50話 旅立ちの朝 - 秘めたる決意とそれぞれの想い
朝焼けが、王都の空をゆっくりと茜色に染め始める。
宿の窓辺に立つアリアは、エレノアから託された手紙を再び開いた。
アルトリア王国、アメリア王妃からの助けを求める言葉。
昨日まで過ごした、あたたかい陽光のようなウィステリア王国での時間が、今は遠い夢のようだ。
しかし、手紙から滲む王妃の不安は、アリアの胸に重い石を置いたように、彼女を穏やかにさせてはくれなかった。
一方、アルベール家の一室。
早朝の静寂の中、ルシウスは深い息を吐いた。
母から改めて告げられた言葉が、彼の脳裏をよぎる――アリアは、アルベール家の血筋かもしれない、と。
遠い異国へ、寂しく旅立つ彼女の小さな背中を想像すると、不安が波のように押し寄せる。
それでも、彼は信じている。
あの小さな体に宿る、不思議な力と、何があっても揺るがない、明るい信念を。
ルシウスは、机に向かい、密かにペンを走らせていた。
温かいながらも固い言葉で綴られた手紙は、遠いアメリア王妃へと宛てられている。
そこには、アリアがアルベール家の血縁である可能性、そして彼女が持つ特別な力について、慎重な言葉選びで記されていた。
信頼できる使いの者に、その手紙は託された。
同じ頃、ユリウスは自室の窓辺から、静かに下の通りを見下ろしていた。
そこには、既に旅の支度を終えたアリアと、その隣に立つエリオットの姿がある。
短く手を振るユリウスの瞳には、大切な友人との別れの寂しさと、二人の旅の安全を深く願う、暖かい光が宿っていた。
魔術師団のカイルは、明日からの任務に就く前に、アリアの宿を訪れた。
暖かい笑顔で彼女の小さい肩を力強く叩き
「何かあったら、遠慮なく千里鏡で連絡してください。私たちは、いつも、あなたの味方ですから」
落ち着いた声で力強く言った。
その静けさは、アリアの心を柔らかく包み込んだ。
アリアは、懐から小さな青銅の小箱を取り出した。
昨日、エレノアから旅の安全を祈る言葉と共に託された千里鏡だ。
「カイル様、せっかくですから、ここで一度、この千里鏡を使ってみてもよろしいでしょうか? ちゃんと動くか、少し不安で……」
アリアがそう提案すると、カイルは穏やかな笑顔で頷いた。
「もちろんです。私も、エレノア様とアリア様が繋がるのを見届けたい」
カイルは、千里鏡の起動のコツを改めてアリアに説明した。
千里鏡にほんのわずかな魔力を込め、心の中で接続したい相手、エレノアを強くイメージして鏡に触れること。
最初は難しいかもしれませんが、集中すれば遠く離れた相手とも、直接的に会話ができる、と。
アリアは、少し緊張した面持ちで、カイルの言葉に従い、千里鏡にそっと触れた。
ほんのわずかな魔力を込め、王宮にいるエレノアの落ち着いた横顔を心の中で描く。
千里鏡の鏡面がかすかに光り始め、内部にモザイクのような模様が浮かび上がった。
「集中するのです、アリア様」
カイルの声が、アリアの背中を押す。
ゆっくりと目を開けると、鏡の中に、見慣れた王宮の一室が映し出されていた。
そして、 エレガントなドレスを身につけたエレノアが、机に向かっている姿があった。
「エレノア様……?」
アリアがそっと声をかけると、鏡の中のエレノアが顔を上げた。
彼女の静かな瞳とアリアの瞳が鏡越しに合った。
「アリア……?もう旅立つのですか? 近くにいらっしゃるのは、カイルですね」
エレノアの声は、いつもと変わらず穏やかだった。
アリアは、エレノアにカイルと共に千里鏡の動作確認をしていることを伝えた。
「はい、エレノア様。カイル様が、もしもの時のためにと、改めて使い方を教えてくださいました」
エレノアは、 わずかに微笑んで言った。
「そうですか。 問題なく繋がったようで、安心いたしました。遠い旅路になりますが、どうかお気をつけて。何かあれば、遠慮なくこの千里鏡を使ってくださいね。王都の皆は、いつもあなたを応援しています」
エレノアの温かい言葉が、アリアの胸にじんわりと広がった。
「ありがとうございます、エレノア様」
アリアは、心からの感謝を伝えた。
アルベール家の自室の窓から、マーガレット夫人は、アリアがカイルと話している姿を、静かに見守っていた。
昨夜、エレノアから千里鏡を託されたと聞いていた。
遠く離れていても、大切な人と繋がることができる。
その信頼性が、アリアの心に少しでも安らぎを与えてくれることを、夫人は願っていた。
宿の前に立つエリオットの隣に、アリアは立った。
短く振り返り、窓に向かって静かに会釈をする。
温かい眼差しで見送ってくれる人々の存在が、彼女の背中を温かい力で押してくれた。
アメリア王妃を助けたいという固い決意と、古来から彼女の心の中で芽生える、自身の出自に関する疑問への探求心。
二つの熱い思いを胸に、アリアはエリオットと共に、王都を後にした。
エレノアから託された小さな千里鏡は、彼女の旅の安全を静かに見守っているようだった。
新たな旅の始まり。
アリアの明るい瞳は、この先に広がる未知の未来への、希望に満ちていた。
ーーー51話へつづく
〈登場人物〉
* アリア: エレノアから託されたアメリア王妃の手紙を読み、王妃の苦境を案じながらも自身の出自への探求心を抱き、新たな旅立ちを迎える。
* ルシウス: アリアのアルベール家との血縁の可能性を改めて認識し、彼女の身を案じつつも、その力と信念を信じて見送る。密かにアメリア王妃へアリアに関する手紙を送る。
* ユリウス: アリアとエリオットの旅立ちを窓辺から見送り、二人の無事を願う。
* カイル: アリアに別れの挨拶をし、千里鏡での連絡を促す。
* マーガレット夫人: アリアの瞳に王家の血を感じ取り、その無事を祈る。
* エリオット: アリアと共にアルトリア王国へ旅立つ。
* アメリア王妃(手紙の内容から): 奇妙な出来事に悩まされ、アリアに助けを求めている。
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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