視察
セラスさんが手配してくれたのは、三頭の馬と二人の護衛。
もっと仰々しいのかと思ってたけど、意外にシンプルでほっとした。
護衛の二人は私が手合わせしたことのある、筋骨隆々豪快なおじさん……と言うには少し若い騎士(聖軍近衛騎士団所属)と軽いノリの赤毛青年(魔導軍近衛騎士団所属)だ。
この二人にからかわれたのはまだ記憶に新しい。また何か言われるんじゃないかと身構えたけど、当の二人は涼しい顔。くっ! こうやってると二人とも騎士らしくて、なんだか悔しい。
無言で見つめてたら、赤毛さんがちらりと私を見た。
「わたくし共に何か?」
「……いいえ。先日はどうも」
口を尖らせると彼はふっと余裕の笑みを浮かべた。
その隣でニヤニヤするおっさん。
く! 嫌味は効果なし。
もうおっさんはおっさん呼びのまま直さないからな! よし、赤毛さんにも何か変なあだ名を考えねば! ――なんて思ってたんだけどね。二人が早々に名乗ったのでその野望は潰えた。
あだ名つけようって考えてたのがばれたわけじゃないだろうけど、まぁ……。あれよね。格好良い礼をされたうえ、颯爽と名乗られたら変なあだ名はやっぱり可哀想かなって思うじゃない。
そんなわけで、ちゃんと名前で呼ぶことにしました。
おっさんがルーペス、赤毛さんがカロル。二人とも隊長らしい。
「ではそろそろ出発しましょう」
そう言うディナートさんの口元も少し緩んでいる。
「……何で笑うんです?」
「いえ、その負けず嫌いなところが好ましいと思いまして」
思い切り思考回路読まれてる。そして思い切りお世辞言われてるよ、私。
「心にもないこと言わないでください。どうせ子供っぽいとか思ってるんでしょ」
私はそう言ってそっぽを向いた。ディナートさんは、私の態度に気を悪くするどころか、あははと声をあげて笑った。それが答えですか。そうですか。
「さて。ヤエカ殿はおひとりで馬に乗れますか?」
「いいえ。全然」
と言うより、ここまで馬に近づいた記憶だってほとんどないですけど。
「そうですか。――では失礼」
「へ? うわ! わっ!!」
いきなり抱え上がられて、私は慌てた。けど、抵抗もできず固まっているうちにすとんと鞍の上に下ろされる。
間髪おかずに彼が私の後ろに乗った。
「申し訳ありませんが、今日はこれでご辛抱いただきます」
「あ……えーと。お世話になります」
落ちそうで怖いからそろーりと振り返って、ぎょっとした。
かー! かー! 顔! 近い。近すぎる!! ついでに背中! 背中も!
いや、あのね。空飛ぶタクシー代わりにすること過去二回。つまり彼の首にしがみついたのも二回。
そんなことしておいて今更なにをと言われるかも知れないけど、事情が違うの。事情が! 背中に感じる温もりは鎧越しじゃない。私とは全然違う鍛えられた体は、筋肉質でしっとりと硬い。
手綱を握る手は当然ながら私の両脇に回されていて、ディナートさんにすっぽり包まれているみたい。
これじゃ緊張するなと言う方が無理でしょう。
「ご不快でしょうが、どうか」
「いや、不快とかそう言うわけじゃないです」
むしろ安心感いっぱいで不慣れな馬の背中も全然怖くない。
だけどね。
ディナートさんのキラキラしいイケメンっぷりに、私はまだ慣れてないんですよ。こんな密着してたら一日心臓もたないと思うんだけど。
とりあえずこの位置ならディナートさんにも護衛の二人にも真っ赤な顔は見られずに済むよね。見られないうちに早く落ち着け。落ち着くんだ、私。
「警備上、こうするのが一番良いかと思いまして」
緊張で黙り込む私に、彼はそう切り出した。
まさか聖都のど真ん中で襲撃なんてありえないとは思うけど、絶対ないってことも言い切れない。もし何か危機が迫ったら、私の安全が最優先だという。有事に備えて、いつでも全力で疾走できる形をとっておきたい。そういう事らしい。
確かにそれなら、セラスさんが用意してくれたのが馬車ではなくて馬なのも分かる。この方が機動力あるもんね。
自分が護衛に守られる立場になるなんて、日本にいたら思いもよらなかった。守られることのこそばゆさを感じると同時に、ここがそういう世界なんだと改めて認識して背筋がふるりと震えた。
「怖いですか? 大丈夫。私が貴女の盾になりますよ」
それじゃなくてもすっぽりディナートさんの腕の中だったのに。片手を手綱から外して、さらに囲い込むように私の腰を抱く。
「それじゃディナートさんが!」
怪我をするってことじゃない。下手したら命だって。何で鎧着てこないの!? って抗議しようとして気が付いた。
この感覚は! 私とディナートさんの周り、半径一メートルくらいに結界の気配。
「――結界?」
「ご名答。さて、ヤエカ殿、ただ馬に乗っているのもつまらないでしょう。少し楽しいことをしましょうか」
楽しそうに笑う彼に嫌な予感。
「つつつ、つまらなくなんてありません! 落ちたら大変ですから!」
そうそう。落ちたら大変。今私はすごく忙しい。
「私が貴女を落とすわけないでしょう?」
笑われて、私は自分が墓穴を掘ったことを悟る。
返事出来ずにいる私の右耳に顔を寄せながら、彼は結界を解いた。
「さ。お勉強のお時間です。私の代わりに貴女が結界を張ってみて下さい。大丈夫、もう昔のような暴走はしない。貴女自身もお分かりでしょう?」
どうせ囁かれるならもうちょっと甘い言葉が良いんだけどな、と思いつつ。私は卵の殻をイメージして結界を張ってみた。 こんなもん……かな?
「よくできました。それでは暫くこの状態を維持してください」
最後にそう囁くディナートさんは体をもとに戻した。
ちょうど聖女宮と街を隔てる正門の前に差しかかった。門を守る衛兵がこちらを向いて最敬礼をとる。
私はそれにぺこりと頭を下げることで答えた。
この門をくぐって外の世界へ出たのも、ソヴァロ様からの親書を携えて戻って来たのももうずいぶん前のことに思える。
ざっと眺めた街の風景はあの頃と変わらない気がする。
聖都は基本的に碁盤の目のように道が通っている。
聖女宮から南門に真っ直ぐ伸びるこの大通りは、街で一番大きい道。
この大通りを街の半ばまで進むと広場が広がっている。その広場が街の中心。ここで東西に延びる大通りと交差する。
どこにも曲がらず、この道を真っ直ぐ。そして街の最南端に作られたばかりの難民救護施設を視察する。それが今日の目的だ。
綺麗に整備された石畳の道を進む。
最初は懐かしさできょろきょろとあちこち見回していたけれど、それにも段々飽きてきた。
かぽかぽと乾いたひづめの音があまりにも単調で眠気を誘う。
日ごろの疲れが祟ってか、つい意識が吹っ飛びそうになるんだけど、そのたびにディナートさんに叩き起こされた。うつらうつらした途端に結界が緩むから、ディナートさんにはばればれなんだよね。
そんな不毛なやり取りを数回繰り返したあと、私たちは南のはずれにある門へ着いた。この門の向こうが街の外。
難民達のために作られた救護施設はこの門の外にある。本当は門の中に作りたかったけれど、もう街中には余っている土地が無かったんだって。
まだ妖魔の襲撃はないけれど、それでも難民を街の外に住まわせているのは不安だと言うわけで、見張りの衛兵だけでなく、結界を張るために神官さんや魔導士さん達が交代で詰めているらしい。
私が再召喚された時ちょっと不思議に思ったんだけど、いま聖都に魔導国の魔導士さんがいるのは、ここを守る結界を張るための応援要員として派遣されていたからだそうだ。
大規模な結界を作るには、大きな力がいる。
結界を維持するための道具もあるらしいけど、それを作って設置して、軌道に乗せるにはまだ少し時間がかかるらしい。
それまでの間、神官さんと魔導士さんは過酷な任務を強いられている。
道具を完成させるのはもちろん大事だけど、その前に根源を断つことができればそれが一番。早く核を壊さなきゃ。そう思う。
私たちは、この施設の責任者を務めていると言う騎士さんの案内で、施設内をあちこち見て回った。
私が想像していたよりも活気があって驚いた。
避難してきた人々は農民が多い。施設の外れを開墾して畑にして作物を作ろうなんて話まで出ているらしい。確かにここでの生活がいつまで続くか分からないし、自給自足の体制はあって困るもんじゃないものね。
中には漁師さんも、猟師さんもいる。そういう方々は近くの川や草原に漁や狩りに出たりするらしい。もちろん護衛付きで。
そういう生活の様子を聞いたり、見たりしている間に、あっという間に時は過ぎて。気がついたらだいぶ日が西に傾いていた。
小さな子たちから童謡を教えて貰って一緒に歌っていた私は、ディナートさんに促されて重い腰を上げた。
ひとりひとりとお別れの挨拶をして踵を返そうとしたその時、上着の裾をつんと引かれた。振り返るとそこには小さな女の子がもじもじしながら、私の服の裾を掴んで立っていた。
いま、一緒に歌を歌っていた子たちのうちの一人だ。少し恥ずかしがり屋なのか目があうと下を向いたり、真っ赤になっていた子だった。
「どうしたの?」
目線を合わせるようにかがんでそう聞くと、彼女は何度か躊躇ったあと口を開いた。
「お姉ちゃん、勇者様なんだよね?」
「ん。そうらしいね」
「あのね、あのね! 父様を……父様を探して欲しいの」
彼女の村はエオニオの近くで、妖魔の襲撃に遭ったらしい。村人は命からがら逃げだしたらしいんだけど、その際、腕自慢の村人数人が逃げるための時間を稼ぐからと、後に残ったという。その中に、彼女の父もいたのだそうだ。
「父様、後から絶対追いつくって言ったの。でもね、まだ来ないの。きっと道が分からなくて、迷子になってるんだと思うの。だからね、もし勇者様が妖魔を倒しに行く途中で父様に会ったら、ここまでの道を教えてあげてください」
そう言って彼女は首に下げた首飾りを外した。
「父様、これと同じ首飾りしてるんです。だから……だから……」
少女は唇を噛んで涙をこらえている。
私は彼女の前に膝をついて、そっと髪を撫でた。
「いいよ。もう言わなくていいよ。聖都で君が待ってるから早く行ってあげてって伝える。絶対に伝えるから。だから君は良い子でお父さんを待ってて。ね?」
涙をこらえてじっと私を見る彼女の瞳が、胸に突き刺さるようだった。きっとこの子みたいに辛く寂しい思いをしている子は沢山いる。
早く倒さなきゃ。早く核を壊さなきゃ。悲劇はもっとたくさん広がっていくんだ。
いつも心のどこかでくすぶっている焦りが、燃え上がるように湧き上がった。今すぐにでもエオニオに向かいたい。
私はぎゅっと拳を握ることで焦りを抑え、少女を驚かせないようにゆっくり立ち上がった。
少女は「ありがとう」と言うと、母親らしい女の人のもとへかけて行った。私はそれを見届けて踵を返した。
そこに控えていたディナートさんを見上げると、彼は今まで見たこともないくらい苦りきった顔をしていた。私と目があうと、彼は一度目を閉じ、小さくかぶりを振った。
彼の隣に立っていたルーペスさんが「酷なことを……」と呟いたのも聞こえたし、そのまた隣でカロルさんが気まずそうな顔をしてそっぽを向きながら、こめかみ辺りを掻いている。
――私、何かまずいことを言ったか、やったかしたんだろうか?
「私、何かやらかしました?」
恐る恐る三人に向かって尋ねると、ディナートさんは厳しい表情を解いた。
「いいえ。――彼女のお父上の無事を祈りましょう」
そう言って彼は暮れかけた空を仰いだ。
私は何が何やら分からないまま、でも何か失態を犯したことだけは分かった。
「ごめんなさい」
訳も分からず謝ると、ルーペスさんが私の肩を慰めるように叩いた。
「まぁいつか貴女様にも分かる時が来るでしょう。――本当は分からねぇ方がいいんでしょうけどね。今は、ディナート様のおっしゃる通り、あの子のおやっさんの無事を祈りましょうや」
「はい……」
「んじゃあ、いつまでもそんな風にしょげてねぇで、帰りますよ」
ルーペスさんがそう言って明るく笑った。落ち込んだ私に気を使ってくれたんだと思う。その心遣いを無駄にしたくなかったので、私も「はい!」と頷いた。
「では、帰りましょう」
ディナートさんが私に向かって手を差し出した。私はその手を取りながら、もう一度「ごめんなさい」と謝った。
「いいえ。良いのですよ。貴女はそのままで」
彼はふと目元を緩めた。そして、朝と同じように私の腰を抱いて鞍へと乗せてくれる。
彼の温もりに包まれながらの帰路は、焦りと情けなさで、ふさぎこんでしまった。そんな私に気を使ってくれるディナートさんの優しさが辛かった。
「後悔していますか?」
もうすぐ王宮につくと言う頃、ディナートさんがぽつりと聞いた。
「いいえ」
私は即座にそう答えた。後悔なんてしていない。むしろ、やっぱり視察できて良かったと思う。
「ただ……」
「ただ?」
「自分が情けなくて悔しいだけです」
きゅっと唇を噛んで俯いた。そんな私の腰をディナートさんが片手で抱きしめてくれた。今朝とは違ってもっと力強く。
「情けなくなんてありませんよ。一歩一歩強くなっておられる。貴女は私の大切で優秀な教え子ですよ」
そんなことを言われたら、甘えてしまいそうだ。優しくしないでほしいのに。
――でも。今だけ……少し甘えて良いですか。
私は彼の胸にそっともたれた。




