空色の弾丸-2-
クロフェルと名乗ったエルフの隊長は、鋭い眼光でこちらを見詰めていた。
いきなりの事に、まるで事態を把握出来ていない。
それは奏たちも同じようで、目を丸くしていた。
「あらあら」
ソフィーリアは動じていない。流石である。
「では来てもらおう」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。いきなりどういう事なんだ?」
このままでは有無を言わさず連行されそうだったので、とりあえず状況を確認する。
しかし彼女は眉をひそめ、忌々しそうな表情を見せた。
「ニンゲン風情が……大罪を犯し、さらに白を切るつもりか」
「本当に何も分からないんだ。何か誤解をしていると思う」
なるべく冷静に話す。
その間に、俺は周囲のエルフの騎士たちを確認する。
俺たちを囲んでいるのは全員で6人。目の前の隊長を含めれば7人だ。
おっさんたちの力を使えば、決して武力行使で何とかならない事は無い。
……いや駄目だな。
エルフの戦士のうち、半分が女性のようだ。
確か、おっさんの呪いによって、女性には能力を発揮出来ない。
つまり、この状況で戦えるのは俺と奏、ソフィーリアだけだ。
「……こちらは戦う意思は無い。ほら、武器だって持ってない」
両手を上げて、戦意が無い事を伝える。
まあ武器なんてすぐに取り出せる我が身としては、イカサマ臭いが信じてもらえるならば一番いい。
もしそれでも戦う事になるのであれば……
「ふん、そのような事で信じろと? お前たち下賤なニンゲンを」
下賤って、凄い言われようだな。
しかし彼女の憎しみは俺という個人ではなく、人間全体に向けられているようだ。
「疑われているんなら説明くらい受けてもいいと思いますが」
奏が横から割って入る。
「貴様らも庇うのであれば、共に拘束させてもらう」
「だから説明くらいしろって言ってるのよ。一方的に拘束ってのは横暴じゃない」
「説明だと? 今更そんなものが必要とは思わんがな」
「そっちが勝手にそう思ってるんでしょ。馬鹿じゃないの」
「黙れ小娘が」
そう言うと、クロフェルは右手を奏へと向ける。
掌に、白い光が集まっていく。魔力だ。
エルフの隊長は、魔力光を奏に放とうとしていた。
やばいな。一触即発の雰囲気だ。
「……それ、人に向ける事の意味、分かってるんでしょうね?」
「ほぅ、ニンゲンに私の魔術が理解出来るのか?」
「魔術? そんな原始的な精霊魔術程度を魔術なんて詐称してるのかしら。
本当の魔術が見たいなら、いくらでも見せてあげるわよ」
売り言葉に買い言葉。奏が人差し指をピンと立てる。
やばいやばい。
知らない間にいつ殺し合いが始まってもおかしくない雰囲気だ。
「そこまでだ」
睨み合う二人を制止する声が響く。
食堂入口から、女性がこちらに歩いて来た。
ファラさんだった。
その後ろには、人間の兵士が数名控えており。エルフの騎士たちを牽制する。
「これはクロフェル殿。エルフの隊長殿がかような場所でいかがされたかな?」
「貴様には関係のない事だ」
「しかしこの者らは我が国の客人であります。
勝手な真似をされては、あまりそちらの為にもならないと思いますが」
静かだが、はっきりとした口調で告げる。
クロフェルは舌打ちすると、奏に向けていた手を下ろす。
どうやら開戦は免れたらしい。
しかし相変わらず彼女の殺気立った瞳は、俺を見据えていた。
「もしそいつらを庇うのであれば、たとえ戦になったとしても、我々は許さない。
エルフの民の恨み、忘れぬ事だ」
彼女はファラさんに向かって言い放つ。
これはこれでやばいな。
今度は国家間の問題になってしまう。
「とりあえず全員一旦落ち着こう。俺が行きゃ、それで済むのか?」
「ちょっと何言ってるのよ。暗殺犯って疑われてるのよ」
俺の一言に、奏は俺に対して語意を強めた。
まあ確かに、人殺し扱いは癪に障るが。
「でも、このままじゃ埒が明かないだろうし。
話だけでも聞いておくべきだと思うぜ」
「……それだけで済めばいいんでしょうけどね。拷問でもされるんじゃないの」
「ふん、我々を貴様らのような汚いニンゲンと一緒にされては困るな」
奏の言葉が聞こえていたのか、クロフェルは心外だと言わんばかりだ。
とにかく、こうしていても事態を解決する事は出来ない以上、向こうの話を聞くしかないんだ。
そう説明すると、奏は渋々ではあったが俺の意見を受け入れる。
「分かったわ。その代わり、あたしたちも同行させてもらうわ」
「そりゃまあ、出来れば付いてきてもらえるとありがたいが……」
「そういう事よ。そっちもそれでいいでしょ」
奏はエルフの女騎士に向かって言い放つと、向こうも小さく頷いた。
どうやらこれで一旦の流血沙汰は回避出来たようだ。
「我々が居留している館は三番地区にある。そちらのニンゲンが知っているだろう。
準備が出来たら来るがいい」
そう言い残すと、入ってきたと同じように、足音を殺してエルフたちは退出していく。
ファラさんは部下に何かを告げ、彼らもまた食堂から姿を消す。
後に残った俺たちに、ファラさんは笑いかけた。
「さて、面倒な事になったな」
「笑い事じゃないですよね」
「まったくだ。もしかすれば、再び大陸全土を揺るがす戦争に発展してたかもしれないな」
「……その、何が起きてるんですか?」
とりあえず座り直し、俺はファラさんに尋ねた。
ふむ、と呟いた後、彼女も手近な椅子に腰を掛ける。
「昨夜、エルフの女王トトリエル陛下が城塞都市に入られた。
夜遅くであったが、こちらの警備も万全であったし、何より誉れ高き女王親衛隊がいたからな。
間違いは起きないと思っていたよ」
「さっきの連中か」
「全員が優れた魔術士であると聞いている」
「所詮、古臭い概念魔術に頼った魔術士もどきでしょ」
先ほどの事を根に持っているのか、奏が毒を吐く。
魔術士としてのプライドがあるらしい。
「だが、事件は起きた。
暗闇の中、女王を何者かが狙撃したんだ」
「狙撃……?」
何となく、見えてきたな。
「幸い、女王には当たらず、怪我人も出ていない。
しかし、人間の都市の中で、エルフの王の命が狙われたんだ。
彼女らの怒りも理解は出来るよ」
「で、それで何でシライさんが疑われてるんですか?」
「昨日の夜って言ったら、おっさんたちと酒飲んでたな」
「そうだな」
あれがアリバイになるかは怪しいが、しかしこの食堂で飲んでたんだ。
他に俺たちがいた事を証言してくれる人もいるはずだ。
しかしファラさんは首を横に振る。
「無駄だ。エルフにとって、人間の言葉など届かんよ」
「それは、前に言ってた確執ですか?」
「ああ。エルフというのは排他的な種族とは聞いている。
それに、百年前の戦争以来、人間とはあまり親交していない」
「仲が悪いんだな」
「と言うより、彼らにしてみれば、今も継続した話なんだろうさ。
当時の戦争に従事していた者も、エルフの中には少なくないだろう」
「当時って……百年も前の話だろ?」
「エルフは長命な種族だ。人間の数倍は軽く生きる。
現に今のトトリエル女王は、戦時中に戴冠していたはずだ。
先代のマリスエステラ女王が戦で命を落とし、王女であったトトリエル様が後を継いだんだ」
「今のクロフェルって人も、そうなのかな」
「かもしれんな。エルフの年齢は見た目から分からんのでな。
ああ見えて、百年以上生きているのかもしれん」
そりゃ凄いアンチエイジングだ。見習いたいもんだね。
しかしそうなると、彼女らの憎しみは深いものだろう。
説明すれば誤解は解けるなんて気楽に考えていたが、さてどうしたもんか。
「とりあえず、朝飯を食ってから行こう」
腹が減っては何とやら。
俺は遅い朝食をとる事にした。
ファラさんに連れられ、三番地区にあるエルフたちの逗留している館へ向かう。
三番地区というのは王城にほど近い、いわゆる貴族街となっており、要人たちが多く住んでいる地区だそうだ。
今回のように世界中からお偉いさんが集まった場合は、ここらの館が居留地にあてがわれるらしい。
「入れ」
館の入口にてエルフの兵士のボディチェックを受けた後、俺たちは屋敷の中へと足を踏み入れる。
俺と奏、おっさんの三人に、ファラさんを含めた合計四人だ。
ソフィーリスは宿に残してきている。
というのも、結局アムダたちが戻ってきていない為、伝言役として残ってもらったのだ。
しかしまあ大事な時にいないやつだ、あいつは。
「エルフは今回、100名ほどがこちらに来ているはずだ」
前を歩くファラさんが小声で俺たちに伝える。
なるほど、100人か。
最悪、暴れれば逃げられない事もないってところか。
「この奥に女王陛下がおられる。粗相のないようにな」
「は?」
俺たちを案内したエルフの兵士が、とんでもない事を告げた。
「何で女王様と会うんだ? さっきのクロフェルって人と話すんじゃなかったのか?」
「陛下がお前たちに会いたいとおっしゃっておられる。お前たちごときが本来ならば会える方ではない。
重々理解しておくがいい」
「へいへい」
やんごとなきお方ってやつね。そういうのは苦手だ。
扉を開けて、室内へと踏み入れる。
部屋の中は広く、その奥に一人の女性が椅子に座っている。
金色の美しい長い髪、柔和な笑顔、そして尖った長い耳。
品の良い衣服に身を包み、しかしその纏った雰囲気は圧倒的だ。
女王の周囲には数人のエルフの騎士がいる。その中に、先ほどのクロフェルもいた。
「控えよ。トトリエル女王陛下の御前である」
控えろって言われても、膝でもつけばいいのか?
俺がまごまごしていると、その様子がおかしかったのか、トトリエル女王はくすりと笑った。
「構いませんよ。我々がお呼び立てしたのです。楽にしてください」
「しかし陛下……」
「クロフェル、私が良いと言っているのですから」
「……畏まりました」
先ほどまでは鬼のような殺気を放っていた親衛隊隊長も、さすがに女王様には食って掛かれないようだ。
言われた通り、楽な姿勢で女王に向き合う。
「ええと、この度はご迷惑? をお掛けしたみたいで……
いや、俺が暗殺をしたとかじゃないんで、謝るのもどうかと思うんですが」
「……クロフェル。あれを」
「はっ」
そう言うと、クロフェルが台を抱えてこちらにやってくる。
台の上には一発の銃弾が置いてあった。
これは……ライフル弾か?
「昨夜、私を襲ったのは、そちらです。あなた方はよくご存じでしょう?」
「ええ……まあ」
なるほどな。
手に取って確認するとまさしくライフル弾の弾頭だ。
赤茶けた鉛色の銃弾。
こちらの世界にはまだ存在しえない概念。
だとすれば俺たちが疑われていてもおかしくはない、か。
「でも、どうしてこれが俺と関係あるって分かったんですか?」
エルフの人々がライフル弾を知っているとは到底思えない。
しかし俺の質問に、クロフェルは静かに笑う。
「お前たちの事は各国が注視しているさ。
自分たちが思っている以上に、お前たちは重要人物なのだよ」
つまり監視されているって事か。
……あんな事もこんな事も? なんか変な事してなかったかな。
「それが陛下への襲撃に使われたのだ。言い逃れの出来ぬ証拠である」
「……いや、それは違うな」
手の中でライフル弾を確認しながら、俺は否定する。
ぴくり、と彼女は片眉を上げる。器用なやつ。
「どういう事だ?」
「これは俺が使ったライフル弾じゃないって事だ」
「ふん、そんな戯言、聞き入れられると思ったか?」
「だってこれ、線条痕が刻まれてないしな」
「せんじょ……何?」
エルフたちには聞き慣れない言葉だったらしく、頭の上に疑問符が浮かんでいた。
「線条痕。ライフル銃の銃腔には弾丸を回転して射出する為に、溝が掘られてるんだよ。
放たれた銃弾は、その溝に沿って回転し、そして弾丸にはその痕が刻まれる。
それをライフリングマーク、線条痕って呼ぶんだ。
だが、これにはそれがない」
弾頭は壁に当たった時の衝撃でへこんでいるようだ。
しかしそれ以外の箇所には、ライフリングによる傷は見当たらない。
「それにこれ、弾の材質が変だぜ」
見たところ、7.62x51mm弾のようだが、その材質がおかしい。
俺が使っているのは基本、フルメタルジャケット弾だ。
弾芯を真鍮で覆った一般的な軍用ライフル弾で、その特性は適度に硬く、高い殺傷力を誇る為、強力な貫通性能を発揮する。
もしこのライフル弾が、俺の使っているフルメタルジャケット弾ならば、たかが壁に当たった程度の衝撃で、弾頭がへこむ訳がない。
「後は匂いだな。
昨日使われたわりに、弾丸には火薬の匂いも雷管の匂いもしない」
恐らく、これを利用した人物は、あまり銃兵器に詳しくないんだろう。
銃というものを理解していれば、これらの間違いはすぐに気付くはずだ。
「以上の事から、この弾丸は俺とは関係ない」
しんと場が静まり返った。
長々と説明したわりに、はっきり言ってエルフの面々には理解しがたい話のようだ。
まあそれもそうか。
彼女らにライフリングだのフルメタルジャケットだの説明して、分かるはずもない。
「という事なんだけど……理解してもらえましたかね?」
「……分からん」
「でしょうね」
はぁ、とため息を一つ漏らす。
助けを求めて後ろを見ると、ファラさんも腕を組んで唸っていた。
この人もよく分からなかったらしい。
奏は流石にこんなものは当然でしょと言わんばかりの態度。さすがはミリオタである。
「確かに、貴様が襲撃犯だという確固たる証拠ではないらしい。
だが、貴様が犯人では無い、という証拠ではないはずだ」
自分が犯人では無い事を証明しろってか。
まるで中世の魔女裁判だ。まあ内容的には似たようなもんか。
さて、どうするか。
「答えられないようだな」
「……いや、俺が犯人じゃないって事を証明するものが一つある」
「ほぅ、それは何だ?」
挑戦するような目つきで彼女は俺を見詰める。
だから俺も見返す。
視線の先には――エルフの女王がいた。
「俺じゃないという一番の証拠。
それは、トトリエル女王。あなたが今、生きているという事です」
「なにぃ?……貴様、ふざけているのか!」
怒号が聞こえたが、俺は構わずに先を続ける。
「あんたらの警備体制がどんなもんなのか、俺は知らない。
でもな、俺がもし犯人なら狙撃をミスる事は絶対にありえない。
女王様が生きていられる可能性はゼロだ。
だから今、ここで生きている事が、俺じゃないって証拠になる」
「貴様! 言うに事欠いてそのような暴言!
もはや調べる必要などないわ!
この場にて叩き斬る!」
クロフェルが叫ぶと、掌で魔術を構成し始める。
それに反応し、奏も防衛用の魔術詠唱を開始。
再び一触触発の空気だ。
――それを変えたのは、女王の一言だった。
「止めなさい、クロフェル」
「し、しかし!」
「私が止めよと言った。他に何があるのですか?」
「……申し訳ございません、陛下」
「それにあなた、叩き斬るって言うわりに、魔術じゃないの。
それで斬るつもり?」
トトリエル女王の突っ込みどころは、何となくおかしかった。
部下を窘めた後、女王は俺たちへと声を掛ける。
あれだけ大見得を切った俺に対し、彼女は温和な笑みを見せた。
「よく分かりました。あなたは犯人では無いのでしょうね」
「自分で言うのもなんですけど、あんな啖呵を信用していいんですか?」
「これでも、人を見る目はあるつもりです。
それに――これ以上、事を大きくするのも得策ではありません」
悲しそうに、彼女は告げる。
それはどういう意味なのか。
「あなた方はこちらの世界ではなく、どこか別の世界から来たのだと聞きました」
「ええ、一応、異世界から来たみたいです」
「では、あなた方はこの世界の事を、あまりご存じないのかもしれませんね」
そう言うと、彼女は少しだけ考え込む。
そして――
「少しだけ、私たちエルフの立場を話しておきましょう。
それはきっと、あなたにとっても大事な事でしょうから」
エルフの女王は凛とした声で告げたのだった。




