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第20話 終幕





 ローガンを丁寧に担いで、護は貯水庫から降りた。

 そしてゆっくりと寝かせた。


 内臓を破壊したわけではないが、それでも危険な状態であることには変わりは無かった。

 鍛え上げられた分厚い筋肉を突破するために、かなり魔力を流し込んだため、手加減が難しかったのだ。


「生きてるわよね……?」

「4分の3殺しって感じかな。まぁ一命は取りとめたって感じだな」


 それはほぼ死んでるのと変わらない、と突っ込みを入れるべきか美咲は迷いつつ、やめた。

 手加減の難しさを知っているからだ。


 それがA級魔法師にするなら尚更だ。

 攻撃を避けることはできても、自分にダメージの無いように受け止めるのは非常に難しい。

 相手を殺すことはできても、死なない程度の場所を選び、死なない程度のダメージを与えるのも非常に難しい。


 実力差がなければできない芸当だ。

 相手が自分を殺しに来ているなら尚更だといえた。


 裏を返せば、それを容易くやった護はA級魔法師など歯牙にもかけない実力を有しているということだった。


 九条の家に生まれたとはいえ、戦場に出たことのない美咲にもわかったことだ。

 その場にいたレムリアの兵士たちにも当然、わかった。


 だが、彼らには退くという選択肢はなかった。


「攻撃しろ! いくら騎士とはいえ、無敵ではない!」


 リッツはそう指示を飛ばした。

 指揮官として、そう指示を出すしかなかった。


 その場にいた10人の魔法師が、それぞれ持ちうる限りの魔法をすぐさま準備に掛かった。


 護はそれを見て、小さくため息を吐いた。

 ローガンを巻き込むことは致し方ないと、レムリアの魔法師たちが判断していたからだ。


 いつもなら気にしなかっただろうが、今は美咲からのお願いの最中であった。

 また、絶妙な手加減によって生かすことに成功したローガンを、みすみす敵の攻撃で死なせるのは、護としては癪だった。


 だから、護はいつもより広い範囲でプロテクションを張った。


≪プロテクション≫


 美咲へ流れ弾が当たることも警戒して、貯水庫を丸々と覆ったのだ。

 瞬時に作り上げられたプロテクションに魔法が着弾していく。


 爆発がおき、プロテクションと魔法がぶつかり合う音が鳴り響く。

 それは数分間も続き、やがて貯水庫は爆煙で覆われてしまった。


「やったか……」


 荒い息を吐きながら、リッツは呟いた。

 魔力の配分など考えず、ただ威力の高い魔法を乱発した。


 下で待機している兵士たちは何事かと思ったはず。

 けれど、リッツがデュランダルが接近してきている段階で、持ち場を離れないことを厳命していたため、下から兵士は上がってこない。


 レムリア軍で魔法師と呼ばれるのはD級以上の実力がある者だけ。あとは魔力があろうと皆、一般兵と扱われる。

 武器も銃が主だった装備だった。

 D級未満の実力では、銃のほうが強いとレムリア軍は長い戦いで知っているのだ。


 それでも数は力。

 ここで戦力をこれ以上、失うわけにはいかないと、リッツは考えていた。


 脱出のことを考えれば人手はいくらあっても足りないからだ。


 しかし、その考え自体が混乱している証拠だった。

 最大の戦力であるローガンをあっさりと無力化した護を前にして、逃げられると思うなど、普通ではありえない。


 当然、全員で攻撃すれば倒せると思うことも間違っていた。


 爆煙が晴れたときに、ヒビ1つ入っていないプロテクションを見て、ようやくリッツは理解した。


 相手にしたこと自体が間違いだった。


 そんなことを思われている護は、魔法を放って疲れているレムリアの魔法師たちに対して、奇妙な行動に出た。


 当たらない距離で拳を突き出したのだ。


 なにをしているのか?

 リッツを含めて、その場にいた9名の魔法師が困惑した。

 あとの1人は理解する前に、意識を失ってその場で崩れ落ちた。


「なっ!?」


 リッツが驚いて声を上げた。

 その間に更に2人が倒れた。


 完全に気絶している部下を見て、リッツは恐怖に震えた。

 既に打つ手はない。


 呆然としている間に次々と部下たちが倒れていく。

 気付けば残っているのはリッツだけだった。


「……なにをした……?」

「拳でプロテクションを飛ばした。飛ぶ拳撃ってところだな。それで全員の顎を殴って気絶させたのさ。お前たち魔法師は腕を斬ろうが、足を斬ろうが、魔法を使えるからな。気絶してもらうのが一番手っ取り早い」


 顎を殴って気絶させる。

 しかも距離が離れたところから。


 人間がそんなに簡単に気絶しないことを、リッツは経験で知っていた。

 顎を殴られても、意識が刈り取られることは稀なのだ。


 全身から力が抜け、立っていられなくなっても、意識はあり、すぐに立ち上がれる。

 けれど、部下たちが立ち上がる気配はない。


 自分より明らかに年が下の子供が、なぜそんな芸当ができるのか。

 護の若さが、リッツにはなにより恐ろしかった。


「……サー・ドレッドノート……貴様は一体、いくつだ?」

「年か? 15だ」

「その年のときに、私はまだ軍学校に入学したばかりだった……」

「そうか。まぁ、だろうな。で? 言いたいことはそれだけか?」

「……化け物め」

「安心しろ。取って食ったりはしないから」


 そう言って護は、スナップを効かせた拳をリッツに向かって放った。

 殆ど時間差がなく、拳大のプロテクションがリッツの顎を直撃し、リッツの意識は暗闇へと飲まれていった。






◆◇◆





 ビル上空・デュランダル


 午後6時




 護がビルの上から40発のプロテクションを拳で打ち出して、あっさりとビルの下にいたレムリアの兵士たちを無力化したとほぼ同時に、デュランダルは生徒を救出して戻ってきた。


 廃工場には本当にただ魔力欠乏の生徒が寝かされているだけであり、そのおかげで救出はあっさりと終わった。


 ビルの下で気絶している40名の兵士は、デュランダルに乗っていた10名の魔法師がホール防衛基地に護送することになり、ローガンとリッツを含めた12名は、逃亡の可能性もあるため、デュランダルに収容された。


 現在、デュランダルは市内の大きな病院に向かっていた。

 魔力欠乏の生徒を送り届けるためだった。


 いまだ市内の交通機関は完全には戻っておらず、通信にも支障があったため、救急車を呼ぶよりも病院に直接向かったほうが早いと護が判断したからだ。


「騎士座乗艦を救急車代わりに使うのは、あなたくらいでしょうね」

「皮肉ですか?」

「柔軟だといっているんですよ」

「まぁ、その言葉を信じましょうか。ところで外務大臣は?」


 デュランダルのメインブリッジで、護はホーエンハイムにそう問いかけた。

 護の問いにホーエンハイムはニヤリと笑う。


「外務大臣殿はお部屋ですよ。いやぁ。さすが大臣というべきですかね。お1人でお部屋に戻っていきましたよ」

「そうですか。まぁ、戦闘中にブリッジに来る方が悪いんですけどね」

「確かにその通りです。しかし、サー・ドレッドノート。1つお伺いしてもいいですかな?」


 ホーエンハイムは護に、否、護の横にいる美咲に視線を向けながら聞いた。


「なんですか?」

「自分の記憶が正しければなんですが、あなたの横にいるお美しいお嬢さんは九条美咲嬢では?」

「よくご存知ですね」


 ホーエンハイムは笑えばいいのか、呆れればいいのかわからず、その中間の微妙な表情を浮かべた。


「日本政府の実質トップのお嬢さんですよ?」

「それがどうかしましたか?」

「なぜ、お顔を晒しているんです?」

「成り行きですよ。ビルの屋上にいたんです」

「それは我々も知っていました。ただ、サー・ドレッドノートには何か考えがあるのかと思ってましたよ。気絶させるとか、顔見せずに戦うとか、色々とあったのでは?」


 ホーエンハイムの言葉を聞いて護は、戦闘中にレイオンが座っていた席に座っている美咲を見た。


 物珍しそうにデュランダルのメインブリッジを見渡していた。


「なぁ、九条」

「? どうしたの?」

「俺の正体は、約束どおり他言無用だぞ?」

「大丈夫。誰にも話さないわ」


 美咲は笑顔を浮かべて頷いた。


 それを見て、護はしたり顔でホーエンハイムに視線を戻した。


「交渉成立です」

「そんなわけないでしょう……殿下にはどう言い訳するおつもりですか?」

「さぁ、今から考えますよ」

「残念ながら、その時間はないようですよ?」


 ミカエラがいくつかの操作をしながら、そう呟いた。


 その呟きが意味することを正確に理解した護は、頬を引きつらせ、メインブリッジにいる美咲と護以外の全員が立ち上がり、メインモニターに注目した。


 少しのあと、そのメインモニターにリリーシャの顔が映し出された。

 ホール経由の長距離通信が可能なほどに、ジャミングが解消されたということだ。


 誰もが自然とリリーシャに敬礼をした。

 美咲も驚いたように立ち上がり、頭をしっかりと下げた。

 それに対して、リリーシャは軽く手をあげて応える。


『ご苦労様です。犠牲者は誰もいないとか』

「殿下の援護がありましたから」

『謙遜ですね。それで、サー・ドレッドノート。私の目には民間人の方があなたの横にいるように見えますが?』

「でしょうね。事実いますし」


 さて、どうやって説明するべきか、と考えていたせいで、護は気のない返事を返してしまった。

 それがリリーシャの神経を逆撫でした。


『私の記憶が正しければ、あなたの横にいるのは九条美咲さんだと思うのですが?』

「お久しぶりです、殿下。3年ぶりでしょうか」

『ええ、それくらいぶりでしょう。それで? あなたが何故、デュランダルのブリッジにいるのですか?』

「結城君に、いえ、サー・ドレッドノートに命を助けて頂きました。その際、偶発的に正体を知ってしまいましたので、ここにいます」


 美咲の言葉を聞いて、リリーシャはその視線を護に向けた。

 その視線の冷たさに、冷凍ビームかよ、と心の中で突っ込みを入れつつ、護は頷いた。


『偶発的? 失態ですね』

「申し訳ありません」

『……九条美咲さん。今回の事件で見たことの多くは他言無用です。これはアストリア王国の代表としての要請です。お分かりいただけますか?』

「承知いたしました。しかし、殿下の要請がなくとも私は他言などしません。結城護という少年は私にとって友人であり、命の恩人です。その害となる行動をするつもりはありません」


 美咲とリリーシャの視線が交差した。

 リリーシャは、九条美咲という人間を推し量るために。

 美咲は軽く見られないために。


 視線を逸らさなかった。

 先に折れたのはリリーシャだった。

 微かにため息を吐いたリリーシャは、美咲の言葉を信じた。


『あなたを信用しましょう。少なくとも、今はあなたを信用するしかないですからね』

「感謝します」


 2人のやり取りが終わったことに護はほっと息を吐いた。

 このまま自分への責めもなくなるはず、そう思ったからだ。


 リリーシャの表情も最初よりは柔らかくなっていた。護以外の人間には殆ど気付けないほどの変化ではあったが。


 あとは、生徒を病院に搬送すればすべてが終わる。

 そう考えていた護にとって、それは予想外だった。


 デュランダルが微かに揺れたのだ。


「きゃっ!」

「申し訳ありません! 強風で!」

「いえ、かまいません」


 よろけた美咲を立ち上がって支えた護は、慌てた声で謝罪する操舵手にそういった。


「平気か?」

「ありがとう、結城君」


 支えてくれた護に、美咲は笑顔でお礼をいった。

 美咲の細い肩を支えていた護は、美咲が体勢を立て直したのを見て、肩から手を離し、リリーシャに目を向けた。


 画面の向こうにはさっきよりも3度ほど冷たい表情のリリーシャがいた。


 それは他の者が見てもわかる変化で、それが意味するのは、感情が表に出にくいリリーシャが、表に出てくるほど不機嫌だということだった。


『サー・ドレッドノート』

「は、はいっ!」

『個室にて私の通信を受けなさい。美咲さんを信用する話と、安易に素顔を晒したあなたの失態は別問題です』

「で、ですけど……人命を最優先とおっしゃりましたよね……?」

『それで敵を1人も殺さずに捕縛したことは褒めてあげましょう。ですが、そんなことができる余裕があれば、顔を隠すことも可能だったのでは?』


 絶対零度の視線に護は固まってしまった。

 言ってることは正論であるため、反論すらできない。


 どうして不機嫌になってるんだよぉ、と小さく呟きながら、護はトボトボと個室へ移動し始めた。






◆◇◆






 東京湾。


 午後6時30分。




 東京湾の一角に、2人の男女がいた。

 どちらもスーツを着ていた。

 その内、男性のほうがMADで会話をしていた。


 男は東京湾で防衛任務についていたサー・ブレイクこと、ケインだった。


 ケインは、回復した通信で、彩雲市でのゴタゴタが解決したことを知らされていた。


「彩雲市のほうは護が上手くやったそうだ」


 ケインは自分の横でタバコを吸っている、右目に眼帯をつけた長身の女のそう伝えた。


 報告を聞いた女、サー・ストライクはため息を吐いた。


「時間が掛かりすぎだ。被害は?」

「殆どないらしい。中々の戦果だと思うけどな」

「騎士が3名も出動して、敵作戦の妨害に当たったんだ。被害がないのは当然だ」

「厳しいねぇ。それでだが、俺たちのほうは被害を出しちまってるぞ?」


 ケインは東京湾に浮かぶガラクタを指差した。

 それは先ほどまで東京湾の上空に浮かんでいたレムリアの飛空艇の成れの果てだった。


「細切れにしたのはお前だ。私は撃ち落せというお前の要請に従ったにすぎん。最初から全て私に任せていたなら、残骸など残らずに消滅させている」

「うわぁ、出たよ。ベアトリクスのそういう責任回避。まぁ、飛空艇を12隻落したわけだし、東京湾が汚れたくらい別に平気か」

「そんなことを口にしたら、殿下に叱られるぞ。あの方は日本にお優しいからな。それと名前で呼ぶな」


 騎士としての名ではなく、本名を口にしたケインに、ベアトリクスは鋭い視線を送った。

 しかし、ケインはその視線を飄々と受け流した。


「すまんすまん。しかし、不機嫌なのは護が活躍したからか?」

「サー・ドレッドノートの功績は認める。あの若さで大したものだ。不満があるのは現体制だ」

「リリーシャ殿下が護以外を騎士に指名しないことが不満ってことか?」

「その通りだ」


 ベアトリクスはタバコの煙を吐き出しながら答えた。

 その顔に浮かぶのは、苛立ちや怒りといった感情ではなかった。


 浮かんだ感情は悲しみだった。


「日本が内部争いを始めた隙を逃さず、潜入部隊を送り込んだレムリアの作戦。悪くは無かった。我々が優勢だったのは、ただ、殿下の対処が早かっただけだ」

「ああ、流石は我らが殿下というべきだな」

「けれど、そのリリーシャ殿下が本当に信頼を置く騎士は1人のみ。我らとてあの方は心の底から信頼はしてはいないだろう」

「仕方ないだろう。殿下は騎士に裏切られた。そしてそのときに殿下を守ったのは護だ。俺達はそのときに傍にいることすらできなかった。失った信頼を取り戻すには、まだまだ時間がいる」


 ケインはそういうと、空を見上げた。

 東京湾の上空には2隻の飛空艇がいた。


「それもそうだな。さて、私は一足早く、愛馬に戻らせてもらう」

「愛馬ねぇ……飛空艇を愛馬だなんていう変人を、多分、殿下は一生信頼しないと思うぞ。感性の違いってやつだな」

「私の感性が変だというのか? 多くの騎士が飛空艇を愛馬という。それは昔からだ」

「そうだな。裏切りの騎士様も、そう飛空艇を呼ぶような生粋の騎士だったな。サー・ストライク。信頼を回復したいなら、奴を思い出させるようなことをするな」


 ケインの忠告にベアトリクスは手をあげて答えると、上空にいる自分の艦に向かってジャンプした。

 人間離れした跳躍力を見せたベアトリクスに呆れつつ、ケインは自分の艦に降りてくるようにジェスチャーした。


「あー……殿下への言い訳考えとかねぇとなぁ」


 奇しくも護と似たようなことを思いつつ、ケインは降りてくる自分の艦へと向かって歩き始めた。


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