51話 交錯する情報 - 怨念の兆し
国境の街は、活気に満ちていた。
様々な訛りの言葉が飛び交い、香辛料と焼けた肉の匂いが鼻腔をくすぐる。
アリアとエリオットは、その喧騒の中に溶け込むように、人目を避けて裏通りの小さな宿へと急いだ。
「ここなら、しばらくは大丈夫だろうか」
埃っぽい部屋の隅で、エリオットが小さく呟いた。
アリアは窓の外のざわめきに耳を傾けながら、レオンから託された名簿をそっと開いた。
古びた羊皮紙には、インクが滲んだ商人や情報屋の名前が並んでいる。
「まずは、この街の人物から当たるしかないわね」
夕暮れが迫る頃、アリアは紹介状を胸に、薄暗い酒場へと向かった。
油の染み付いたテーブルが並び、酔客たちの低い笑い声が響く。
隅の席に座る小柄な老人が、アリアの差し出した手紙に目を落とした。
皺の深い顔に、訝しげな光が宿る。
「リリア様のご親類、とお見受けする。まさか、このようなお嬢様が、わしの様な者に何の用で……」
「実は、リリア様の御家族のことで、少しお伺いしたいのです」
アリアは静かに切り出した。
老人はグラスを傾け、濁った瞳でアリアを見つめた。
「ああ、あの御一家か……。 突然姿を消されたと聞いておりますが」
「何か、ご存知のことはありませんか?」
老人はしばらく考え込むように目を伏せた。
「大きな取引を控えておられた、と聞いております。しかし、まるで何かを恐れるように、 夜の闇に紛れるようにいなくなった、と……。 不思議な話です」
アリアの胸に、小さな棘が刺さった。何かを恐れて……?
別の日、エリオットは別の商人を探し当てた。
その男は、レオンの両親を知る人物だった。薄汚れた帳簿を前に、男は低い声で語り始めた。
「レオン様のご両親の事故、あれは 公式には処理されましたが……いくつか、腑に落ちない点があったのです」
「詳しく聞かせていただけますか?」
エリオットの声は、わずかに震えていた。
「積み荷の記録に矛盾があったのです。それに、事故当時の天候は穏やかだったと聞いております。何より……お二人は、事故の直前に、何か重要な情報を掴んでいたらしい、という噂がありました」
積み荷の矛盾、穏やかな天候、そして重要な情報……。
別々の場所で得られた断片的な情報が、二人の心に重くのしかかる。
それは、単なる不幸な事故や失踪では片付けられない、黒い影の存在を示唆していた。
旅を続けるアリアは、各地で微かな、しかし確かに存在する何かを感じ始めていた。
それは、ウィステリア王国のミストラル村で、そして王都で感じた、人々の心の奥底に沈殿した否定的な感情の残滓。
まるで、 長い間の恨みが空気中に漂っているかのように。
しかし、その気配はまだ希薄で、具体的な形を成してはいなかった。
風に揺れる草木のように、曖昧で捉えどころがない。
それでも、アリアの敏感な感覚は、その存在を確かに捉えていた。
それは、この旅の先に待ち受けるであろう、目に見えない困難を予感させる、不吉な兆候だった。
ある夜、宿の粗末なベッドの上で、アリアは眠れずにいた。
窓の外からは、虫の声と遠くの犬の吠える声が聞こえてくる。
「エリオット」
隣のベッドに横たわるエリオットに、アリアはそっと声をかけた。
「眠れないのですか?」
エリオットは寝返りを打ち、心配そうな目をアリアに向けた。
「各地で感じるの。何か、嫌な気配がするの」
アリアは言葉を選びながら、胸の奥の不安を打ち明けた。
「それは……怨念のようなものでしょうか?」
エリオットの声には、かすかな緊張が混じっていた。
「ええ、 多分。まだはっきりとは分からないけれど……人々の深い否定的な感情が、 この世界に残っているように感じるの」
「ウィステリア王国で感じたものと、同じような?」
「ええ、でも……もっと薄い。まるで、遠くの誰かが、静かに苦しんでいるような……」
アリアの言葉に、エリオットは黙り込んだ。二人の間には、重い沈黙が流れた。
言葉にはできない不安が、二人の心を静かに締め付けていた。
翌朝、二人は再び国境の街を後にした。
レオンから託された名簿を頼りに、次の接触者を探す旅が始まる。
賑やかな市場の喧騒は遠ざかり、代わりに、どこまでも続く荒涼とした道が広がっていた。
風が強く吹きつけ、アリアの髪を乱す。
彼女は目を閉じ、風の中に漂う微かな感情の残滓に意識を集中させた。
それは、喜びや希望とは程遠い、 冷たくて悲しい振動だった。
「アリア様、大丈夫ですか?」
エリオットが心配そうに声をかけた。
アリアはゆっくりと目を開け、力なく微笑んだ。
「大丈夫よ。ただ……少し、疲れただけ」
しかし、その言葉とは裏腹に、アリアの心は不安に満ちていた。
各地で感じる微かな怨念の気配。
それは、リリアの家族やレオンの両親を襲った悲劇と、無関係ではないのかもしれない。
アルトリア王国への道のりは、決して平坦ではないだろう。
陰謀の影、そして目に見えない怨念の気配。アリアとエリオットの旅は、 まだ始まったばかりだった。
二人の前には、数々の困難と、 隠された敵が待ち受けている。
それでも、二人は互いを支え合い、真実を追い求める覚悟を決めていた。
失われた人々の想いを胸に、二人は 重い足取りで、 前へと進んでいく。
ーーー52話へつづく
〈登場人物〉
* アリア: アルトリア王国を目指す少女。各地で微かな怨念の気配を感じ始める。
* エリオット: アリアと共に旅をする青年。
* 老齢の商人: リリアの家族と懇意にしていた。彼らの失踪について不可解な噂を語る。
* 別の商人: レオンの両親を知る。二人の事故に不自然な点があったと証言する。
* レオン: アリアとエリオットに情報屋の名簿を託した人物(直接登場はしない)。
* リリア: アリアが探している人物(直接登場はしない)。
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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