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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第五章 アルトリア王国編
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68話 力の萌芽 - 師の導きと新たな境地

木漏れ日が揺れる森の中、アリアは息を切らせていた。目の前には、唸り声を上げる巨大な猪のような魔物と、鋭い爪を持つ狼型の魔物が、互いに呼応するように牙を剥いている。エリオットは杖を構え、魔力の色を帯びた空気が彼の周囲で渦巻いていた。


「アリア、右の猪だ!僕は狼を牽制する!」


エリオットの声が、緊迫した空気の中で響く。以前ならば、その連携の取れない敵の動きに翻弄されていた二人だが、幾度かの厳しい試練を経て、互いの動きを理解し、支え合う術を身につけていた。


アリアは深く呼吸を繰り返した。師匠から教わった呼吸法は、激しい動きの中でも心を静め、研ぎ澄ませてくれる。猪の荒々しい息遣い、地面を蹴る振動、そして何よりも、その奥底にある焦燥や怒りのような感情の流れが、微かに彼女の心に流れ込んでくるのを感じた。


(この魔物も、何かを恐れている……?)


その瞬間、猪が突進してきた。アリアは身を翻し、寸前でそれをかわす。木刀が空を切る音。同時に、エリオットが放った風の刃が狼の動きを鈍らせた。


「アリア、今だ!」


エリオットの叫びに応じ、アリアは体勢を立て直し、猪の側面に回り込んだ。木刀に力を込め、一撃。鈍い音と共に、猪の動きが止まる。だが、油断はできない。背後から、狼の鋭い爪が迫っていた。


その時、アリアの内に、今まで感じたことのない温かい光が湧き上がった。それは、まるでそよ風のように優しく、周囲の自然と溶け合うような感覚。咄嗟に手を前に出すと、淡い緑色の光が彼女の手のひらから溢れ出し、狼の爪が届く寸前で、見えない壁となってそれを阻んだ。


驚愕に目を見開くエリオット。アリア自身も、その突然の力に戸惑いを隠せない。


「……これは?」


背後から、静かなマコトの声が響いた。


「アリア、それは君の中に眠っていた力の一部だ。他者の感情、自然の息吹……それらを感じ取ることで、癒しの力はさらに深く、そして強く結びつく」


その日の訓練後、師匠は以前のように具体的な剣術や体術の指導はせず、アリアと向かい合って静かに座った。


「目を閉じ、深く呼吸をするんだ。森の木々が囁く声、足元の土の温もり、そして君自身の心の奥底に流れる感情のざわめきに、耳を澄ませてごらん」


師匠の穏やかな声に導かれ、アリアは瞑想を続けた。最初は雑多な思考が頭の中を駆け巡ったが、徐々に、まるで幾重ものヴェールが剥がれていくように、様々な感覚が鮮明になっていくのを感じた。喜び、悲しみ、怒り、恐れ……これまで意識していなかった他者の感情が、まるで水面を漂う波紋のように、彼女の心に静かに触れてくる。


一方、エリオットは師匠の助言を受けながら、新たな魔法の応用に挑戦していた。


「魔法は、ただ元素を操るだけの力ではない。君自身の意思、そして想像力が、その形を、そして力を大きく左右する」


師匠の言葉を受け、エリオットは杖の先に魔力を集中させた。以前は、ただ一点に収束させることしかできなかった魔力が、今は彼の強いイメージに応えるように、様々な形を帯び始める。最初は不安定だったが、集中を続けるうちに、彼の周囲に透明な壁が徐々に と形成されていく。それは、以前の彼には考えられなかった、魔法障壁の初歩的な形だった。


「素晴らしい。次は、その魔力の流れを剣の形にしてみるんだ。自身の守りとなる障壁が、攻撃の刃にもなり得ることを知るだろう」


師匠の言葉に刺激され、エリオットはさらに集中を高めた。頭の中で、光り輝く剣のイメージを鮮明に描く。杖から伸びた魔力の奔流が、彼の想像力に応えるように、徐々に と具体的な剣の形を成していく。それはまだ、不安定で淡い光の剣だったが、確かに、彼の内なる力の萌芽を示すものだった。


旅の途中、焚き火を囲んだ夜のことだった。アリアが故郷への想いを募らせる中で、マコトは静かに口を開いた。


「ウィステリア王国……かつて、あそこでは悲しい出来事があったと聞いている」


アリアは息を呑んだ。


「悲しい出来事、ですか?」


「ああ。確か、大きな商いをしていたご夫婦が、そして同じように商家を営む一家が、突然、姿を消したと……詳しいことは私も知らない。ただ、その地に深い悲しみの影を落とした、とだけ」


マコトの語る断片的な情報は、アリアの胸に深く突き刺さった。大商会の商人だったレオンの両親、そして商家だったリリア一家……彼らを襲った悲劇は、遠い過去の出来事としてではなく、今も彼女の心を締め付ける重い鎖だった。


「……それは、私が知っている人たちのことです」


アリアの声は、かすかに震えていた。


「そうか……」


マコトはそれ以上、深くは語らなかった。だが、その短い言葉の中に、深い理解と、アリアの悲しみに寄り添う温かい心が込められているのを、アリアは感じ取った。


その夜、アリアは眠れなかった。マコトの語った言葉が、頭の中で何度も繰り返される。なぜ、彼らは突然、消えてしまったのか?一体、何が起こったのか?故郷への想いと共に、新たな疑問が彼女の心に深く根を下ろし始めた。


エリオットもまた、アリアの不安を感じ取っていた。彼は、自身が作り出したばかりの、まだ頼りない光の剣を何度も見つめた。いつか、この力が、アリアや、苦しむ人々のために役立つ日が来るのだろうか。


翌朝、アリアとエリオットの表情には、昨日までの訓練による疲労の色に加えて、新たな決意が宿っていた。師匠の指導は、単に彼らの戦闘能力を高めるだけでなく、内なる力、そして故郷で待ち受けるであろう困難に立ち向かうための、強い意志を育んでいた。


空を見上げると、太陽は力強く輝き、彼らの行く先を照らしているようだった。

ウィステリア王国は、まだ遠い。

だが、二人の胸には、師匠との出会いによって芽生えた確かな力が、静かに息づいていた。そして、虹色のスライム、イリスは、いつもと変わらず、アリアの肩で七色に輝きながら、二人の未来を温かい光で見守っていた。



ーーー69話へつづく

〈登場人物〉

* マコト(師匠): アリアとエリオットに武術と魔法を教える謎多き剣士。過去に悲しい出来事を知る。

* アリア: 聖女の力を持つ女性。魔物との戦いや瞑想を通して、新たな癒しの力や感覚に目覚める。故郷への想いを募らせる。

* エリオット: 魔法の才能を持つ少年。師匠の指導で魔法障壁や魔法剣といった応用的な魔法を習得し、戦闘能力を高める。

* イリス: 虹色のスライム。アリアの成長を静かに見守る。

✦✦✦✦✦


※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。


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✪読んでくださり、ありがとうございます。

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