79話 対峙の序章 - 動き出すそれぞれの覚悟
*このお話を決戦前夜の最初に入れるため、80話の前編・後編の2話を、81話前編・後編へと1つ後の話数に変更しました。
夜明け前の空に、かすかに光が滲み始めていた。アリアは塔の窓辺に立ち、まだ静かな王都の景色を見下ろしていた。
「……いよいよ、ね」
ぽよん。
背後で跳ねる音。イリスがアリアの足元に寄り添うように、虹色の体をふるふると揺らす。びよんと一部を伸ばして頷くような仕草を見せるその姿に、アリアの口元が緩んだ。
「ありがとう、イリス。あなたがいてくれて、どれだけ心強いか……」
過去と現在が、点と点で繋がり始めている。亡き父オーウェンの残した言葉。エレノアの両親の事故。禁書庫、失踪事件、資金流出。全ての線が王宮へと集束していた。
カシエル。精神操作の研究者。王を操るために王家の一部と手を組み、影で勢力を広げていた人物。
アリアはまだ見ぬ“黒幕”との対峙に向け、心を整えようとしていた。
その頃、王宮の地下書庫にて——
「……これで良し、と」
書庫の魔方陣の中心で、マコトは静かに目を閉じ、深く呼吸を整えていた。術式が構築され、結界が広がっていく。
「……さすがですね、マコト師匠」
エリオットがそっと言葉をかける。その声には、尊敬と信頼が滲んでいた。
「この術式、僕にはまだ及びません。けれど、できる限り師匠に近づけるよう努力します」
「エリオット、お前はもう充分だ。俺がかつて思い描いた“守る力”を、ちゃんと受け継いでいる」
マコトはそう言って微笑んだ。温かな眼差しに、エリオットの表情も和らぐ。
「アリアの方は中央へ向かう。俺たちは王宮の要所を押さえる。お前の術で時間を稼いでくれ」
「はい。必ず、仲間を守ってみせます」
同じ時刻。王宮の一角にて——
「この書簡を、内部協力者へ。あなたたちが動いてくれれば、王宮の均衡は崩れる」
エレノアが低く囁いた声に、カイルは微笑んでうなずいた。
「了解。王の名を盾に好き勝手させる奴らには、もううんざりしてる」
二人は影のように動き、静かに、しかし確かに黒幕の包囲網を狭めていく。
——そして、午後。
アリアは一輪の白い花を手に、墓地へと向かった。同行するのは、ルシウスとユリウス。兄弟は王族であり、アリアにとっては従兄にあたる。
彼らが並んで歩く姿は、かつての記憶の断片を呼び起こすようだった。だがアリアは、幼い頃に交わした言葉や遊んだ記憶を、まだ完全には思い出せない。
「……母様のこと、知ってたんだね?」
「ユリ様は、僕らにとって大切な叔母ですから」
静かに応えるユリウス。その声音には、やさしい温度があった。
「アリアがこうして立派に育ってくれて、僕らも誇りに思ってる」
「……ありがとう」
墓前で、アリアは静かに花を手向けた。風が優しく吹き、花弁が揺れる。
「母様、父様……必ず、真実をこの手で掴みます。誰かの都合で消されていい命なんて、ないから」
ぽよん、とイリスが墓前に跳ねる。まるで、その誓いに同意するかのように。
帰路、マーガレット夫人の姿を遠くに見つけ、アリアは足を止めた。
「アリア」
「……伯母様」
今はまだ、心の奥にある距離を埋める言葉が見つからなかった。それでも、アリアはそっと微笑んだ。
「私、行きます。父の見たものを、自分の目で確かめるために」
夫人は何も言わず、小さく頷いた。
夕陽が落ち始めた王都に、明日への気配が満ちていく。
それぞれが、想いと覚悟を胸に秘め——
戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。
79話:終わり
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




