82話 決戦の朝 - 始まりは静けさの中で
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静かな朝だった。
遠くで鳥の鳴く声がかすかに響くが、それもまるで、嵐の前の静けさを告げる合図のように思えた。
アリアは、魔術具と聖女の遺品が納められた小箱をそっと手にしていた。
その中には、祖母サクラがかつて一時滞在していた部屋で見つけた、母・ユリの形見と思しき魔石と、ブローチが収められている。
魔石は淡く光を帯び、アリアの鼓動に呼応するかのように、静かに脈打っていた。
(母さん……いよいよ、ですね)
心の中でつぶやいたそのとき、アリアのそばに、一人の青年が歩み寄る。
「アリア。……準備は、いいかい?」
古代魔法を操る防御魔法の使い手、そして元王宮書記官でもあるエリオットだった。
ミストラル村の人々から贈られた特製の杖を携えた彼は、魔術師でありながら、仲間の盾でもある。
「ええ。長かったけど……やっとここまで来た」
アリアは柔らかく微笑む。けれど、その瞳の奥には、確かに強い意志が灯っていた。
「お前がいたから、ここまで来られた。俺も、エリオットも、みんな……」
そう言って現れたのは、アリアとエリオットの師でもあるマコト。 彼は剣士というよりも、総合武術を極めた達人だった。冷静沈着で、戦場における統率力にも長けている。
「違うわ。……皆が、それぞれの場所で、自分の戦いをしてくれたから。私ひとりじゃ、きっと無理だった」
アリアは、静かに感謝を口にする。
その場には、アリアを中心とした仲間たちが顔を揃えていた。
剣を携えたマコト。
防御魔法の使い手・エリオット。
そして、魔術師であり、戦略と魔道具にも精通するエレノアとカイル。
「非戦闘員の僕が、こうして最前線にいるのって、場違いかもしれないけどさ」
レオンが肩をすくめながら、マントの内側に小さな封筒を忍ばせる。
「でも、やれることはある。武器じゃなくても、道具でも、言葉でも、助けになれるからね」
彼は、情報と物資を扱う商人。
戦場に立たずとも、誰よりも戦場の流れを支える縁の下の力持ちだ。
「中央突破は私たち、裏手からの包囲にはすでに一部の騎士団が回ってる。ルシウスとユリウスもそっちだ」
マコトの言葉に、エレノアがくすっと笑う。
「まったく、あの兄弟は本当に、目立たないところでちゃっかり働くのが好きね。らしいと言えばらしいけど」
「でも、そのおかげで助かってる。副団長のルシウスは経験豊富で頼れるし、ユリウスの索敵能力と状況把握は戦場でも群を抜いてる」
アリアは仲間のやりとりを聞きながら、ひとつ深呼吸した。 小箱をそっと閉じ、代わりに背負っていた包から、慎重に長杖を取り出す。
それは、ミストラル村で贈られた、御神木から削り出された特別な杖だった。
(これは……あの村に眠る人々の、想いの結晶)
陽の光を受けて、杖は静かに淡く光る。アリアはそれを両手で抱きかかえた。
「……これは、過去を終わらせるための力。誰かの想いが、これ以上利用されないように」
そのときだった。足元の大地が、わずかにざわつくように感じた。
「王宮の正門には、魔法障壁が張られている。でも、レオンが突き止めた地下の給水路――そこからの転移魔法なら、内部に直接入り込める」
エリオットが彼専用の杖を手に、簡易の魔法陣を展開してみせる。
「魔術師チームの配置も完了済み。防御と支援、すべて整っています」
マコトが一歩前へ出て、足を軽く踏みしめた。
「……ここにいる全員が、それぞれの思いを背負ってる。アリア、お前の言葉で始めてくれ」
アリアは一人ひとりの顔を見渡す。
マコト。厳しくも優しく、導いてくれた師。 エリオット。どんなときも支えてくれた、静かな盾。
エレノア。知識と冷静さで、彼女の道を支えてくれた魔術師。
カイル。魔道具と魔術を自在に操る、器用な仲間。
レオン。戦わずして、最前線を支える商人。 ルシウスとユリウス。騎士団の誇り高き兄弟。
(私は、もう迷わない)
「行こう。……終わらせに」
静かに、しかし確かに発せられたその言葉に、全員が頷いた。
王宮の尖塔が、朝日にきらめいている。 そこにこそ、この争いの核心がある。 決して逃げることの許されない、運命の場所が。
アリアは空を見上げた。 心の中に響いたのは、祖母・サクラのかつての言葉。
――「優しさと、甘さは違うのよ、アリア。誰かを守るってことは、時に、立ち向かうことなのよ」
「……うん、わかってる。おばあちゃん」
瞳に迷いはなかった。 過去も、痛みも、祈りも、すべてこの瞬間に繋がっている。
「開門!」
マコトの号令と同時に、転移魔法陣が起動し、空気が震えるように揺れた。
王宮の正門に、アリアたちの影が差す。
ついに――決戦が始まった。
ーーー83話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




