90話 囚われた記憶 - 封じられた真実と歪められた制度
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「……あの男が、捕らえられた?」
緊急の報せを受けて、アリアは王宮の地下牢へ向かっていた。そこには、かつて敵として名を馳せた謎の男――カシエルが、静かに座っていた。鉄格子越しに視線が交わる。
「来たか、アリア・ソレイユ・アルバート」
カシエルは皮肉めいた笑みを浮かべながらも、その声にはかすかな疲れが滲んでいた。
「あなたが“セリシアを操った張本人”だと聞いた。……なぜ、そんなことを?」
アリアの問いに、カシエルはしばし沈黙した後、ぼそりと答えた。
「必要だった。彼女の能力と立場は、王権側に揺さぶりをかけるための駒だった。それだけのことだ」
冷酷な言葉。だが、アリアの心はすでにそれ以上の疑念に揺れていた。
「……ねえ、カシエル。なぜ“聖女”という存在が、そこまで利用されなければならないの?」
鉄格子越しに、アリアの目が細くなる。
「……教えてやろう。君は、知るべき立場にある」
カシエルの声はどこか重く、記憶の底をたぐるようだった。
「聖女とは、本来、血に宿る力だった。初代キク、娘のサクラ、そしてその娘のユリ……君の母だ。彼女たちは、代々奇跡を生む力を継いできた。だが、王たちはその血を“神の選定”とすり替え、民に幻想を見せた。聖女を“神の言葉を伝える者”に仕立て、己の正統性を飾り立てる道具にした」
「そんな……」
アリアの喉がつまる。
「だがそれだけではない。王たちは“真なる聖女”が一人しか存在しないことに焦りを感じ、力を模倣しようとした。だが、血なき者は聖女にはなれない。……それでも、彼らは諦めなかった」
言葉が、鋭く突き刺さる。
「地下に設けられた“研究施設”……聖女の力を再現するために、多くの者が犠牲になった。セリシアの村、ミストラルも……実験の痕跡を隠すために、焼かれた。君も、その跡を見たはずだろう」
「……そんな……」
胸が苦しい。かつて焼き払われたミストラル村で、アリアとエリオットは再び命の息吹を取り戻させた。そこに刻まれていたのは、あまりに多くの痛みだった。だが、その背景が“聖女の力”を巡る陰謀だったとは……。
「信じていたのに……聖女という存在が、誰かを癒すためにあると……」
アリアの声が震える。視線は、わずかに伏せられた。
「信じろ。……信じるべきは、制度ではない。血に宿る“本物の力”だ。君が継ぐ力は、偽物ではない。だがそれを利用する者がいた、というだけの話だ」
カシエルの言葉は、今度は静かだった。抽象的で不穏なものではなく、まるで償うような響き。
「そしてもう一つ。セリシアには……“君のそばにいた”という理由で、目をつけられた。君がまだ見抜けなかった頃の話だ」
アリアは拳を握りしめた。
「私は、すべてを信じていた。サクラ様も、母も……聖女という存在が、誰かの希望になると……」
「それでいい。疑って潰えるより、信じて立つ者のほうが、強い。……たとえ、裏切られてもな」
皮肉にも、牢の中から発せられたその言葉が、今のアリアを支えていた。
希望は、利用されることがある。
だが、だからこそ、信じる意味がある。
アリアは静かに牢をあとにした。
胸の奥で、小さな炎が灯っていた。
ーーー91話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




