閑話 愛の週 並んで刻む その音は
本日2025年2月15日に『異世界で 上前はねて 生きていく』コミカライズ第十巻が発売されます。
皆様のおかげでシリーズ累計百万部を突破したそうです、本当にありがとうございます!
この話に出てくるのは『第42話 リハーサル 好きになれない その響き』などに登場する楽隊の子たちです。
街にはらはらと細かい雪が降る中、マジカル・サワディ・グループの職員たちはまた社長であるサワディ・スレイラの思いつきに振り回されていた。
「戻りましたー」
朝からまるで重さの変わらない販売屋台を引いて中町の営業所に戻ると、暖炉の前には楽隊時代からの大親友であるアルプが座っていた。
昔は私が大太鼓、彼女が小太鼓で楽団を支えていたものだ。
そんなアルプはこっちを見るなり立ち上がってやって来て、暖炉の前の柵にかけてあった乾布で私の髪と尻尾を拭いてくれた。
「おつかれムハラ、そっちはどんぐらい売れた?」
「二個ぐらい、アルプの方は?」
「一個も売れてないよ~、いきなり『愛の週間バレンタイン』なんて言われてもね~……」
そう、バレンタイン。
うちの社長が先月いきなり思いついて「一週間限定で菓子を売るぞ」って言い出した催し物だ。
各深夜商店や飲食店にも説明の紙看板と一緒に商品が並べられているが、それだけでは周知が足りないと私達屋台組も駆り出されていた。
なんか、チキン副社長から聞くところによると、この催しは娘のラクスさんのために考えたらしいけど……親バカもほどほどにして勘弁してほしいよ。
「肝心のラクス様は上手くいくかなぁ?」
「相手は幼馴染なんでしょ? ラクスさん美人だから大丈夫じゃないかな」
なんでも、ラクス様が「意中の人にどう切り込んでいいか」と悩んでいるというのを聞きつけた社長が『意中の人にチョコレートを渡そう!』という催し事を起こしたそうなのだ。
いきなりチョコレートとやらの開発をやらされた商品開発部のハントさんと、外部顧問のシーリィさんはしばらく死にそうな顔をしてた。
まぁ社長も、その懲罰としてチキン副社長に命じられたロースさんから関節技をかけられてたから、さすがに反省……するかなぁ?
アルプに頭を拭かれながらそんな事を考えていると、営業所のドアが開いてびゅうっと寒風が吹き込んできた。
寒さと共に風のように飛び込んできたのは、郵便部の有名人である『韋駄天』のカクラだった。
「二人ともお疲れ様っ! そっちは売上どう?」
「全然、カクラは?」
「郵便部は配達しながら営業するとか言ってなかった?」
「バッチリだよ、補充に来たの! 客の殿方たちに『恋文と一緒にチョコレート届けよっか?』って営業かけたらもうバカ売れでさぁ」
「あー、そういう手もあるのかぁ……」
カクラは郵便部でも成績がいいと聞くけど、それもやっぱりこういう機転が利くからなんだろうなぁ。
「西町の方では試供販売ってのをやってるらしくて、何箱か開けてちょっとずつ客に食べさせながら売ってるらしいよ」
「そういうのもアリかぁ」
黒い石みたいな見た目はともかく、味自体は悪くないもんね。
油と砂糖の量は凄いけど、わざわざ南方から買い付けたっていう……チョコ豆だっけ? のおかげかちょびっと苦くてくどくないし。
どうしたものか……と考えていると、アルプに顔を覗き込まれる。
「ねぇムハラ、あたしたちも何かやる?」
「え? うーん……たしかにあんまり売れないとやっぱ賞与の査定にも響くかなぁ」
「元楽隊の二人ならさぁ、演奏して人を集めるとかできるんじゃない?」
「演奏かぁ……」
綺麗に箱詰めされたチョコレートを鞄に詰めながらカクラはそう言うが、今でも個人的に小さい楽団をやっているアルプならともかく、私はさすがに厳しいかな。
上を向きながらそう思考を巡らせていたところで、視界の端でアルプが目をキラキラさせてカクラの肩を叩いたのが見えた。
「カクラぁ! それってすんごくいい! たしかに、屋台の近くで演奏すれば人を呼べるじゃん!」
「え」
「あー、なんで気づかなかったんだろう? ね、ムハラ、そうじゃない?」
アルプはそう言いながら一人でウンウンと頷いている。
やっぱり雪の中、外で売れない菓子を売るのは彼女にとっても辛かったんだろうな。
「ムハラも一緒にやろうよ! 楽器ならすぐ取ってこれるし」
盛り上がっている所申し訳ないんだけど……今すぐにってのは厳しいかな。
「いや私とアルプ、太鼓と太鼓じゃん。そもそも私、もう十何年も楽器には触ってないし……」
「そっか、じゃあムハラは売り子をやって! みんな演奏してたら売る人がいなくなるし」
「それなら、まぁ」
なんだかアルプはどんどんその気になっているみたいだ。
呼べそうな人の数を数えているのだろうか? 指を折りながら何かをぶつぶつと口に出す。
そして、よしっ! と声を出してから、私の肩を叩いた。
「じゃあムハラ、私今日のうちに他の営業所の元楽団員にも話通してくるから、明日の朝一に中町営業所集まりね」
「えっ?」
「私行ってくるから!」
アルプはそう言って、まるで今隣りにいるカクラのような脚の速さで飛び出していった。
しかし、演奏ね……
奴隷解放が行われ、企業化してもなおマジカル・サワディ・グループの音楽隊は残ったけど、あの子たちは今駐屯地回りの巡業に出てるはず。
とすれば集められるのは、私みたいな元楽団員だけだろう。
明日かぁ……そんなに急で本当に大丈夫なのかな?
結局翌日、中町の営業所に集まったのは、なんとも言えない面々だった。
まず売り子の私、洗濯板叩きのアルプ、笛吹きのシーナのシェンカー音楽隊一期生三人。
それと、アルプの楽隊仲間の南部琴弾きのシトゥ。
そして最後に、社長が昔買ってきた音楽家の中の一人らしいお爺ちゃんと、その生徒の歌劇団員だ。
「なんとも纏まりのない……」
「まぁまぁ、とりあえずやってみよ!」
もうアルプは朝からやる気満々。
昨日のうちに許可を貰ったという双子座の近くの公園に移動して営業開始だ。
演目は我らがシェンカー歌劇団の初演作『もう遅い』の劇中歌。
もちろん楽器はまるで足りてないから、最初に音楽家の先生が大まかに譜割りをして、しばらく練習をしてからの演奏だ。
鉄の爪で叩かれるブリキの洗濯板が律動を刻み、高速で分散和音を鳴らす南部琴が形を作り、横笛が旋律を奏で、そうしてギリギリ成り立った曲の上に歌が乗る。
もちろんトチったり遅れたりもあるが、歌手の基礎力があるからそこそこ聴けるという感じだ。
そんななんとも言えない急ごしらえの楽隊だったけど、劇場近くという立地もあってか演奏を始めてからすぐに人が集まってきた。
一曲演ってはバレンタインの説明を加え、私は次の曲の間に屋台から飛び出してチョコレートを売りまわる。
次の歌という引きを持って説明をしているからか、聴衆も皆しっかり話を聞いてくれ、一人でやっていた昨日とはまるで売れ行きが違う。
「バレンタイン週間ですよ、愛する人にあまーいお菓子をプレゼントしましょう!」
「姉ちゃん、そのバレンタインって何?」
「知りません!」
社長は「愛の聖人の名前だよ」とか言ってたけど、そんな居もしない聖人の話は広める方が問題だと思う。
とにかくこの日は昼休憩を挟みつつ三十個ほど売って、夕方前にはさっさと撤退した。
正直言ってこのバレンタインって催しは大失敗だと思うけど、まぁ社長はこういう細々とした失敗を挟みつつ時々本塁打を打つって人だからしょうがないか……
翌日も演奏販売のために営業所前に集まったのだが、昨日よりも人が増えていた。
歌手は昨日と別人の歌劇団員に変わっているが、音楽家のお爺ちゃんは変わらず参加。
追加人員はアルプの楽隊仲間から低音琴弾きのンロマナ。
そしてシトゥの旦那だという栗毛髪の六弦琴弾き。
マジカル・サワディ・グループの外の人をこんな事に付き合わせていいのか? とも思うが……まぁバイト代もいらないというのなら、そこは家庭の問題だろう。
昨日より楽器が増えたからか最初の練習は入念になり、本番を始めても曲を一回やるたびに音楽家から細かい指導が入った。
「六弦琴の君、ちょっと走ってるね」
「え? そうですか?」
「うん、低音琴の横に立ち位置変えて、よく聞いてみて」
まぁその間に私はチョコレートを売りまくるんだけど。
昨日と同じ場所でやっていたからか、幸い見に来てくれる人も増えた。
また「チョコレートが美味しかった」と再び買いに来てくれた人もいて、今日の売上は昨日の倍ほどになったのだった。
その翌日になると、なんとまた人が増えていた。
趣味で提琴をやっていたという子や、アルプから太鼓を教わったという彼女の息子、郵便部の誰かの娘だというラッパ吹きの少女。
歌手も昨日一昨日とは別人だったが、歌劇団員が二人来てくれていた。
音楽家の先生にとっても楽器が増えるのは嬉しい事のようで、彼は行きがけに各自に譜割りの事を細かく話しながら歩いていた。
そうして公園につくと、なぜか蒸留酒の瓶を持った酔っ払いが数人いて、すぐにチョコレートを求められた。
「昨日嫁さんがこれ買ってきてくれたんだけどさ、酒にすげー合うんだよ」
「そんなに合うっていうなら試してみてぇじゃねぇか、なぁ」
「夜までまへるはってんで、ほうして待ってはのよ」
「冬は暇だしなぁ」
体つきから見て、多分冒険者なんだろう。
うちの冒険者組も、冬の間は訓練ぐらいしかしてないからな。
とはいえチョコレートが酒に合うっていうのなら、そういう売り方もできるかもしれない。
私は酔っ払いから少しだけ酒を分けてもらい、チョコレートを舐めながら蒸留酒を舐めてみる。
たしかに、まろやかでちょっと飲みやすくなるかも。
「これ、いけるかも」
「いへるはほ!」
「大発見だー! 俺は酒のつまみ博士だ! んがはは!」
私は盛り上がる酔っぱらいと、練習をしている楽隊を置いてすぐに営業所へ取って返し、蒸留酒を扱う屋台を送って貰うように頼んだ。
そして、その目論見は見事大成功したのだった。
「この甘さが酒をまろやかにしてくれるんだよ、いい組み合わせったぁこの事だ! そこのお兄さん! そうそう! お隣の御婦人も! そっちのお嬢さん方も、試すだけならお代は取らねぇ! ちっと一口食べてみて! チョコレートがあるのは今だけ、今だけだよ!」
酒の屋台を引いてきた仲間が隣でそんな事をがなり立てる中、私は実演販売という形で小さく砕いたチョコレートを配りまくる。
一口食べればもっと食べたくなるという人は多く、酒と一緒にどんどん売れていく。
そして酒を買った人はそれを飲みながら演奏を楽しみ、楽隊もますます演奏に気合いを入れる。
何やら期間限定の美味いものを売っているという噂が人を呼び、人垣ができればそれを目にした人が更に集まり……
いい流れが重なった結果、とうとうこの日は夕方頃にチョコレートが売り切れになったのだった。
そんな大成功の翌日、中町の営業所の前には誰もいなかった。
私とアルプは、そこから互いにチョコレートを満載した屋台を引いて出る。
そしていつもの広場につくと、そこには昨日の倍ほどに膨れ上がった楽団が、入念なリハーサルを行っていたのだった。
なんか、とんでもない事になっちゃったな……
「右の提琴、ちゃんと音聞いて!」
そう音楽家の先生が檄を飛ばす先には、譜面台と紙の譜面まで用意された寄せ集め楽団がいる。
噂を聞いてどんどん集まってきた楽器隊を率いて大張り切りの先生は、とうとう歌劇団から往年の名女優である団長のシィロさんまで引っ張ってきたのだ。
今やトルキイバを飛び出した人気のあるシェンカー歌劇団。
そのトップが歌うという事で、勉強をしに来たのだろうか?
音楽家先生の横には、他にも人気のある役者が数人揃っているようだ。
そして昨日の大盛況に加えて、朝からこんな大勢で音出しをやっていれば話題にならないわけがない。
広場には既に見物人がどんどん詰めかけてきているようだった。
そんな盛り上がりの中、私は隣で屋台の準備をするアルプへ顔を向けた。
「アルプ、楽団に参加しなくてよかったの?」
「うん……昨日はムハラ大変そうだったから。ごめんね、毎日私だけ楽しんじゃって」
「別にいいのに。せっかくアルプが始めたんだから、あっちにいればよかったのに」
「私はもう十分楽しんだから。それに……楽隊は助け合わなきゃね? 一人だけ楽しんでたら、またレオナさんにどやされちゃうよ」
アルプはそう言って、屈託のない顔で笑う。
それは鬼指揮者のレオナさんにボロボロにされながらシェンカー通りで頑張ってた頃の、あの笑顔だった。
そうか……サワディ様の結婚式のために必死で駆け抜けた楽隊は再編されて、私はもう太鼓も叩かなくなっちゃったけど……
アルプはまだ私の事、同じ楽隊員だって言ってくれるんだね。
それがなんだか面映ゆくて、何かを言おうとして、何も言えず。
変わりに、あの頃と同じ街で、同じ並びで、同じ方向を向いて。
同じ笑顔になっていればいいなと思いながら、彼女に笑い返す。
そしてわいわいと合わせをやっている楽隊を見て、自分も続けていればアルプと一緒にあそこにいたのかな……とも考えてしまう。
忙しくて……じゃない、やり切ったから……じゃない。
あんまりにも先が長くて、アルプのように最後まで歩いていけないだろうと思ったから降りてしまった太鼓の道。
それでも、楽しかった気持ちだけは、この胸に残っている。
そして、こうして大人になったからこそわかるのは、たとえ最後まで道を歩けなくても、それで生計を立てられなくても……
続けてさえいれば、またこういう楽しい日がやって来るという事だ。
「最初に戻ってやり直し、か……」
あの頃、二人共上手く太鼓が叩けず半べそをかきながら、指揮者のレオナさんに言われていた言葉だ。
口に出してみれば、どんどん胸に懐かしさが募る。
チョコレートの箱を開ける手に、手から血が出るまで握ったばちの感触がありありと蘇る。
久しぶりに、ちょっとだけでいい……また今度、大太鼓を叩いてみようかな。
「そしたらほんとに、最初に戻ってやり直しだ……」
「何が?」
「なんでもないよ」
その時、アルプは練習に付き合ってくれるだろうか。
そんな事を考えながら横を見ると、なんだか口をムニムニさせた彼女と目が合った。
まぁ、今はこの仕事に集中だ。
そうしてアルプと無我夢中でチョコレートを売っていると、あっという間にバレンタインの期間は過ぎ……
その大成功を以て「年に一週間だけチョコレートが販売されるイベント」としてのバレンタインは定着し、この楽団の演奏と共に酒とチョコレートを売る催しも、私たちが始めたあの楽団のように……長く長く続いていく事になるのだった。
昨日はチョコの変わりに脂が甘い二郎系を食べました





