76話 師の洞察 - 訓練場の違和感
王宮の訓練場に、乾いた木剣の音が響いていた。
朝から続く訓練にもかかわらず、騎士たちの動きに疲れは見えない。むしろ、その目には異様なほどの緊張感が宿っていた。
マコトは剣を握りしめながら、静かに周囲を見渡した。
二人一組で連携するはずの動きが、どこかぎこちない。呼吸も、足捌きも、かみ合っていない。だが、それを咎める声は上がらない。
「……わざと?」
胸の奥に、冷たい違和感が広がる。
訓練場の端では、魔術師たちも演習を行っていた。
彼らもまた、不自然に特定の魔法だけを繰り返している。基礎の確認と言えば聞こえはいいが、本来なら幅広い応用を求めるはずの場だ。
マコトは剣を肩に担ぎ、騎士団長代理を務めるルシウスに近づいた。
「なあ、ルシウス。今日の訓練、何か違和感、感じないか?」
ルシウスは一瞬、視線を泳がせた。
だがすぐに表情を引き締め、答える。
「……気のせいかもしれません。ただ、少し硬いですね」
「硬い、か」
マコトは短く息を吐いた。
気のせいではない。確かに、何かを隠している。だが、それを正面から問いただしても、無駄だろう。
訓練を続けながら、マコトは古参の幹部たちの様子を観察した。
年季の入った甲冑に身を包んだ彼らは、若い騎士たちを指導するふりをしながら、時折、互いに視線を交わしていた。
まるで、見えない合図でも送り合っているかのように。
「……あれじゃ、士気もまとまらないな」
低く呟き、マコトは剣を鞘に収めた。
訓練はひとまず区切りとなり、騎士たちは水を求めて小休止に入った。
マコトは、そっと幹部の一人に近づいた。
歳を重ねた、穏やかな表情の男だ。かつて、ウィステリア王国の動乱をくぐり抜けた歴戦の騎士だった。
「昔の話を、少し聞かせてくれないか」
男は一瞬、動きを止めた。
だがすぐに、苦笑いを浮かべて答えた。
「申し訳ありません、マコト様。私はただの老いぼれです。昔のことなど、語れるほど覚えてはおりません」
言葉は丁寧だが、その目は頑なだった。
それ以上、追及するのは無意味だと悟り、マコトは軽く頭を下げた。
「……ありがとう。無理に聞いて悪かった」
男は一礼し、水桶の方へと去っていった。
訓練が終わった後、マコトはルシウスとユリウスを呼び止めた。
中庭の片隅、涼しい木陰の下。
「ルシウス。ユリウス。今日の訓練、どう感じた?」
ルシウスは腕を組み、眉をひそめた。
「正直、腑に落ちないことばかりです。皆、どこかよそよそしい。表向きは従っているように見せて……心までは預けていない」
ユリウスも、苦い顔で頷いた。
「特に古参の連中ですね。あれじゃ若手も不安になります。どうにも、隠していることがあるとしか思えない」
マコトは空を仰ぎ、目を細めた。
白い雲が、のんびりと流れていく。だが、心に広がるのは重苦しいものだった。
「……過去の何かが、今も彼らを縛っているのかもしれないな」
ルシウスが言葉を継ぐ。
「例えば……王宮に巣食っていた不正や、封じられた出来事とか」
ユリウスが静かに付け加えた。
「あるいは、誰かを庇っているのかも。口を割れば、自分たちの立場も危うくなるとか」
三人の間に、沈黙が落ちた。
微かな風が、木の葉を揺らす音だけが耳に残る。
やがて、マコトは小さく笑った。
「まあ、急ぐ必要はないさ。時間をかければ、必ず見えてくる」
そう、焦る必要はない。
隠された真実は、表に出ようとする時、必ず綻びを見せる。
「今は……騎士たちを信じよう。彼らも、本当は迷っているだけかもしれない」
マコトの言葉に、ルシウスとユリウスは深く頷いた。
重い空気の中でも、確かに灯った小さな希望を胸に。
三人は、静かに訓練場へと歩みを戻していった。
76話:終わり
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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