は痛いし、太ももは筋肉疲労が半端ないしで散々だった。

 休憩時間になったって、お尻が痛くて座れない。歩くのだって大変。がに股になりそうなところを必死に根性で我慢してたんだから。

 当然のことながら、いつも一緒にいるディナートさんは私のコンディションなんてお見通し。他のみんなに分からないようにそれとなーくフォローして貰いっぱなしだった。

 おかげさまで彼以外には、私がお尻痛で困ってるってばれずに済んだんだ。けど言い換えれば、ディナートさんにはしっかりばれてるってこと! これは結構、いや、かなり精神的にダメージ喰らう状況だ。

 何が悲しくて気になる男性に、あんな醜態を知られなきゃならないんですか。

 おまけに、基本的に優しいけど色々容赦ない上に、どうも私をからかって遊ぶのを楽しんでいるらしいディナートさんに、人がいないところで散々からかわれて――例えば今みたいに――疲労困憊だ。

 まぁ、今まで数えられないくらい情けない姿を晒しているので、今更って言えば今更だけどね。それでも気になるのが乙女心ってもんでしょう?


「聖都に帰ったら、絶対に乗馬習おう」


 深いため息と一緒に独りごちた。

 もうあんな居たたまれない思いしたくないんで。ついでにこうやって長時間ディナートさんと密着してたら心臓壊れそうなんで。


「急ぐ必要はありませんよ。まだ上手く平衡が取れないでしょう?」


 独り言だったはずのつぶやきはきっちり彼の耳に拾われていたようだ。


「うっ! それはそうなんですけど」


 図星を指されて、私はまた語尾を濁す羽目に陥った。



 彼の指摘通り、私はまだ片目で物を見ると言う状況に慣れていない。

 当初に思っていたよりも、片目ってものすごーく疲れる。日を追うごとに慣れてきてるけど、最初の数日はかなり辛かった。

 狭まった視界は漠然とした不安を引き起こした。正面に目を向けながら、左腕を横に水平に上げてもその腕は見えない。両目が見えていた時は視界の端に入っていたのに。微妙に広がった死角が、苛立ちと心許なさを呼び起こす。

 視覚と感覚のアンバランスさのせいで、乗り物酔いのように気分が悪くなることもよくあるし、体の動かし方のコツが分からなくて無駄な場所に力が入って体が強張り、それが頭痛を引き起こすこともしばしば。特に一日の疲れが見え始める夕方以降に症状が出やすかったので、夕方から寝込むなんて日もあった。

 けれど、どうにかこうにか撤収する討伐隊のスケジュールに合わせて、帰路の行軍に耐えられるだけのコンディションには持ってくることが出来た。

 早く会わなきゃいけない人がいるから。会って言わなきゃいけないことがあるから。出来るだけ早く戻りたかった。

 ディナートさんか、翼持ちの騎士の誰かに送って貰いたいくらいだったんだけど、そのお願いはディナートさんに却下された。デコピンと言うおまけつきで。


「ヤエカ殿。ひとつお伺いしましょう。どこの国、どこの世界に、こそこそと単身で帰還する英雄がいるのですか? 冗談もほどほどになさい。勇者なら勇者らしく凱旋してください。国民の士気に関わります」


 そのぐらい思い至れと言わんばかりの氷の視線を浴びせられて、ようやく私は目が覚めた。

 ディナートさんの言うことはもっともだ。ずっとずっと不安を抱えて討伐隊の帰りを待ってるみんなの気持ちを考えたら、言って良い我がままじゃなかった。

 討伐隊の帰りが比較的ゆっくりで仰々しいのは、核を倒したことを知らしめる意味もある。私は彼らと一緒に勇者らしく帰還をして、それをもって、みんなに核を倒したことを知らせなきゃいけないんだ。それが望みを託された人間の役目なんだ。

 本来だったら、討伐に出かける時だってそうしなきゃいけなかったんだけど、あの時は急な出発になってしまったから。帰りぐらいは討伐隊と勇者が揃って元気な姿を見せないとみんなは不安を拭えないかもしれない。

 政治的な配慮なんてよくわからないけど、自分が送り出す立場だったらどうだろうって考えてみれば、そりゃ討伐に出かけた人が元気に凱旋する姿を見て安心したいよね。

 自分では色々と成長したつもりだったんだけど、まだまだ未熟だなって痛感する出来事だった。



「急に黙り込んで、どうかなさいましたか? 気分でも?」

「な、ななななな何でもありません!」


 ぼんやりと数日前のやり取りを思い出してたら、いつの間にかディナートさんの顔が私の肩すれすれのところにある。飛び上がりそうになる体をかろうじて抑えた。さすがにここでそれをやったら落馬しそうだし、ディナートさんの顔に肩をぶつけちゃう。ただ、びくりと背筋が跳ねるのは抑えられなかった。

 耳元でくすっと笑うような息が聞こえたので、たぶん彼は正確に私の今の状態を読んでるよね。読んだうえで遊んでるんだよね。


「本当に大丈夫ですか?」


 ぎゃー! 顔近すぎ! 何でもないから早く離れてー! と心の中で叫んでも、ディナートさんには届かない。

 こういう展開、今まで何度も何度もあったのに、未だに慣れない。これに慣れるのが先か、聖都に着くのが先か。――絶対、聖都が先だな。


「だっ、大丈夫……」


 掠れた声で返事を返したら、彼はすっと体を引いた。ホッとしたような、残念なような……って思ってから、慌てて『残念』の部分を打ち消した。ざ、ざ、残念だなんて思ってない! 絶対に!! 


「なら良いのですが。――このまま順調に行けば当初の予定通り、夕方には西都へ着くそうです。今のうちに思い切りのんびりしておいてください。あちらへつけば、忙しくなるでしょう」

「そうですか。もうすぐ着くんですね。緊張してきました」


 『凱旋パレード』と言う単語が頭に浮かぶ。ほら、オリンピック出場した選手とか、野球のさ、優勝したチームがやるあれ。あんな感じでにこやかに手を振ればいいのかな? まさか自分が見物される側に回るなんて思っても見なかった。

 前回の召喚の時は単身旅立ったし、帰りもこっそり聖女宮に帰っちゃったし。何をすればいいのか全く分かりません!

 

「とりあえず笑顔で堂々としていれば問題はありませんよ。何か分からないことがあったら私に聞いてください。大丈夫。ずっとお傍におります」

「よろしく……お願いします……」

「御意のままに」


 ディナートさんは歯切れの悪い私の返事に気を悪くする素振りもない。

 私は彼に聞こえないように、ため息にもならないほど細い息を吐いた。


 『ずっと傍にいる』その言葉が彼の口から零れるたび、私の心の中にどす黒い感情が溜まっていく。それは苛立ちとも悲しみとも諦めとも言えない複雑な気持ちだ。

 だって――

 彼が私の傍にいてくれるのは、それがソヴァロ様とルルディの命令だからだ。核を倒して聖都に戻ったら、彼に下された命は終わる。

 そして、誓ってくれた『最後までともにいる』というあの言葉。それは『ともにこの世の災厄に立ち向かう一騎士として』と言う言葉と一緒だった。まだ妖魔を倒しきれていないけど、でもとりあえず災厄は去った。


 もう、彼と私を繋ぐ絆は切れかかっている。


 聖都に着いたら別れが待っているだけだ。 彼は魔導国に戻って自分の本来の職務につくんだろうし、私は日本へ帰ってただの大学生に戻る。

 その日が近いっていうのに、彼の優しさに甘えてばっかりの私は、ちゃんとこの気持ちに区切りをつけることが出来るんだろうか。

 時間があまり残されていないから一緒にいたい。だけど、もっと好きになったら離れがたくなるから、これ以上一緒にいたくない。

 どんどん暗くなる思考を、(かぶり)を振ることで断ち切って、私は他愛もない話をディナートさんに持ち掛けた。今はディナートさんとのおしゃべりを楽しんだり、冗談に笑い合ったりしよう。


 嫌なことを考えるのは、その時がもっと迫って来た頃でいい。


 


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