78話 黒幕の影 - 王宮に潜む敵
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夜の王都に、霞が降りていた。
街灯が淡く滲み、王宮の外壁は闇の中に沈んでいる。
アリアは歩を止め、手にしたノートの表紙をそっと撫でた。
「“見よ、線の先に在るものを”……」
呟くように言葉がこぼれる。
父・オーウェンが記した最後の言葉は、あの禁書庫で見つけた古びた研究ノートの、最後のページにだけ残されていた。
隣を歩くエレノアが静かにうなずく。
「もしかしたら、線の先にいるのは……父や母が命を懸けて止めようとした誰かかもしれないわ」
「うん。その答えを、きっと叔父様が知ってる」
アリアたちは、王城の南塔、かつて政務局に所属していた父の弟、グレゴールの執務室へと向かっていた。
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「アリアか。よく来たな」
グレゴールは窓辺で書類に目を通していたが、アリアの姿を見るなり静かに立ち上がった。
その声は低く、確かな重みがあった。
「ご無沙汰しております、叔父様。お話があります。父のことです」
グレゴールのまなざしが、ほんのわずかに柔らぐ。
「……話せることと、そうでないことがある。だが、今のお前になら語っても良いかもしれんな」
アリアはうなずき、持参したノートを差し出す。エレノアがそれを受け取り、広げた。
「これは、私の両親の研究記録です。そこに——“カシエル”という人物の名がありました」
その名が口にされた瞬間、空気が微かに張り詰めた。
「……カシエル・クロード」
グレゴールが低く呟く。
「王立錬金機構の初代副長官。十四年前、公の場から姿を消した。表向きには“失踪”だが……あれは隠蔽だ」
「隠蔽……?」
「彼の研究は、もはや学問の域ではなかった。精神操作、人格の再構築、意志の上書き。……人の心を、制度として管理しようとした」
エレノアが苦い顔をする。
「父と母は、その思想に強く反対していました。“人は支配されるために生まれたのではない”と」
「オーウェンも同じだ」
グレゴールは深くうなずく。
「だから、彼らは共に“止めよう”とした。しかし、カシエルの背後には王家の一部がいた。……王権を強め、民を効率よく“従わせる”手段として、彼の研究を求めていたのだ」
アリアの手が、無意識に震えた。
そのとき——口を開いたのは、マコトだった。
「……彼は、今も王宮にいる。政治顧問の肩書きで。訓練中……いや、常に感じていた」
その声は低く抑えられていたが、どこか刺すような鋭さがあった。
「感情を試すような指示。意味のない命令を重ね、極限に追い込む。人の心の“壊れる瞬間”を、彼は観察していた」
マコトはゆっくり視線を上げた。
「……あれは実験だ。人の心を、操るための」
グレゴールが静かに目を閉じた。
「お前の察しは正しい。カシエルはまだ、生きている。そして“何か”を、完成させようとしている」
「その“何か”が、線の先にあるってこと……?」
アリアの言葉に、グレゴールは視線を向けた。
「お前の父は、お前の存在を何よりも守ろうとした。そして残したのだ、“見よ、線の先に在るものを”と。これは、ただの比喩ではない」
アリアはふと、思い出す。
地図上に点在した、事故現場、失踪者、研究機関。結んだ線は、王宮を中心に円を描いていた。
「……全部、最初から計画の中だった。人の消失も、研究の“事故”も」
「そして次は……王権の“掌握”だ」
グレゴールは、静かに告げた。
「“操れる王”を作る。それが奴の最終目標だ。民意を捨て、心を支配する新たな王——神に等しい存在を、自らの手で作り出そうとしている」
アリアの胸に冷たいものが走った。
「……叔父様。私は、父の見たものを見たい。逃げたくないんです」
グレゴールは数秒黙したあと、穏やかに微笑んだ。
「お前は、オーウェンに似てきたな。目の奥が、あいつと同じだ」
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王宮の屋上に、静かな夜風が吹く。
三人は石畳の上に立ち、遠く王都の明かりを見下ろしていた。
「見よ、線の先に在るものを……か」
マコトが低く呟く。その口調は、冷静で、どこか哀しみすら含んでいた。
「レオン。エレノア。……ありがとう。ふたりがいたから、ここまで来られた」
「ふふ……そんな風に礼を言われると、照れてしまいますね」
レオンは少し照れ笑いを浮かべてから、柔らかい声で続けた。
「でも、ここからが本当の始まりです。線の先に何が待っていても、僕たちは、もう立ち止まりませんよ」
「私もよ。父と母の声を、ようやく聞けた気がする。だったら、最後まで見届けなきゃ」
アリアはうなずき、ノートをぎゅっと抱きしめた。
冷たい風が過ぎていく。
その先に、かつて父たちが見ようとした真実がある。
いま、彼女たちが、その続きを歩いていく番だった。
78話:終わり
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




