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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第五章 アルトリア王国編
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66話 手当てと名乗り - 過去の面影と新たな導き

アリアはそっと両手をかざした。

温かな光が、傷ついた剣士の体を優しく包み込む。それは聖女の力だった。

フードの中で、イリスも呼応するように淡い緑の光を重ね、その癒しを強める。

エリオットは杖を静かに握りしめ、周囲の木々のざわめきに注意深く耳を澄ませていた。


やがて、剣士の荒い息遣いが落ち着きを取り戻す。ゆっくりと開いた瞳には、深い感謝の色が宿っていた。


「……ありがとうございます」


掠れた声が、アリアの胸にじんわりと染み渡った。


ふとした瞬間、剣士が顔を上げた。その横顔を見たとき、アリアの心臓は一瞬跳ね上がった。二つ前の前世で、厳しくも温かく護身術を教えてくれた師――ベリタス。その面影が、目の前の剣士に鮮やかに重なったのだ。声の深さ、顎のライン、そして何より、時折見せる憂いを帯びた表情が、アリアの記憶の奥底に眠る師の姿を呼び覚ました。


剣士もまた、アリアの顔をじっと見つめていた。その瞳には、驚きと、どこか懐かしさを含んだ、不思議な光が宿っている。


「……あなたは……」


言葉を探すように、彼は小さく呟いた。


アリアは、抑えきれない衝動に駆られ、自身の過去を語り始めた。二つ前の前世の断片的な記憶、アルトリア王国での出来事、自分の中に宿る聖女の力、王族の血を引いていること――それらを率直に口にした。

目の前の剣士が、何かを知っているのではないか、何かを教えてくれるのではないかという、強い期待があった。


剣士は静かに、注意深くアリアの言葉に耳を傾けていた。時折、古い記憶を思い出すかのように目を閉じ、深く考えているようだった。アリアが全てを語り終えるまで、彼は一言も発さなかった。森の静けさが、二人の間を満たしていた。風が木の葉を揺らす音だけが、時折聞こえてくる。


やがて、剣士はゆっくりと口を開いた。その声は、先ほどよりも幾分落ち着きを取り戻していた。


「……すべて、聞かせてもらった」


穏やかな口調だったが、その言葉には確かな重みがあった。そして、彼はアリアのまっすぐな瞳を見つめ、静かに名乗った。


「名は、マコトと申します」


「マコト……」


その響きは、この世界ではあまり耳にしない、どこか遠い国の、まるで日本の名のような、不思議な懐かしさを湛えていた。アリアは、理由もなく深い親しみを感じた。ベリタスと、今名乗ったマコト。声も、そして時折見せる表情も酷似している。二人の間に、もしかしたら血縁関係があるのかもしれない――アリアは、胸の奥でそんな予感を密かに感じ始めていた。


エリオットは、二人の奇妙なやりとりを静かに見守っていた。彼の表情からは警戒の色が消え、代わりに深い興味が滲んでいる。新たな出会いが、アリアの運命にどのような影響をもたらすのか。彼は静かに見つめていた。杖を握る手に、自然と力がこもる。


「マコトさん…」


アリアはその名を繰り返した。


「あなたは、私の師だったベリタス様にとてもよく似ています」


マコトはアリアの言葉に、わずかに目を細めた。無口な彼が、何かを深く考えているのが伝わってくる。沈黙が、しばらく二人を包んだ。森の緑が陽光を受け、静かにきらめいている。


「ベリタス…懐かしい名だ」


低い声でマコトが呟いたその一言に、アリアの心は大きく揺さぶられた。


「あなたは、ベリタス様を知っているのですか?」


マコトはゆっくりと頷いた。その表情には、静けさの奥に記憶の光が宿っている。


「遠い過去のことだ」


「彼は…私の護身術の師でした」


アリアは、声を少し震わせながら言った。


「厳しかったけれど、いつも私のことを気にかけてくれた、大切な人でした」


マコトはその言葉を、注意深く受け止めていた。彼の視線は、まるでアリアの心の奥を見つめているかのようだった。何かを確かめるように。


「お嬢さんは…」


マコトは短い沈黙の後、尋ねた。


「ベリタスから、何か特別なことを教わりましたか?」


アリアは過去の訓練の光景を思い浮かべた。木剣を振るった日々、汗と塵にまみれた鍛錬の日々。


「はい…たくさん。彼の教えは、今の私の基礎になっています」


マコトの表情が、わずかに柔らかくなったように見えた。口元に、ほのかな微笑が浮かんだ気がした。


「そうですか」


エリオットは二人のやり取りを見守っていた。アリアの過去を知る人物との出会い――それが意味するものを、慎重に考えていた。イリスはアリアの肩あたりで、七色に輝きながら二人の様子を見つめていた。


「マコトさん」


アリアは勇気を振り絞って再び尋ねた。


「あなたは…もしかして、ベリタス様のご親族の方ですか?」


マコトはその問いに短い沈黙を置き、視線を遠くの森の木々へと向けた。風が、二人の間を静かに吹き抜けていく。


「……それは、遠い物語だ」


マコトはゆっくりとした声で言った。


「今は、ただのマコトと名乗る流れ者だと思っていただきたい」


その言葉は、肯定とも否定とも取れなかった。しかしアリアは、マコトの言葉の奥に、簡単には語れない過去の存在を感じ取った。


それでも、アリアは諦めなかった。


「でも、あなたの声や、その…雰囲気は、どうしてもベリタス様を思い出させるのです」


マコトはアリアの真剣な眼差しを受け止め、短く溜息をついた。


「……似ているのかもしれません」


その短い返答は、アリアの疑問を完全に解消するものではなかった。しかし、マコトの静けさの奥に、確かに何かの繋がりがある気がした。


「……わかりました」


アリアは無理に追及することをやめた。


「マコトさんがそうおっしゃるなら、今はそう受け止めます」


マコトはアリアの理性的な対応に、小さく頷いた。その表情には、感謝の光が宿っていた。


エリオットは、二人のやり取りを見て、静かに口を開いた。


「マコトさん、あなたは怪我をされています。もしよろしければ、この先、私たちとご一緒しませんか? 安全な場所で、より丁寧に手当てをさせてください」


マコトはその申し出に、しばし考え込んだ。そして、アリアの優しい眼差しと、心からの申し出を受け止め、ゆっくりと頷いた。


「……ご厚意に、感謝いたします」


こうして、過去の面影を宿す剣士マコトは、アリアとエリオットの新たな旅に、思いがけず加わることになった。


彼の存在が、二人の未来にどのような導きをもたらすのか、まだ誰も知る由はなかった。森の木々は、静かにその始まりを見守っていた。




ーーー67話へつづく

〈登場人物〉

* アリア: 王族の血を引く少女。負傷した剣士に前世の師の面影を感じる。

* イリス: アリアのローブに潜む虹色のスライム。癒しの力を持つ。

* エリオット: アリアと旅をする魔法使い。警戒しながらも新たな出会いを見守る。

* マコト: 深手を負った初老の剣士。アリアに懐かしさを覚え、自身の名を名乗る。

✦✦✦✦✦


※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。


✦✦✦✦✦✦✦✦


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