86話 エレノアの追跡 - 真実を繋ぐ記憶の書庫
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地下書庫の空気は冷たく、ひんやりとした石の壁が、長年積もった秘密の重みに沈黙していた。
「……この辺りだ。リリアの記録があるとすれば」
カイルが灯した魔法の灯が、薄暗い書架を照らす。埃にまみれた記録簿をめくるエレノアの手が止まる。
「――あった。リリア・ロウレンツ。一家全員、事故死。出火元は寝室。原因不明」
彼女の声が揺れる。
「……でも、こんな小さな一文だけ。火事で“全員死亡”。それだけで済まされていたの?」
エレノアの脳裏に、金髪で快活に笑っていた少女の姿がよみがえる。リリア。彼女はエレノアの幼い頃の友人だった。アルトリア王国の中庭で、母・エレナの研究の合間に遊び合った少女――商家の娘で、気さくで明るく、温かい家族に囲まれていた。
なのに――なぜ。
カイルが一枚、別の報告書を差し出す。
「こっちは“事故現場に第三者の侵入痕跡あり”とある。王宮の調査記録だ。公には伏せられていたようだな」
エレノアはその文を食い入るように見つめる。
「やっぱり……リリアの家族も、私の両親と同じ……」
喉の奥が詰まりそうになる。父セオドアと母エレナもまた、事故とされていた。だが、あの日――王立魔法塔の一角が爆発し、両親は命を落としたあの現場にも、確かに“外部からの侵入の形跡”があったという記録が残っていた。
思い出すのは、エレノアがまだ幼かった頃。
両親を亡くし、絶望の中にいた彼女の手を取ってくれたのが、父の友人だったオーウェン・アルバート――アリアの父だった。
彼は優しく、寡黙で、だが確かな強さと知識を持つ男だった。古代魔法の共同研究に関わる中で、彼女を保護し、まるで本当の父親のように接してくれた。あの穏やかな数年こそが、エレノアにとって心の支えだった。
だが、その幸せは長くは続かなかった。
「……“君を、これ以上巻き込むわけにはいかない”」
別れの日、オーウェンはそう言った。何かを察したのだ。古代魔法研究が、単なる学術ではなく、何か大きな陰謀に利用されようとしていることを――
エレノアを抱きしめ、ウィステリア王国の女官長に託したオーウェンの手は、わずかに震えていた。
「きっと、また会えるから」
その言葉は、二度と叶うことはなかった。
彼もまた、後に“事故”で亡くなったと知らされた。けれど、遺された記録に残っていたのは、彼の研究室の破壊と、“外部からの侵入痕跡”という共通点だった。
「父も母も、オーウェンさんも……そしてリリアの家族も。皆、同じように“消された”」
エレノアは震える声でつぶやく。目の奥が熱くなる。
「古代魔法の研究に関わる者は、誰であろうと“邪魔”だった……。そういうことね」
その怒りと哀しみが、魔力となって内から湧き上がる。
「……私は、絶対に許さない」
その時、書庫の奥から物音がした。
カイルが即座に剣に手をかける。
「……来たか」
影のように現れた数人の兵士。黒い装束に身を包み、王宮兵とは異なる紋章を身につけている。
「ここは立ち入り禁止区域です。すみやかに立ち去っていただきましょうか」
エレノアは魔力を込めた杖を構える。
「“事故”の真相を闇に葬るために来たのなら、あなたたちは遅かった。私はもうすべてを知った」
彼女の声に、迷いはない。
カイルは静かに腰の剣を抜いた。その刃は魔力を帯び、淡く青い光を帯びる。
「お前たち、どこの所属だ? ここは王宮直属の魔術師しか入れぬ場のはずだが」
返答はない。黒装束の一人が短く笛を吹いた。途端に、さらに数名の刺客が影から姿を現す。
「……なるほど。答えるつもりもないってことね」
エレノアが杖を構えた瞬間、魔法陣が床に浮かび上がる。彼女の足元から迸る光は、複数の防御と探知の結界を展開した。
「カイル、副団長。背中を預けてもいいかしら」
「当然だ、団長殿」
彼の声には僅かな皮肉がにじむ。だが、呼吸は完全に戦闘に集中していた。
最初の一人が飛びかかる。だが、結界に阻まれ、跳ね返された刃が空を切る。
すかさずカイルが間合いを詰める。鋭い剣閃が、相手の肩を切り裂いた。悲鳴が響く。
その間にもエレノアは呪文を紡ぐ。
「《重結界・水牢》」
黒装束の一人の足元に水が湧き出し、瞬く間に球状の水塊となって包み込んだ。呼吸を奪われ、もがく姿に、仲間たちが動揺する。
「私の魔法は逃げる者を見逃さない」
エレノアの眼差しは冷たい。
刺客たちは形勢の不利を悟ったのか、一人、また一人と撤退を始める。
だが、最後に残った男が、書架の一角に手をかけた――
「書類を燃やす気……っ!」
瞬間、カイルが駆けた。剣で男の腕を弾き飛ばす。
「これ以上、口封じをさせるか!」
倒れた男の胸元から転がり落ちた紋章――それは、エレノアが幼い頃、王国魔術院の一角で見た記憶と一致していた。
「この紋……やはり、王国の内部に“消す者”がいた……!」
エレノアは拳を握りしめる。カイルが肩を貸すように立ち上がった。
「行こう。今はここを離れるべきだ」
「ええ、でも私はもう迷わない」
魔力を押さえ、杖を静かに下ろす。
「これは、私の両親だけの話じゃない。オーウェンさんも、リリアも……王国に潜む“闇”を暴くために、私はここまで来たんだ」
カイルは無言でうなずいた。
地下書庫の扉が閉まる。そこに残された古びた記録と血の跡は、長い年月を経てもなお、真実を求める者の歩みを止めることはできなかった。
――そして、エレノアの覚悟は、静かにその名を告げる。
「これは、戦いだ」
ーーー87話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




