優秀な部下がいますから
武装した人が動けば、ガチャガチャと音がする。加えて怒号が飛び交ったり、荷馬車がガラガラと石畳を走ったり、それらの騒音が全部、石造りの建物に反響して増幅されれば、うるささは尋常じゃない。
せっかくの休憩時間をその騒音の中で過ごすのはいやで、こっそり内側の城壁に登った。壁の上は人が歩けるようになっているし、四隅は少し広めの見張り用のスペースになっている。
私は城壁の通路のちょうど真ん中あたりに陣取ってお昼ご飯を食べている。壁の上って言ってもちゃんと石を四角く切って作った煉瓦(?)を積んで作った手すりがあるから、落ちる心配はない。 座っちゃえば風が当たらないから寒くないし、下からだって私の姿は見えないだろう。
あ、さぼってるとかじゃないですからね。皆、交代交代で休んだり食事をとってるので、別に私がここでご飯食べてたって文句は出ない。
んだけども。やっぱり赤い鎧って目立つじゃない? それに私のヘタレっぷりを知らない騎士さんや兵士さんから、熱心な視線を貰うことがありまして、ですね。
ええ。ええ。そりゃそうでしょう。そこに勇者とか言われる存在がいたら見ちゃいますよね。そんなのがウロウロしてたら目で追っちゃいますよね。
私が逆の立場だったら絶対そうするもん。
まぁそんなわけで、休憩時間ぐらいは人目につかず、こっそりしたいわけですよ。
近くに立ってる哨戒当番の兵士さんには、ここで休憩するって断わってある。誰かが私を探しに来ればすぐに居場所は分かってくれるでしょう。うん。
食事を食べ終わった私は、誰もいないのを良いことにごろりと仰向けに寝っ転がった。
下界の喧騒はここまで届いてきている。
補給部隊も歩兵部隊も予定通り到着した。それプラス、領土の南を管轄してる南方騎士団からの援軍も到着して、そんなに大きくない砦は人でごった返してる。
と言ってもそれも明日まで。怪我人のうち動かせる者は今朝、西方騎士団の拠点がある街へ立った。私たち討伐隊は明日の早朝、エオニオに向かう。
明日の今頃のここは、動かせないくらいの重傷者と、それを看護する衛生兵、そして留守を守る兵だけになってる。きっと今日の喧騒が嘘みたいに静まり返るんだろう。
そして、明日の今頃、私たちは。
そう思い至った途端、胃のあたりがぐぐぐっと縮まった。手足の先がスッと冷えて嫌な汗がじわりと湧く。
明日の今頃、私たちはエオニオで戦っているはずだ。それとももうこの時間には勝敗を決してるだろうか。
勝敗……か。敗北ならきっと私はこの世にはいないんだろうな。
気まぐれに空に向かって手を伸ばした。その指先が小刻みに震えている。
――どうせなら、明日もこんな風に晴れてると良いな。
震える指先で、空に『勝』と一文字書いた。
「何をなさっているんです?」
震える指を拳に握りこんで隠そうとした瞬間、声が掛かった。と同時に、私の視界に人影が現れた。
影になっていて顔は見えなかったけど、さらさらと肩から流れ落ちる髪の動きで誰なのかはっきり分かった。
「ディナートさん!?」
まさか誰か来るだなんて思ってもみなかった私は硬直した。だって、誰か近づいたら足音で分かると思ってたんだもん! 近づく足音にさえ気づかないほど自分の世界に入り込んでたのか……。
彼は私の中途半端に伸ばされた手を取ると、ひょいと引っ張って私を起こした。起きるタイミングを逸してたので、助かった。けど、触られたところがやけに熱く感じて困った。
「で、我らが勇者殿はこんなところで何をなさっておいでだったんです?」
新しい術でも開発していたのですか、と問われた。いや、術とかそんな。ただ単にぼんやりしてただけだ。
「私の国の文字で、『勝つ』って書いてたんですよ」
「それは――楽しそうですね。どんな風に書くんですか?」
隣にディナートさんが座った。彼にしたら何の含みもない行動だと思うんだけど、今の私にはそれ毒ですから、毒! 心臓に悪いからもうちょっと離れたいのに、私のお尻は根が生えたように動かない。ああもう!
気にしない、気にしちゃ駄目だ。平常心、平常心!! 大きく深呼吸して、乙女思考を振り払った。もとい、振り払う努力をした。
「こうやって、こう、こう、こう、こうです」
空中に指で『勝』を描く。
「随分入り組んだ文字ですね」
確かに漢字になじみが無かったら、これは一回で覚えられないよね。空中に書いてるんだから尚更分かりにくい。
ひとしきり漢字の話で盛り上がった後、突然沈黙が落ちた。と言っても、全然不快じゃない方の沈黙。
今なら聞けるかもしれない。思い切って口を開いた。
「ディナートさん、怒ってます?」
「――先ほどの件ですか?」
視線を遠くに投げたままのディナートさんに向かって、「はい」と返した。
「怒ってはいませんが、あれは心外でしたねぇ」
ちらりと私を見た目には、咎めながら呆れているような、それでいて面白がってるような不思議な色が浮かんでいた。
脳裏にディナートさんの怒った顔と低い声が浮かんで、私は恐怖した。引きつった顔を乾いた笑い声で誤魔化しながら、今朝のことを思いだす。
決戦を明日に控えて、私は悩んでいた。
全騎士への作戦の説明は数日前に終わっている。でも、決められないことが一つだけあった。伸ばしに伸ばして、いつの間にか今日になっちゃったんだけど、さすがにそろそろ決めないとなあって、渋々言い出す覚悟を決めた。
明日の作戦で、私を核まで運んでくれる人を選ばなきゃいけない。
本当はね。『最後まで一緒にいる』って言ってくれたディナートさんにお願いしたかった。彼が一緒にいてくれたら、きっとどんな事になっても最後まで頑張れる気がした。
でも、それはちょっと状況的に無理がある。
アハディス団長は数日前、数人の部下を引き連れて、魔導国へ戻っていった。ソヴァロ様の名代として魔導軍の指揮をとることになったから。だいぶ南側を迂回するルートをとったらしいけど、水鏡による定期連絡で無事に軍と合流できたことは確認済みだ。
そういうわけで、こちらに残っている魔導国の近衛騎士の指揮はディナートさんがとることになった。部下を沢山抱えている指揮官を、いっちばん危険なところに引っ張り出すなんてありえないよね? あったら駄目だよね?
だから他の人に頼もうと思ったわけですよ。私の考え方、間違ってる? 間違ってないでしょ!?
朝食を終えた後、ディナートさんに頼んで、魔導国の近衛騎士さんたちを一部屋に集めて貰った。
で、皆を集めて貰ったのは良いんだけど、何て切り出して良いのか考えてなくて。色々考えはしたものの、良い言葉も見つからなくて焦った。
それに加えて、眼光鋭い騎士さんたちにじっと見つめられたら、やっぱ上がっちゃうじゃないですか。
つい、第一声を誤りました。
「あのぉ、私と心中してもいいって方、いませんか?」
それまでだって静かだったんだけど、私の話を聞いて部屋の中は水を打ったように静かになった。いや、むしろ空気が凍り付いたって形容したほうが正しいかもしれない。
で、そこに至ってやっと自分の言った言葉の内容を理解して、口を押えた。
間違った! いや、あながち間違いじゃないんだけど、間違いだ! つか、端折り過ぎ。
「あ、や、その、あの、ですね、今のは」
「どういうことか、詳しく説明していただけますか?」
「間違いでした」と言おうとした私の声に、低くて感情の見えない声が重なった。
それまで私を凝視していた皆の目が、一斉にそろーっと私の横に逸れた。そっち側に立っているのは、ディナートさんだ。
皆に習って、私もそろーっとディナートさんに向き直った。
「えーっと。明日、ですね。核の真上まで運んでくださる方を、ですね。募集しようと思いまして、ですね。あはっ」
「それは分かります。私がお聞きしたいのは、そう言う事ではありません」
でーすーよーねー!
「あー……。すみません。ちょっといいですか」
緊迫した私たちの間に、のんびりした声が割って入った。こういう時に、臆さず声を上げてくれるのは、カロルさん以外にいない。色々アレがアレしてアレなところがある方ではありますが、とっても頼りになりますね!!
話の腰を折られたディナートさんがゆっくりと彼に向き直る。
「カロル、何か?」
「飛行速度でも、戦闘能力でも、副団長の右に出る人間はおりません。と言うわけで、僭越ながらその役に副団長を推薦させていただきます。――な、皆もそう思うだろ」
カロルさんが周りに向かって同意を求めると、あちこちから同意の声が上がった。
「でも、それじゃ誰が指揮を……!?」
焦る私に、ディナートさんがため息をひとつ吐いた。
「私の部下は優秀だと先に申しあげたでしょうに。お忘れですか?」
「覚えてます。けど……」
一緒にいてくれるって気持ちは嬉しいけど、でもそれが出来ない状況があるってちゃんと分かってますよ! 指揮官がさっさと隊を離脱してどうしますか。あり得ないじゃないですか。そのくらい私にだって察しがつくんですけど、子どもじゃないんだし!
そんな思いを込めて、じーっとディナートさんを見つめると、彼はもう一度、さっきより大きなため息をついて、皆の方へ顔を向けた。
「明日、私とヤエカ殿が隊列から離脱した時より、私の持つ指揮権をカロル隊長に一時移譲する。夕暮れまでに我々が戻らない場合は、帰投困難もしくは死亡とみなし、アハディス団長が戻るまで指揮を継続しろ」
「はっ!」
カロルさんはガチャリと鎧を鳴らして敬礼した。その姿勢を保ったまま命令を復唱する。いつもの人を食ったような表情はなりを潜め、厳しい顔だ。
カロルさんってディナートさんに指揮を任されるほど凄い人だったんだね。隊長だって聞いてたから優秀なんだろうとは思ってたけど、予想以上に凄かったのね。
あ。でも、何があっても動じない肝の太さを考えると、納得がいく。
いつもの軽薄そうな言動や態度はもしかして仮の姿で、本当は……? なんて考えながら、まじまじとカロルさんを見つめてたら、あっという間にいつもの顔に戻った。んー。きりっとしてた方が格好いいのに。勿体ないなぁ。
なんて呑気なことを考えてたら、ディナートさんが私を振り返った。
「これでよろしいですか、ヤエカ殿」
「は……? あ、はいぃっ!」
よろしいですかってなによ、と言う突っ込みは喉の奥で引っかかった。
明日はどうあっても彼に運んでもらうしかなさそうだ。
「んじゃあ、そゆことで。もう戻って良いですよね」
質問の形をした断言だ。「構わん」と言うディナートさんの声を背に、カロルさんは肩越しにひらひらと手を振って出ていった。
彼に続いて他の団員たちも部屋を出ていく。あっという間に、ディナートさんと私だけが取り残された。




