第13話 襲撃・中
彩雲学園・正門前。
午後4時25分。
彩雲学園の正門前で、自発的な見張りをしていた護は、MADで時刻を確認した。
イージスが到着するのは5時頃。
そのままイージスを運んできた者たちに回収してもらうため、5時前には学園を出る必要がある。
「俺はそろそろ行かなきゃなんだが……お前は何をしてるんだ?」
「え? いやぁ、麗しい女子生徒をねぇ、おー! これはE以上かな? あっちはDか。あーでも顔がちょっとなぁ」
小型の双眼鏡を覗き込んで、峻はそんなことを口にした。
護と峻がいるのは正門を真正面から捉えることができる教室だった。
なんで双眼鏡を持ってるんだよ、という突っ込みをあえてせず、護はため息を吐いた。
どう考えても、学園を攻めるなら裏門からに決まっている。
正門からなんて、まず来るわけがない。
それがわかっているから峻は趣味に走っているし、護も真剣には監視していなかった。
「護。行くなら2人に連絡しておいたほうがいいぞ? あとで怒られたくなきゃ」
「なんで俺が怒られなきゃ駄目なんだよ……」
「う~ん、“キッカケ”だからかな」
峻は双眼鏡から目を離して、護に視線を向けた。
その目にふざけた雰囲気はなかった。
「キッカケ? 怒るのが?」
「ああ、お前と喋るキッカケ。まぁ、なんていうかあの2人は特殊だろう? ぶっちゃけ、どっちも人付き合いの経験がなさすぎるから、どうしても会話のキッカケが掴めないんだと思う」
「ミルフォードはともかく、九条は割りと無難に人付き合いできてないか?」
「九条さんは護以外とは距離を置いて話してるよ。当然、オレも距離を置かれてる。2人とも対等の相手と喋るって中々ないんだと思う。上か下かって感じかな。すくなくとも、護みたいに立場を気にせず喋ってくれる相手っていうのは珍しいはずだよ」
峻は笑いながらそう自分の分析を口にした。
よく見ている奴だ、と思いながら、護はため息を吐いた。
峻の話を聞くかぎりでは、自分にはどうしようもない問題に思えたからだ。
「つまり、俺はこれから先、ずっとミルフォードからあんな風に突っかかられ続けるのか?」
「さぁ? とりあえず、九条さんが護をからかったりするのも、ミルフォードさんが護に突っかかるのも、別に護が嫌いだからってわけじゃないと思う。むしろ逆。仲良くなりたいんじゃないかな」
「別に嫌われてるなんて思ってないけど……仲良くねぇ」
「そう。護は2人を対等に見るけど、それはイコール、オレや他の生徒と同列に見てるってことだ。2人は護に興味はあるけど、護はその他多数と変わらない程度の興味しか2人に抱いてないだろう? それが嫌で、不安だから近づいてくるんだよ」
面倒だな、と率直に護は感じた。
対等に見られるのが嫌なのか、それとも特別に扱われたいのか。
どっちかにして欲しいと、本気で考えていると、峻が話題を変えた。
「ところでさ、護。レムリアの部隊の目的ってなんだと思う?」
「目的? ホールをレムリアのモノにすることだろう?」
「どうやって? ホールは日本とアストリアの軍が固めてる。それが気になってさ。どれだけレムリアの部隊が巧妙に潜入したとしても、50人くらいだろうしさ。それ以上はいくらなんでも見つかる」
「確かに……勝算があるから動いたはず。たった数十人でホール一帯を制圧できる勝算……?」
「一撃で形勢を変えられる兵器とか、それか騎士みたいな規格外な魔法師を送り込むとか……どうした?」
峻は呆然としている護にそう声をかけた。
しかし、護はその声には答えなかった。
騎士のような規格外の魔法師を送り込むという選択肢は、レムリアにはない。
レムリアは数こそ優れているが、単独で騎士に匹敵するような魔法師はごく少数しかおらず、それらの魔法師はアストリアとの国境に配備されている。
日本に潜入させるにしても大物すぎて、いくらなんでも日本も気付く。
だが、一撃で形勢を変えられる兵器なら存在する。
それを護は知っていた。
10名前後の魔法師の魔力を、生命に関わるレベルまで吸い上げることで、ようやく1発放てる威力重視の欠陥兵器。
しかし、その威力は絶大で、発射されればホールの防衛基地程度なら壊滅させるだろう。
その製造の難しさと、10名以上の魔法師がその後、全く動けなくなるというデメリットのせいで量産はされていない兵器。
射程もそこまで長くはなく、しかもチャージする時間があるため、大抵は早期に発見されて発射する前に破壊されてしまう。
名前のとおりの災厄を敵と味方に与える欠陥兵器。
「収束魔動砲・カラミティ……」
「え……?」
「……だから誘拐だったのか……? 狙いは生徒の魔力……?」
外にいる生徒たちが危ない。
そう判断した護はMADを取り出して、松岡のMADにかけた。
しかし、いつまで経っても繋がらない。
「なんで繋がらない!?」
「これって……! 護! オレにかけろ!」
峻が焦ったようにそう護に叫んだ。
護は峻の意図をすぐに察して、舌打ちをしながら峻にかけた。
しかし、繋がらない。
「決まりだ! ジャミングだ!」
「レムリアの仕業か! 峻! 学園にいる教師たちに外の生徒が危ないことを伝えるぞ! レムリアは魔力を使った兵器を所有してる! 狙いは生徒の魔力だったんだ!」
「だから誘拐!? いや、待て……護。じゃあ、魔力が多い奴が狙われるのか……?」
「その可能性は高い! 外の見回りに出てる大半の生徒は各学年のAとB組だ! 魔力の多さには定評がある!」
「ちょ、ちょっと待て! 外も危ないかもしれない! けど、なら一番に伝えなきゃならないのは!」
護は峻の視線を辿る。
その先は学園の裏側。裏門がある方向だった。
攻めてくるなら裏門から。
そうわかっていて、それでも護が美咲とレオナを止めなかったのは、学園が狙われるとは思っていなかったからだ。
けれど、敵の狙いが魔力の多い生徒の確保だとするなら。
防備の薄くなった学園に残る2人は格好の獲物に映るはず。
戦闘訓練を受けた3年生や教師陣を狙うにはリスクが高い。
向こうはできるだけ戦力を減らしたくはないはずだからだ。
ならば、狙われるのは1年や2年。
ここまで手の込んだことをするならば、生徒の情報くらいは入手して、狙う生徒の目星はつけているはず。
狙われる理由の多さに護は悪態をついた。
「くそっ! 峻! しっかり教師陣に伝えろ!」
「わ、わかった! 護も気をつけろ!」
教室を勢いよく出た護は、心の中で自分の甘さに憤っていた。
どうして真剣に考えなかったのか。
ホールを狙うから学園が狙われるはずはないと思い込んでいた。
ただ馬鹿正直にホールを狙ってくるわけがないのに。
「慢心か……!」
自分ならどんな攻撃が来ても守りきれると思っていた。
ホールを守ればそれでいいと思っていた。
敵がどんな手を打ってこよう、迎え撃つだけ。
そのスタンスは間違ってはいなかった。
ただホールを守るだけならば。
どうして未然に防ごうと考えなかった。
そんな後悔が護を襲った。
「頼む……! 何も起こるな……!!」
急いで階段を駆け下りた護は、本校舎を出ると、勢いよく走り出した。
ある程度、スピードが乗ったところで、護は更に加速することを選択した。
「魔力循環!」
呟きながら、体内の魔力を高速で循環させ始める。
それによって、護の身体能力は飛躍的に上昇する。
その恩恵で、人では到底維持することができないスピードのまま護は裏門へと向かった。
◆◇◆
彩雲学園裏門。
午後4時23分。
レオナと美咲が裏門に着いたとき、2人いた警備員が力なく倒れていた。
その近くには、深い赤色に手を染めたローガンがいた。
一瞬、美咲は返り血かと思ったが、血にしては色がおかしかった。
「赤腕のローガン……」
「レオナさん、知っているの?」
「ええ、主にエスティアのほうで戦果をあげているA級魔法師ですわ……。高熱を発する魔法を腕から発動させると聞いていますわ」
「A級魔法師……。どうしますか? MADは使えませんでしたよ?」
「決まっていますわ。迎え撃ちますわよ!」
「威勢がいいな。流石はアストリアの貴族だ。そっちは九条の娘だな? ターゲットが2人も揃うとは……幸先がいいな」
ローガンはそういって歯をむき出しにして笑った。
レオナはそんなローガンを睨みつけつつ、右手を軽く振って“魔法”を発動させた。
≪トランスミッション≫
レオナの体を包んでいた制服が光を発して消失し、次の瞬間には赤い上着に黒のパンツへと変化した。
遠くに用意してあった服と制服を入れ替えたのだ。
そして、服のあとは右手が発光する。
光が収まったあと、レオナの右手には細身のレイピアが握られていた。
そのレイピアはただのレイピアではない。
ラピスを埋め込まれた戦闘用のギアなのだ。
通称はアームド・ギア。
その刃も本物だ。
動きやすそうな格好へと一瞬で着替えたレオナを見て、美咲は羨ましそうに声をかけた。
「便利ですよね。その魔法」
「魔術でも再現できましてよ。ラピスを1つ余分に持ち歩く必要がありますけれど」
「魔術と魔法のハイブリットか。なるほど、どうして貴族がこんな学園にいるのかと思っていたが、そういった理由か」
ローガンはレオナの魔法を見て、感心したように呟いた。
通常、魔法を使える者は魔力を外に放出するのは得意だが、物に伝えたり、体内で魔力を使用することは苦手だ。
一方、魔法が使えない者は外への放出は苦手でも、物に伝えたり、体内で魔力を使用することは得意である。
魔術師と魔法師。
それはそれぞれ長所を生かしたスタイルであり、どちらにでもなれる可能性を持つ者は稀である。
その稀の中にレオナは含まれていた。
どちらの才もあるゆえに、彩雲学園の教師たちのように魔法師でありながら、魔術の指導もできるという者たちにしか指導できないのだ。
そんなレオナはレイピアを顔の前で構えた。
「行きますわよ。ティルフィング!」
愛剣の名を呟き、レオナは前に出た。
アイコンタクトすら必要なく、美咲とレオナは自分の役割を理解していた。
レオナが前で、美咲が後ろ。
レオナが相対している隙をつき、美咲が攻撃を仕掛ける。
そんな2人の動きにローガンは笑みを漏らした。
ただ、攫うだけではつまらない。
強敵との死闘こそがローガンの求めるモノだった。
レオナは挨拶代わりに真っ直ぐローガンの胸を突きにいった。
フェイントのような小細工はない。
威力と速度を重視した突き。
それをローガンは左手で受け止めた。
「なっ!?」
刃が通らなかったことにレオナは驚愕した。
下手に剣よりもよほど切れ味のいいティルフィングが貫けない。
しかもまるで鉄を突いたような感触にレオナは顔をしかめた。
獰猛な笑みを浮かべたローガンから殺気を感じて、レオナは咄嗟に後ろに下がった。
一瞬のあと。
先ほどまでレオナがいた場所をローガンの右腕が通り過ぎた。
距離を取ったレオナは、ティルフィングの剣先を見る。
折れたり、欠けたりはしていない。
それに一安心しつつ、ローガンの両腕を見た。
どす黒い色に変色した両腕。
さきほどまでの深い赤とは違う。
魔力を一点に集中したときに起こる体色変化だ。
レオナは何事にも例外はある、と知っていた。
その代表例が自分だからだ。
魔法師は体内で魔力を操ることを苦手としている。
けれど、例外もいる。
「魔力強化……」
「察しがいいな」
魔力を一点集中して、その部位の力を高める戦闘術。
鉄のような感触に納得のいったレオナは、それでも笑った。
魔力を“一部”に集中するということは、他が疎かになるということだ。
≪ホーミング・バレット≫
レオナは美咲の呟きを聞いて、更にローガンから距離を取る。
計12個もの球体が変幻自在の動きで、ローガンへと向かっていった。




