65話 王都での邂逅と故郷の温もり - 受け継がれる光
アルトリア王国の朝は、希望に満ちた光で王都アルトリウムを包んでいた。アリアは王宮の一室で、アメリア王妃と向かい合っていた。昨夜の出来事を簡潔に報告し、疲弊したセリシアの保護を丁重に願い出た。
「アリア様……それは、さぞご心痛だったでしょう。セリシア様のこと、どうかご心配なさらず。王宮の安全は万全です。私が責任を持って、温かくお世話させていただきます」
アメリア王妃は、アリアの言葉に深く頷き、慈悲深い眼差しで応じた。その温かさに、アリアは心からの安堵を覚えた。
「ありがとうございます、王妃様。もし、今回の黒幕について何かご存知のことがあれば、どうか私たちにお教えいただけないでしょうか。セリシアを操っていた声の主は、今も影に潜んでいるはずです」
アリアが真剣な表情で告げると、王妃はわずかに眉をひそめた。
「……心当たりのある名は、今のところありません。しかし、このアルトリア王国を混乱に陥れようとする存在がいるならば、私も見過ごすわけにはいきません。何か手がかりが見つかり次第、すぐにあなたたちにご連絡しましょう」
別れの時が近づき、王妃はアリアの手を優しく握りしめた。
「出発の前に、ぜひお会いいただきたい方がいらっしゃいます。王宮に滞在している聖女サクラ様です」
アリアは、その名に深い敬意を抱いていた。聖女サクラ――母から語り継がれる、慈悲深く偉大な存在。まさかお会いできる機会が訪れるとは、思ってもみなかった。
王妃に案内され、アリアは王宮の奥深く、静寂に包まれた一室へと向かった。扉が開くと、そこには白銀の髪を丁寧に結い上げた、高貴な老女が静かに座っていた。その顔には、長年の経験と深い慈愛が刻まれ、穏やかな光を湛えた瞳がアリアを優しく見つめていた。
「アリア……ようこそ」
聖女サクラの声は低く、しかし心に深く響き、アリアの魂を揺さぶった。
「聖女様……」
アリアは初めて対面する祖母の威厳に、思わず息を呑んだ。しかし、その温かい眼差しに触れた瞬間、血縁を感じるような、不思議な安心感に包まれた。
サクラはゆっくりと立ち上がり、杖をつきながらアリアの前へと進み出た。その細い指先が、アリアの頬を優しく撫でる。
「ああ、百合に……本当によく似ている」
サクラの声は、涙でわずかに震えていた。亡き娘の面影をアリアに見出し、深い愛情が全身から溢れ出ていた。
「おばあ様……」
アリアの口から、自然とその言葉が零れた。初めて呼ぶ祖母の名は、温かな風のようにアリアの心を満たした。
「おばあ様、こちらは旅を共にしているエリオットです」
アリアは少し後ろに控えていたエリオットを促した。
エリオットは恭しく頭を下げた。
「聖女様にお会いできて光栄です」
そしてアリアはローブのフードをそっと開いた。
「こちらがイリスです」
フードの中から、柔らかな光を放つイリスが顔を覗かせた。サクラはその珍しい存在に驚いたように目を見開いたが、すぐに温かい微笑みを浮かべた。
「まあ、可愛らしい。アリア、この子は?」
「イリスは、私の大切な仲間なんです」
アリアは、少し誇らしげに答えた。
サクラは注意深くイリスを見つめ、その清らかな光を感じ取った。
「清らかな心を持つ者のそばにいるのね。不思議なご縁もあるものです」
そう言って深く頷いた。
二人は静かに語り合った。
サクラはアリアのこれまでの旅路を注意深く聞き、その勇気と優しさを深く讃えた。
そして、アリアの中に流れる聖女の血、その偉大な使命について、まるで古の物語を語るように、ゆっくりと力強く語った。エリオットもまた、聖女の言葉に深く感銘を受けていた。イリスも静かにその言葉に耳を傾けていた。
アリアは、昨夜のセリシアのことも、祖母に短く伝えた。
「アメリア王妃様には、セリシアの保護をお願いしたのですが……おばあ様からも、どうかセリシアのこと、お見守りいただけないでしょうか」
サクラはセリシアの身を案じ、温かい言葉でアリアを慰めた。
「アリア、心配はいりません。王妃も私も、セリシアを温かく見守りましょう。あなたには偉大な力が宿っている。それは、光をもたらし、闇を払うためのもの。恐れることはない。己の心を信じ、その光を世界に解き放ちなさい」
サクラの言葉は、アリアの胸に深く刻まれた。祖母の温かい愛情と、託された使命。そして、エリオットとイリスという大切な仲間たちの存在。そのすべてが、アリアの心に新たな決意の光を灯した。
別れの時、サクラはアリアの手を強く握りしめ、
「いつでも、あなたのことを想っています。困難に出会うときは空を見上げなさい。きっと私の想いが、あなたを導いてくれるでしょう」
と温かく語った。エリオットとイリスにも優しい眼差しを向け、祝福を送った。
サクラとの心温まる出会いを胸に、アリアたちはウィステリア王国への帰路についた。
王都を後にしたアリアの心には、祖母の愛情と使命感が深く刻まれていた。そばにいるエリオットと、フードの中で静かに光を放つイリスも、アリアの新たな決意を感じ取っているようだった。
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故郷ミストラル村が近づくにつれ、アリアの胸には懐かしさが込み上げてきた。村の皆は、自分たちのことを心配しているだろうか。無事に帰ったことを、早く伝えたい――そんな思いが、アリアの足を少し早めた。
ミストラル村に到着すると、村人たちは温かい笑顔でアリアたちを迎え入れてくれた。王都での出来事を手短に報告すると、村人たちはアリアとエリオットの無事を喜び、その成長を温かな眼差しで見守った。
そして、村の長老が前に出た。
「アリア様、エリオット様。二人の無事な帰還を、村人一同、心から喜んでおります。王都での困難な旅、本当によくぞ無事戻られました」
長老は、古くからの村の伝統に従い、二人に木製の杖を手渡した。その杖は村の聖なる木から削り出され、村人たちの祝福が込められているという。
「この杖には、村人たちの温かな想いが込められておる。これからさらに険しい旅が続くじゃろうが、この杖が、二人を守り、導いてくれると信じておる」
アリアは、その温もりのこもった杖を両手で大切に受け取った。質素ながらも心を打つ木の感触が、深い祝福のようにアリアの胸に染み入った。エリオットもまた、感謝の気持ちを込めて杖を受け取った。
村人たちの祝福を受け、新たな旅の準備を整えたアリアたちが再びミストラル村を後にしようとしたその時だった。 アリアは、これまでに感じたことのない、強く清らかな気配を感じ取った。それは、まるで導かれるかのように、アリアの心を強く惹きつけた。
「エリオット、何か感じませんか?」
アリアは空気に漂うただならぬ気配に耳を澄ませながら問いかけた。
エリオットもまた眉をひそめ、周囲を警戒していた。
「ええ、アリア様。これは……とても高い純度の気配です。まるで、聖域のような……」
その強い引力に抗えず、アリアはエリオットと共に深い森の奥へと足を踏み入れた。木々の葉がそよぐ音と、鳥たちのさえずりだけが響く中、二人は慎重に歩を進めた。陽光は木々の間を通り抜けて柔らかく降り注ぎ、森全体が神秘的な雰囲気に包まれていた。 イリスは、フードの中から熱心に景色を見つめていた。
どれほど奥へ進んだだろうか。木々の間を抜けた先に広がる開けた場所で、アリアとエリオットは思わず足を止めた。 そこには、激しい戦いの痕跡が生々しく残っていた。地面は深く抉られ、周囲には折れた剣や飛び散った血が残されている。そしてその中央に、異形の魔物に囲まれ、深手を負った初老の剣士が倒れていた。
その高次の気配の源は、間違いなくその剣士だった。白髪交じりの髪は血に濡れ、顔には深いしわが刻まれている。しかし、閉じられたまぶたの奥には、今もなお消えない高貴な光が宿っているようだった。
「大変だ!」
エリオットはすぐに、ミストラル村で贈られたばかりの木製の杖を手に取り、身構え魔力を集め始めた。その集中力と魔力の練度は確かなものだった。魔物たちは倒れた剣士を獲物と定め、低い唸り声を上げながらじわじわと近づいていた。
アリアは、その光景を黙って見ていることができなかった。あの清らかな気配を放つ剣士を見捨てることなど、彼女の優しい心が許さなかった。フードの中で、イリスがそっと温かい光を放ち、アリアの背を押してくれるように感じられた。
アリアは決意を込めて、魔物たちに向かって走り出した。
ーーー66話へつづく
〈登場人物〉
* アリア: 主人公。聖女と古代王族の血を引く少女。
* イリス: アリアのローブに潜む虹色のスライム。治癒や時間操作などの能力を持つ。
* エリオット: アリアと旅をする魔法使い。結界術を得意とする。
* 聖女サクラ: アリアの母方の祖母。高潔な力を持つ聖女。
* 深手を負った初老の剣士: 森の中でアリアたちが出会う、高貴な雰囲気の剣士。
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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✪読んでくださり、ありがとうございます。
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