戦場のリアリスト-10-
戦闘開始早々、アムダが飛び出す。
歌うように魔術を紡ぐ。
「剣よ。我が剣よ。
其は玉響の如き小さき光、されど極天を貫かん。
なれば我が問いに答えよ。
曰く、汝に届かぬもの、ありやなしや。
天地鎖す極光――ティル・ハーラ」
アムダの言葉に導かれ、神剣が現れる。
これがアムダの持つ第六の神剣だろう。
刀身はまるで光で出来ているように輝きを放っていた。
「では参ります」
アムダが勢いよく飛び出し、それにバシュトラも続く。
二人が躍るように、巨人と化したアカツキに向かい斬撃を繰り出す。
虫を払うようにアカツキが腕を振るうが、しかし二人には届かない。
アムダの光神剣が確実にアカツキの体を切り刻む。
「よし、こっちも全力でいくわ」
そう言うと奏も虚数魔術式を起動していく。
ウルスラに届けてもらったサイコンピューターを使い、魔術の深淵を開く。
幾つもの砲門を召喚し、一斉に砲撃を仕掛ける。
爆炎がアカツキの巨体を覆う。
煙の合間からアカツキの右手がこちらを向く。腕はいつの間にか巨大な砲を模っており、砲口には光が収束していた。
「来るぞ!」
掛け声と同時に放たれたレーザー光は、俺たちの間を掠め、さらには要塞の壁を切り裂いた。
当たれば痛みも感じずに消滅するレベルだろう。
もっとも当たらなければどうという事はないがな。
俺は携行用ロケット砲弾であるRPG-7を構え、アカツキへとぶっ放す。
足元に着弾し、アカツキはその巨大な体をぐらりとふらつかせた。
その隙に、おっさんがアカツキへと飛びかかる。
「ふんっ!」
バランスを崩したアカツキに、おっさんが拳を振るう。
四人の英雄たちの攻撃は、まるで一つの生命のようにリンクしていた。
「なるほど、確かに素晴らしい」
いつの間にか俺の隣にいたウルスラがぽつりと呟く。
「どういう意味だ?」
「特に打ち合わせもせず、これだけ息の合った攻撃が出来るのだ。心が合っているという事だろう」
なるほど。何度も共に修羅場を潜り抜けた俺たちだ。
意識せずとも互いの事が分かるようになってきているのかもしれない。
たとえ巨大化したアカツキであっても、全員揃った俺たちの相手ではない。
アカツキがよろめき、建物に倒れ掛かる。
「そろそろ終わりにしようぜ」
俺は片手を上げる。
先ほど、アカツキを倒した時に得たポイントは3000ポイントほど。
それをすべて注ぎ込み、俺はアクションを使用する。
―― BGM-109 "Tomahawk" incoming ――
アクション使用と同時に、遠く西の空に光が輝く。
それは巡航ミサイル"トマホーク"。
翼とジェットエンジンを持ち、飛行機のように空を飛び目標に突き進むミサイル弾である。
俺の呼び出したトマホークは米海軍で実戦配備されている巡航ミサイルであり、通常は艦や潜水艦などから発射されるものだ。
光の尾を引いた一撃必殺の弾頭が、真っ直ぐにアカツキへと襲い掛かる。
今のヤツに理性があるのかは分からない。
だがアカツキは自分に向かって突き進む亜音速の弾頭を、ただ眺めているだけであった。
「今度はゲームでやろうぜ……じゃあな」
その瞬間、死の弾頭がアカツキに直撃し、大爆発を引き起こした。
一瞬世界に光と音が溢れ、その次には爆風が、離れていた俺の所へも届く。
砂礫が頬を掠める。
そして、荒れ狂う爆音が消えた時、そこには何も残っていなかった。
魔神アカツキがそこに存在していた証も何もかも、すべてを吹き飛ばした。
「……終わったわね」
「ああ」
隣にいた奏が優しく微笑む。
いまだに全身が痛むが、どことなく心地よい痛みでもあった。
アムダたちも武器を納め、こちらにやってくる。
「今回も何とか勝てましたね」
「……やったね」
バシュトラもどこか嬉しそうにブイサインを作った。よく知ってたな。
思わずその場に倒れ込みそうになったが、俺の体を背後にいたおっさんが支える。
「ああ、ありがとう」
おっさんに礼を言い、俺は仲間たちを見渡す。
「よし、それじゃあ……」
「ちょっと待ってください」
続けようとした俺を、アムダが制する。
同じようにバシュトラたちも視線を厳しく、周囲に向けた。
何だ、と思った次の瞬間、要塞から現れた兵士の一団が俺たちを取り囲んだ。
そうだ、忘れていた。
ここは敵地のど真ん中だったんだ。
「……まだ終わりを宣言するには早かったみたいですね」
剣を構え、牽制するようにアムダが告げる。
一気に突破するか。そう考えていた時だった。
「そこまでだ」
凛とした声が告げると、兵士たちが槍を下ろす。
そして取り囲んでいた兵士の一団が道を開け、そこから一人の女騎士が現れた。
俺たちもよく知る人物。
「ファラさん!」
俺の呼びかけに、銀凜騎士団の隊長であるファラさんが薄く笑う。
そして配下の兵士たちに二三声を掛けると、彼らは要塞の各部へと散っていく。
「さて、久しぶりだな……と呑気に会話をしている場合ではないか」
「…………」
ファラさんとは城塞都市トリアンテを脱出した時に別れて以来ではあるが、魔神オルティスタの精神操作で、俺たちとは敵対していたはずだ。
もっとも彼女自身は精神操作を受けていないようで、俺たちの事を覚えていてくれてはいたが。
「ついて来い。色々と話もあるだろう」
「……俺たちと戦わなくてもいいんですか?」
「今はそれどころではなくてな」
背を向け歩き出したファラさんに、俺たちはついて行く。
戦いの影響でアグラ要塞はあちこちが破損していた。
先ほどのアカツキのレーザー光線に加え、俺の放ったトマホークで、要塞はボロボロだ。少しだけ罪悪感があった。
「ファラさんはなぜこちらに?」
歩きながら奏が尋ねると、彼女は少しだけ視線を動かして答える。
「お前たちが亜人領に向かってから、こちらも色々とあってな。早い話が左遷のようなものだ」
自嘲気味に彼女は呟く。
確か、彼女は良いところの貴族の出身だったはずだが。
俺の考えを察したのか、彼女が続ける。
「私の父が倒れてな。ゾラン卿を覚えているか?」
「確か……」
俺たちがこの世界に飛ばされ、第一の魔神を倒した後、トリアンテの王城に行った時、俺たちを偽の勇者だとなじった大臣だったか。
「父という政敵が倒れ、トリアンテの国はゾラン卿に牛耳られている。
陛下もお体を悪くしているようで、ここしばらくは顔を見せられてはいない」
「マジかよ」
あの嫌味ったらしい野郎が我が物顔をしているなんて、聞いててぞっとする話だ。
「そして教会も亜人との戦いに乗りだし、我が国もそれに参加する事になった訳だ。
このアグラ要塞も、その前線基地の一つでもある。
そして私もこちらに飛ばされてきた訳だ」
もっとも、この被害では要塞としての役目は果たせんだろうがな、と彼女は付け加える。
「じゃあ戦争が始まるんですか?」
奏の質問に、ファラさんは小さく頷いた。
「南方の亜人領と北方の人間領の間に広がるガルザス大平原。
百年前の戦争でこの地に建てられた亜人族の最終要塞、ヘルモンドゲート。
オーク族が既に要塞の魔導砲を起動したという報告を受けた」
かつて第三の魔神と戦った時は人間側の持つ魔導砲を使い、魔神を倒したのを思い出す。
確かヘルモンドゲート要塞に備えられた魔導砲はそのオリジナルであり、威力も凌駕しているという。
「亜人との全面戦争ともなれば要塞攻略は避けて通れない。あれが存在する限り、我々は大軍を率いて南下する事が出来んからな」
「つまり今からそのトンデモ要塞に戦いに行くって事なのか?」
「そういう事だ。そして改めて貴公らに頼みたい。我々と共に戦ってもらいたいのだ」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺たちは教会に追われているんですよ」
「知っているさ。貴公らがオーク族と親交がある事もな。
だがそれでも貴公らの力を借りなければならないほど、事態は逼迫しているんだ」
「…………」
少し考えさせてください。
俺がそう言おうとしたその時だった。
「隊長!」
声を上げて一人の兵士がこちらへと走ってくる。
その表情には鬼気迫るものがあった。
「どうした、何があった?」
「前線部隊より連絡が。ヘ、ヘルモンド要塞が……動きました!」
「なんだと? もう魔導砲を起動したというのか」
眉をひそめるファラさんに、しかし伝令の兵士は首を振る。
「違います! 動いたんです!」
「だから魔導砲を起動させたんだろう?」
どこか噛み合わない会話だったが、伝令兵は再び目を見開き、驚愕の事実を伝えた。
「ヘルモンド要塞に足が生え、歩き始めました!」
同時刻。
ヘルモンド要塞には多数のオーク兵が集結していた。
彼らの多くは敬愛する王子が襲われ、殺気立っている。
「報告。ガルザス平原北部にニンゲンの軍勢を確認しました」
「うむ、ご苦労」
見張りから報告を受けたオーク族の将軍は鷹揚に頷いた。
司令室には将軍の他、数名の兵士が居並ぶ。
「旗印から城塞都市トリアンテを中心とした隊のようです」
「連中の軍勢は混成軍だろう。どうせプリエスト帝国の言いなりだ」
どれだけの軍勢を揃えたところで、このオズモンド要塞を突破する事は不可能である。
百年間、一切の侵入を許した事のない不落の要塞。
それこそが、亜人たちが今まで戦い続けられた理由の一つだ。
「魔導砲はいつでも使用出来るようにしておけ。ニンゲンどもに目にもの見せてやろうぞ」
オークの将軍は太った腹をさすりながら笑った。
その時であった。
「なるほどなるほど。これは素晴らしい要塞でござるな。これだけの魔科学を百年前に実用出来ていたのであれば恐れ入る。
げに恐ろしきは亜人の知恵、でござるな」
司令室にオークたちのものではない声が響いた。
将たちが周囲を見回すがどこにも声の主はいなかった。
「誰だ!」
「名乗るほどの者ではござらんが、聞きたいならばお答えしましょう」
その言葉と共に、青色の液体が天井からポタポタと垂れ落ちてくる。
液体はそのまま床で塊を作ると、青い塊を作った。
その塊には、まるで子供が書いたような目や口がついており、それが一応は生命体であるようだった。
「拙者、名をスラ左衛門と言う。なぁに、ちんけなスライムでござるよ」
「スラ……ざえもん?」
オークたちはいきなり現れた謎の生命体に、顔を見合わせた。
それもそのはずだろう。
彼らの住むこの世界には、スライムという奇妙な生物は存在しないのだから。
そうと知ってか知らずか、スラ左衛門と直った青色のスライムは言葉を続ける。
「さて、お歴々の方々。今日はお願いがあって来たのでござる。
拙者、見た目通りのゆるかわ系でござるゆえ、争い事は不得手でござる。
そこでどうだろう。ここは拙者に免じてこのヘルモンドゲート要塞を譲ってもらえぬでござらんか?」
突然の来訪者の言葉に、オークたちは言葉を失う。
しかしいち早く混乱から立ち直ったオークの将軍が声を荒げた。
「何者かは知らんが馬鹿な事を。ここは我らオークの……いや、亜人の誇り!
貴様のような輩に渡すなど、馬鹿も休み休みに言うがいい!」
将軍の言葉に、他の兵士たちもスラ左衛門に対し罵声を投げかける。
「ううむ。そこを何とかお願いしたいのでござるが。拙者、こう見えても殺さずの誓いを立てておるのでござるよ」
「黙れ! この訳の分からんヤツを叩き潰せ!」
スライムの言葉には耳を貸さず、オークの兵士は手にした斧を振り上げると、そのままスラ左衛門へと叩きつける。
ペチャリ、と青い色の塗料が周辺に散らばった。
並の生命体であれば、もちろん生きているはずもない。
だが――
「やれやれ。こうして拙者が頭を下げてお願いしているというのに、このような仕打ちはあんまりではないでござらんか?
もっとも、下げるほどの頭もないのでござるがな、ふはは」
「なっ!?」
潰したはずのスラ左衛門の声が聞こえてくる。
「仕方ないでござるな。拙者のお願いを聞き入れてもらえないのであれば――――死んでもらうか」
それは言葉と同時であった。
要塞の床が激しく揺れる。いや、床だけではない。壁や天井も何もかも。
オークたちは立っている事も叶わず、机や椅子にしがみつく。
だが揺れはますます強くなっていく。
「じ、地震か!? だがこれほどの大きな揺れは……」
パニック状態にある中、声だけが悠々と響く。
「ああ、そういえば一つだけ訂正しなければいけないでござる。
先ほど要塞を譲ってくれと言ったのは誤りでござる。
正確には、既に頂戴した、と言うべきであったな」
「なん、だと?」
「拙者のこのラブリーな肉体は、荒事には向かないのでござるが、しかしちょっとした隙間さえあればどこにでも入り込めるという特技があるのでござる。
それを使えば、この要塞の心臓部に侵入し、拙者の物にする事など朝餉前でござるよ」
スラ左衛門の言葉に、オークの将軍の顔色が変わる。
「まさか! 要塞の魔術結晶に侵入したと言うのか!」
「そのまさかでござるよ。既にこの要塞は拙者の意のまま、手足と同じ。
拙者が望めば、ほらこの通り」
その刹那、司令室の壁の一部から突然、無数の針が飛び出した。
そこにいたオークの兵士が針に貫かれ、そのまま絶命する。
さらに天井が崩れ落ち、下にいた兵士が押し潰される。
次々と起こる殺戮に、オークたちの悲鳴が反響する。
「今からこの要塞内部にいるオークは皆殺しにするでござるよ。
でもまあ仕方のない事でござる。
拙者、こう見えて慈悲深いでござるからな。楽に死ねるように配慮はするでござるよ」
「き、貴様! 一体何が目的だ……」
呻くような将軍の言葉に、スラ左衛門は笑いながら答えた。
「なぁに、目的は貴殿らと一緒でござる。
人間と亜人の戦争、それだけでござるよ。
ただ――――人も亜人も何もかも、残らず皆殺しにするってだけの事だ」
その言葉を最後に、司令室は崩れ落ち、オークの将軍たちは死亡した。
それと同時に、ヘルモンド要塞内部にいたオークの兵士たちは同じように惨殺される。
無人となったヘルモンド要塞は、地響きを立てながら動き出す。
まるで蜘蛛のような脚が生えた要塞は、静かに立ち上がる。
土煙の中、ただひたすら巨大な威容。
百年間侵される事のなかった要塞は、たった一体のスライムによって奪われたのであった。




