46話 魂の解放 - 再生の光
アリアの放った最後の、そして最も優しい光が、まるで羽毛のように、空間に漂う微細な黒い粒子をそっと包み込んだ。
それは、抵抗する間もなく、光の中に静かに溶け込んでいく。
その光景を、アリアは息を詰めて見守っていた。
全身の疲労が限界に達していたけれど、その瞳には、一瞬たりとも見逃すまいとする強い意志が宿っていた。
そして、全てが光に飲み込まれた、その瞬間。
アリアは、確かに感じた。
長きにわたる、重苦しい鎖が断ち切られるような、そんな清々しい感覚を。
まるで、深い眠りについていた魂が、ゆっくりと瞼を開いたかのように。
その時、地下倉庫全体が、柔らかな光に満ち溢れた。
それは、アリアが放った浄化の光の残滓ではなく、もっと清らかで、温かい光。
まるで、祝福の光のように、全てを優しく包み込む光だった。
その光は、地下倉庫からゆっくりと広がり、王宮全体を、そして王都全体を、静かに満ちていった。
王宮の廊下では、正気を取り戻した兵士たちが、互いに顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべていた。彼らの心から、重くのしかかっていた不安や焦燥感が、嘘のように消え去っていくのを感じていた。
市場の喧騒も、どこか以前よりも、和らいだように感じられた。
「……なんだか、急に、すっきりしたな」
「ああ、私もだ。ずっと、何かに追い立てられているような気がしていたんだが……」
街では、人々が空を見上げ、その柔らかな光に目を細めていた。
理由もわからぬまま、心に巣食っていた小さな不安が消え去り、代わりに、穏やかな安堵感が広がっていくのを感じていた。
エリオットは、その光を静かに見つめていた。
彼の心には、温かい記憶が蘇っていた。
それは、妹のミアの笑顔。
彼女の魂は、今回の事件で、怨念に囚われて苦しんでいた。
しかし、アリアの放った、この清らかな光は、きっとミアの魂をも解き放ち、安らかな場所へと導いてくれたのだろう。
(ミア……君も、これでやっと、ゆっくりと休めるんだね)
エリオットは、そっと目を閉じた。彼の心には、寂しさとともに、確かな解放の感覚が広がっていた。
妹の魂は、この浄化の光と共に、穏やかな世界へと還っていったのだ。
エレノアも、その光を静かに見上げていた。彼女の表情には、深い安堵と、そして、新たな希望の光が宿っていた。困難は乗り越えられた。
王都には、再び穏やかな日常が戻り始めるだろう。
ルシウスは、操られていた貴族たちの拘束が一段落したのを確認すると、アリアとエリオット、エレノアに静かに言った。
「私は、ユリウスの様子を見てくる。お前たちはここで少し休んでいろ」
ほどなくして、ルシウスが戻ってきた。
その表情には、わずかながら安堵の色が浮かんでいた。
「アリア、ユリウスの意識が戻ったそうだ。まだ完全に落ち着いているわけではないようだが、君に会いたがっている」
アリアの目には、熱いものが込み上げてきた。
「本当ですか、ルシウス様! すぐに、ユリウス様の元へ参ります!」
疲労困憊の体を引きずり、アリアはルシウスに促されるまま、地下倉庫を後にした。
エリオットとエレノアも、安堵の表情で見送った。
王宮の廊下を、ルシウスと共に足早に進む。アリアの胸には、喜びと、ほんの少しの緊張が入り混じっていた。
兄であるルシウスの表情から、ユリウスがまだ完全に回復していないことが伺えたからだ。
ユリウスの部屋の前で、ルシウスは静かに扉を開けた。
「ユリウス、アリアが来たぞ」
部屋の中は、優しい光で満たされていた。
ベッドに横たわるユリウスは、まだ少し顔色が優れないものの、確かに意識を取り戻している。
その瞳が、ゆっくりとアリアの方を向いた。
「アリア……」
その声は、以前よりも幾分か弱々しかったけれど、確かに、どこか懐かしいような気のする温かい声だった。
ユリウスの言葉は、掠れていたけれど、その声音には、深い自覚と、アリアへの優しい思いやりが溢れていた。
「ユリウス様……!」
アリアは、駆け寄り、ベッドの傍らに膝をついた。
彼の顔を覗き込むと、閉じられていた瞼が、ゆっくりと開かれる。
そこに映った瞳は、濁りのない、穏やかな光を湛えていた。
ユリウスは、ゆっくりと手を伸ばし、アリアの手に触れた。
その指先は、まだ少し冷たかった。
「覚えてるよ。小さな頃、よく一緒に王宮の庭で遊んだね。君はいつも明るくて、向日葵みたいな笑顔だった」
アリアは、その言葉に、驚きで目を見開いた。
(幼馴染……?私が、ユリウス様の幼馴染だったなんて……そんな記憶は……)
ユリウスは常に冷たく、近寄りがたい存在だった。
怨念に蝕まれていたからだと、今は理解できる。
しかし、彼の口から語られた、優しい幼少期の記憶は、アリアには全く覚えのないものだった。
「ごめんなさい、ユリウス様……私は……」
戸惑いを隠せないアリアに、ユリウスは優しく微笑んだ。
「無理に思い出さなくてもいいんだ。でも、こうして君の顔を見ていると、昔の温かい気持ちが蘇ってくるんだ。ありがとう、アリア。君が、私を救ってくれたんだね」
アリアは、彼の言葉に胸が詰まった。
怨念が消え去ったことで、ユリウスは本来の優しい心を取り戻したのだ。
そして、彼の中には、アリアが知らない、過去の温かい記憶が確かに存在している。
しかし、アリア自身はその記憶を持たない。二人の間には、埋められない空白がある。
それでも、ユリウスの優しさは、アリアの心を温かく包み込んだ。
(これが、本来のユリウス様の姿……)
アリアは、静かに頷いた。
「はい、ユリウス様。もう大丈夫です」
しかし、アリアの心には、かすかな懸念も残っていた。
今回の事件の黒幕は、まだ姿を現していない。ユリウスを苦しめ、王都を混乱に陥れた真の敵は、一体誰なのか。
そして、その目的は何だったのか。
それでも、今はただ、この解放の喜びに浸っていたかった。
ユリウスが戻ってきてくれた。王都に、再び平和が訪れようとしている。
それだけで、十分だった。
部屋を満たす柔らかな光は、まるで未来への希望のようだった。
魂が解放され、再び、それぞれの道を歩み始める。
アリアとユリウスの、新たな物語が、今、静かに幕を開けようとしていた。
ーーー47話へつづく
〈登場人物〉
* アリア: 怨念を完全に浄化し、ユリウスを解放する。
* ユリウス: 長い束縛から解放され、正気を取り戻し、幼少期の記憶を思い出す。
* エリオット: 怨念の浄化により、妹ミアの魂が安らかに旅立ったことを感じる。
* ルシウス: 王都に平和が戻り始めたことを確認する。
* エレノア: 浄化の光が王宮全体に満ちるのを見守る。
* 正気を取り戻した人々: 怨念の消滅により、心身の重圧から解放される。
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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✪読んでくださり、ありがとうございます。
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