その夜を越えて
「あれが、オーク領の首都ハークランドですね」
旅の同行者ドーンが指示した先に、その街はあった。
まだ少し距離はあるが、かなり規模の大きい街のようだ。
人間領で見た都市国家にも匹敵するだろう。
単純な領地面積だけ見れば、大陸でも随一だと言うオーク領だ、首都もやはり大きいな。
「さて、どうしたもんかな」
馬上から俺は奏に尋ねる。
「まあ、このまま突っ込んでも捕まるだけよね」
「そうなると、潜入するのか?」
「そもそも、あたしたちの目的は人と亜人の戦争を止める事よ。下手な小細工をしてもしょうがないわ」
平和的な解決策を求めるのに対し、潜入だとかはいささか荒っぽい。
ここはきちんと名乗ってオークの王に面会を求めるべきだと彼女は言う。
まあそれが正攻法ではあるが、果たして大丈夫なのか。
「ドーンの知り合いはあそこにいるのか?」
「ええ。オークの商人です。彼に頼めばまあ商取引くらいは行えると思いますが……」
となれば、ドーンと街で別れる事になるか。
そんな事を考えていた時だった。
首都の方からこちらに近づいてくる一団が見えた。
何だろう、と目を凝らすと、それはオークの騎馬隊のようだった。
「この展開、前にも見た事あるな……」
「最初に捕まった時ですか? そういえばそうですね」
「最初の魔神を倒した時よね」
そしてそのまま牢獄にぶち込まれたんだが、そこは忘れよう。
そうこうしている内に、オークの一団は俺たちの前までやってくる。
騎兵の数はざっと百騎ほど。
オークの巨体に負けず劣らず、巨大な馬だ。品種改良でもしているのか、それともそもそも俺の知る馬とは別の動物なのか、そこは分からないが。
先頭の、おそらく隊長と思しきオークが俺たちを見定め告げる。
「……お前らが、我らが領地に入り込んだニンゲンだな?」
「まあ、そういう事になるか」
「あたしたちは争う意思はありません」
奏の言葉に、オークの一人がブヒヒと笑った。
「ふん、愚かなニンゲン。我らが王がお前らに会いたいとおっしゃっている」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせる。
コボルト族の村で、オークの王はたしか、十氏族の一人と聞いた事があった。
俺たちが会おうと思っていたのもオークの王だ。
これは好都合、と思ってもいいのか。
「……とりあえず、会ってみるか」
「そうね。向こうから会いに来てくれた以上、そうすべきじゃないかしらね」
「罠かもしれませんよ?」
アムダはそう言うが、しかし不敵な笑みを浮かべている。
まあアムダも同じ気持ちなんだろう。
「罠だったら、罠ごとぶち破るさ」
「……なんか、最近、荒っぽいわね、あたしたち」
「荒んでますね」
「それも悪くはあるまい」
「豚さん……」
全員の同意が取れた、と解釈して、俺たちはオークの王と会う事になった。
旅の同行者であったドーンに振り返る。
「ドーンはどうするんだ?」
「ええと、私は知り合いの商人のところに向かいます」
「そうか。短い間だったけど、世話になったよ」
「いえいえ、こちらこそです。それに――」
ドーンは悪戯っぽく笑って、俺たちにこう告げた。
「多分、近いうちにまた会う事になりますよ」
オークの騎士に連れられて、俺たちはオークの城へと踏み入る。
当たり前の事だが、このオークの街にはオークしかいない。
右も左もオークの姿。
コボルト族の集落とは規模が違っていて、かなりの数のオーク族が存在していた。
「ほう、貴様らが噂のニンゲンか……」
玉座に座るオークが、俺たちを見るなりそう呟く。
他のオークよりも一回り以上大きなオーク。
こいつが、オークの王にして、十氏族の一人、《強欲》のスプーキーだろう。
カーヴェイさんは、「油断ならない男」と呼んでいた。
「俺たちに用があると聞きましたが……」
「ふん、小汚いニンゲンに朕が用などないわ!」
朕、ときたか。
基本的に俺たち謎の力で言語を自動的に翻訳されているらしい。
奏が暇な時に、俺たちの言語と、こちらの世界の言語の差異とかを調べていた。
ただ、どういう理屈で言語が翻訳されるのかまでは突き止めれなかったと悔しそうに言っていた。
基本的に、学者肌なんだろう、奏は。
ともあれ、時代錯誤に尊大な物言いのオーク王に対し、あまり良い印象は無い。
「ではどうして?」
「教会が追っておるニンゲンとやらに興味があっただけだ。それに、コボルトからの文もあったのでな」
「カーヴェイさんが?」
「貴様らニンゲンが朕に会いに来るとな。ふん、そうでなければ、誰が貴様らなどと会うものか」
オーク王の物言いは全体的に刺々しい。
俺たちに敵意があるのは、さすがの俺でも理解出来た。
「オークが人間領に向かって宣戦布告したと聞きましたが?」
「その通りである」
「それは……どうしてですか?」
言葉に詰まった俺は、直球で聞く事にした。
どうせ飾ったところで、こちらを敵視している相手だ、意味はないだろう。
「どうして? ふん、おかしな事を聞く。先に手を出してきたのはニンゲンの方だ!」
「人間が?」
「リザードマン族を襲い、コボルト族を襲い、そして今、朕の命を狙っておる!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
激高する王様に対し、俺は口を挟む。
「それは魔神の仕業だ」
「では聞くが……ニンゲンどもは何も関係ない、とでも?」
「……それは」
俺は列王会議で見た、魔神オルティスタを思い出す。
あいつは人間の国の中枢に潜り込んでいた。
まるで無関係ではないだろう。しかしそれを説明しても、オークの王に理解してもらえるかどうか。
「……ぶひひ、出来まい。もしこれが魔神の仕業だとするならば、ニンゲンは愚かにも魔神と手を組んだ事になる。
ぶひ! 魔神などというものが存在すれば、の話だがな!」
「なんだって?」
「魔神など、ニンゲンが作り出した虚構に過ぎない。魔神がやったから、自分たちは関係ない。そう言って、朕らの力を奪うのが目的であろう」
どうやらオーク族は、魔神という存在そのものを信じていないようだ。
それも仕方ないか。
魔神は今まで、ずっと人間領にばかり出現していた。
彼らにしてみれば、作り話にしか思えない出来事だろう。
「魔神は存在します。先だってコボルト族を襲ったのも魔神でした」
「カーヴェイの間抜けもそう言っておる。だが、朕は騙されぬぞ」
「そんな……」
奏の説得にも応じない。
ここは一旦引き返した方がいいか、そう思った矢先だった。
「――だが、貴様らが優れた力を持っているのは、認めてやろう」
「……どういう事だ?」
「先日、哨戒中の兵士が襲撃を受けたと報告を受けた。見えないところから、何やら不思議な武器で攻撃された、とな」
「…………」
にやり、と豚の王は笑みを浮かべる。
その外見に似た、醜悪な笑い方だ。
「聞くところによると、貴様らは、異世界から来たそうだな」
「それが何か?」
「ぶひひ! その力、朕の為に使うのだ!
さすれば我が兵を傷付けた事は不問に処してやろう」
まるで悪の大魔王みたいな事を言うオークの王。
しかし、魔神は信じてないくせに、俺たちが異世界から来た事は信じるんだな。
「嫌だと言ったら?」
「その時は……こいつがどうなるか」
オーク王スプーキーは顎で臣下に何かを指図する。
兵士の一人が奥へと引っ込み、再び現れた時、人間を一人、伴っていた。
それは俺たちがよく知っている人物だ。
「いやぁ、本当にすぐに会えましたね」
「ドーン、どうして……」
「こいつは人質だ。もし貴様らが刃向うのならば、こいつの命は無いと思え」
卑怯な野郎だ。
だが、それ以上におめでたい頭をしている。
人質を一人取った程度で、俺たちを止めれると、はたして本当に思っているのか。
その気になれば、人質を助けながらここの連中を全員倒す事など造作もない。
だが――
「……今は駄目よ」
咄嗟に銃を抜こうとした俺の肩に、奏が手を置いて囁く。
彼女の瞳は、諦めたというよりも、何かを考えているような、そんな目だ。
だから俺も、そしてアムダたちも暴れるのを止める。
「……ぶひ、観念したか。しばらくは牢の中で誰についた方が得か、考えるのだな」
なんだかんだで結局牢獄行きらしい。
「これでどうだ!」
「……ふむ、ではこう動こう」
「え、マジで?」
「……これで、王手飛車取り、だな」
「ま、待った!」
「シライさん、待ったはこれで三回目ですよ」
隣で盤面を見ていたアムダが言う。うるせぇ、俺のシマじゃ三回まで待った有りなんだよ。
「しかしまあ、もうおっさんに勝てる気がしねぇわ」
「ふっ、シライの教え方が上手かったんだろう」
「そう言ってもらえると、教えた甲斐があるけどね」
俺たちが今いるのは、何を隠そう、オークの国の牢獄である。
あの後、結局牢にぶち込まれた俺たちは、前と同じく暇を持て余していたのだった。
仕方なく、奏に頼み込んで、将棋セットを出してもらったのである。
もちろんおっさんもアムダも将棋に関しては素人なので、俺が一から教えてやった。
最初は、現代知識チートもとい棒銀戦法によって俺が初心者狩りを行っていたのだが、数戦もしている内に、おっさんがコツを掴んだのか、ほとんど勝てなくなってしまった。
「でも、面白いゲームですね、将棋って。倒した相手を使えるんですから」
「そういやそうだな。チェスだと使えないし、その辺が騎士道と武士道の違いってところか」
ちなみにアムダの世界にはチェスに似た遊戯があるみたいだ。
ルークやビショップの他に、ウィッチとかペガサスナイトとか、そんな駒があるらしいが。どう動くんだ?
「奏もやるか?」
「別にいいわよ、あたし将棋よく分かんないし」
「珍しいな、奏先生の知らない事があるなんて」
奏はと言うと、部屋の隅で本を読んでいた。
「それ、こっちの世界の本か?」
「ええそうよ。この世界の歴史書、みたいなものかしらね」
「読めるのか?」
言葉は翻訳されるが、文字は翻訳されない。
だから、俺たちは会話は出来るのだが、読み書きに関してはまるでお手上げだった。
「こっちに来て結構経ってるし、簡単な文章くらいなら読めるわよ」
「……これだから頭の良いやつは」
語学の単位が怪しい俺には、羨ましい限りだ。
ただFPSゲームってのは日本語翻訳もされてないものも多いから、必然的に英語の読みは上手くなった。
まあ日常で使いそうにない言葉ばっかり覚えたが。
「そういや、さっきのアレ、どういう意味だったんだ?」
「アレ?」
「オークに捕まる時、今は駄目って言ってただろ? 何か策でもあるのかなって」
「まあ、無い事も無いけどね」
そう言って、奏は本を閉じる。
そして俺たちを集めた。
バシュトラたちドラゴン三人組も、トコトコとこちらにやってくる。
「実はね、ドーンさんと別れる時に、もしかしたら自分はオークに捕まるかもしれないって、そう言ってたの」
「ああ、そう言えば、何か言ってましたね」
「それで、もし自分が人質になった場合、あるいはあたしたちがオークに捕まった場合は、そのまま待機してくださいって、彼に言われてたのよ」
こうなる事を見越していたのか。
道理で奏が大人しかった訳だ。
「ドーンって、あのひ弱そうな人間でしょ? 信用出来るんですか?」
ララモラは懐疑的な目を向ける。
「まあそれはそうだけど、でも、別に信用出来なかったら自力で脱出すればいいだけよ。
あなたたちの力を借りれば、造作もない事だわ」
「もちろんです! 私とトラ様が力を合わせれば、あんな豚野郎なんてちょちょいのちょいです!」
「ダメよ、ララモラ、はしたない言葉を使っちゃ。豚野郎ではなく、お豚さん、ですよ」
「……それもそれで、どうかと思うが」
「……豚さん」
バシュトラはオーク族がお気に召したのか、割と上機嫌だ。
まあ大人しくしてくれてるならいいか。
こいつが暴れると手が付けられなくなるからな。
「……美味しそうだったね」
「それはさすがにアウトだろ」
「冗談……だから」
えへへ、と笑うバシュトラだったが、しかしその目はあまり笑っていない。
ま、まあ大人しくしくれてるならいいんだ。
「そういう訳で、大人しく捕まったのよ」
「なるほどです。それで、いつまで待てばいいんですか?」
「……うむ」
さすがにそう何日も牢屋の中にいる訳にはいかない。
戦争だって始まるかもしれないし、魔神の連中も何かしら暗躍しているんだ。
そう思った時だった。
牢獄の通路の方から足音が聞こえる。
見張りでもやってきたか、と思ったが、どうも様子が違う。
「……異世界の勇者様方、ですね?」
一人のオークが、俺たちの牢の前に立ち、そう尋ねてきた。
オーク族の見た目はあまり分からないが、声の感じからすれば若い。
他のオーク族に比べると、幾分かスマートな印象を受ける、そんな感じだ。
「そうだけど……」
「私の名はイベル。オーク王スプーキーの子です」
目の前のオークの青年はそう名乗った。
王様の子供って事は、王子様か。
なるほど、確かに気品があるような気もする。
そしてイベルは俺たちに向かってこう告げた。
「あなた方を助けに来ました」




