40話 陰謀の糸口 - 怨念利用の企み
重苦しい沈黙が、王都全体を覆っているようだった。
アリアは、自室の窓から見える王宮の黒々とした影を見つめながら、肌を撫でる夜風の中にさえ、ざわめくような不安を感じていた。長く険しい旅路の疲れは残っているはずなのに、眠気は遠く、彼女の心は焦燥感に駆られていた。
(王宮で、一体何が起こっているの…?)
占い処の近くに借りた小さな部屋は、普段は安らぎを与えてくれる場所だったが、今は王宮から流れ込んでくるような不穏な空気に満ちている気がした。
得意の占いを使わずとも、研ぎ澄まされたスピリチュアルな感覚が、王都全体に漂う異質な魔力の残滓を捉えていた。それは、まるで淀んだ水のように、不快で、重苦しいものだった。
翌朝、アリアはエリオットと共に、昨日感じた不穏な気配が特に強かった場所、王宮へと向かった。
エリオットは、アリアの身を案じながら、元王宮書記官としての知識や経験を活かし、彼女の調査をサポートしようとしていた。
アリアは、ルシウスの計らいで王宮への出入り許可を得ているが、陰謀が渦巻く中で単独で行動するのは危険が伴う。
エリオットは、共に歩きながら、周囲の様子に常に目を光らせていた。
「何か、昨夜と変わった様子はありましたか?」
アリアが問いかけると、エリオットは少し疲れた表情で首を振った。
「特に目立った動きはなかったようですが…やはり、空気は重苦しいままでした。アリア様こそ、何か感じましたか?」
「ええ…まるで、王宮の奥深くで、黒い影が蠢いているような…」
二人は、王宮の回廊をゆっくりと歩きながら、そっと手を壁に触れた。冷たい石の感触が、アリアの神経を逆なでする。
壁の向こうにいる人々の、隠された感情が微かに伝わってくる。
焦り、不安、そして、奥底に潜む野心や悪意。それらが絡み合い、一つの大きな濁流となって、王宮全体を覆っているようだった。
エリオットもまた、かつて自分が働いていたこの場所の異様な雰囲気に、深い憂慮の念を抱いていた。
(一体、誰が…こんなことを…?)
彼女の心には、疑問と同時に、言いようのない怒りが湧き上がっていた。この美しい王都を、人々の安寧を、踏みにじるような企みは、決して許すことはできない。エリオットは、アリアの静かな怒りを感じ取り、そっと彼女の肩に手を置いた。
二人は、昨日感じた不穏な気配が特に強かった場所を再び訪れた。それは、王宮の奥深く、普段はほとんど人が立ち入らない古い一角だった。
埃っぽい空気と、ひんやりとした湿気が漂うその場所で、アリアは慎重に周囲を観察した。
エリオットは、アリアの邪魔にならないよう、静かに周囲を見張っていた。
「何か、感じますか?」
エリオットが低い声で尋ねた。
「ええ…昨日よりも、魔力の残滓が濃くなっている気がするわ。それも、歪んだ、不快な種類の…」
アリアは、床に落ちている僅かな黒い粉末に気づいた。
それをそっと指先で掬い上げると、微かにだが、邪悪なエネルギーが宿っているのを感じた。
エリオットも身を屈め、その粉末を注意深く観察した。
「これは…」
「何か分かりますか?」
エリオットが心配そうに覗き込む。
「恐らく、怨念の力を増幅させるための触媒のようなものよ。こんなものが、こんな場所に落ちているなんて…」
二人の表情は、険しさを増した。これは偶然ではない。
誰かが意図的に、この場所で何かを行っているのだ。
その時、背後から優しい声が聞こえた。
「アリア様、エリオット様。こんなところで、一体何を?」
振り返ると、王宮魔術師団長のエレノアが、心配そうな表情で立っていた。
「エレノア様…実は、王宮内で不穏な気配を感じておりまして…」
アリアは、昨夜から今朝にかけて感じたこと、そして先ほど見つけた黒い粉末について、エレノアに詳しく説明した。
エレノアは、真剣な表情で二人の話に耳を傾け、最後に重々しく頷いた。
「私も、最近、王宮内の魔力の流れが不安定になっているのを感じていました。まさか、そのような企みが…」
「何か、心当たりのことはございますか?」
エリオットが尋ねた。彼は、エレノアが何か知っているのではないかと、期待を込めて見つめた。
エレノアは少し考え込むように目を伏せ、やがて顔を上げた。
「過去に、古代魔法の研究に深く関わっていた貴族たちがいました。彼らは、禁じられた力に魅せられ、危険な実験を繰り返していたと聞いています。数年前、その研究は王命によって完全に禁止されたはずですが…」
「その者たちの残党が、まだ潜んでいる可能性があると?」
アリアの声には、強い警戒の色が宿っていた。
「ええ…もしそうなら、彼らは再び、あの強大な力を手に入れようと企んでいるのかもしれません。そして、そのために、不安定になっている怨念の力を利用しようとしている…」
エレノアの言葉に、エリオットは真剣に耳を傾けながら、過去の王宮の記録の中に、そのような貴族たちの名前がなかったかと思い返していた。
その日の午後、アリアとエリオットは、王宮騎士団副団長のルシウスにも、これまでの調査で分かったことを伝えた。
ルシウスは、屈強な体躯に似合わず、真剣な眼差しで二人の話を聞き終えると、力強く頷いた。
「許しがたい所業だ。アリアが王宮への出入りを許可されているとはいえ、このような危険な企みを見過ごすわけにはいかない。直ちに騎士団を動かし、不審な動きを見せる貴族たちの監視を強化しよう。エレノア様とも連携を取り、王宮全体の警戒レベルを引き上げる必要がある」
ルシウスの言葉には、強い決意が込められていた。信頼できる仲間たちの存在は、アリアにとって大きな支えだった。エリオットは、ルシウスの言葉に安堵しながらも、騎士団の動きを把握し、アリアの調査の邪魔にならないよう、そして万が一の事態に備えるための情報収集も必要だと考えていた。
夜になり、アリアは再び一人、王宮の庭を歩いていた。
エリオットは、自室に戻り、昼間に得られた情報と、過去の王宮の記録を照らし合わせ、古代魔法研究に関わった貴族たちの情報を改めて洗い出そうとしていた。
昼間の情報から、陰謀の影が、より具体的に見えてきた。
しかし、まだ多くの謎が残されている。彼らは、どのようにして封印を弱体化させているのか?そして、その首謀者は一体誰なのか?
その時、背後の茂みから、微かな物音が聞こえた。
アリアは、咄嗟に身を隠し、気配を潜めた。
茂みの中から現れたのは、見慣れない装束を身につけた数人の男たちだった。彼らは、周囲を警戒しながら、何かを小さな容器に入れて運んでいる。その容器からは、昼間アリアが感じたものとよく似た、不快な魔力が微かに漏れ出していた。
(やはり…何かを運んでいる…あれが、怨念を増幅させるためのものに違いない)
男たちは、そのまま王宮の奥へと消えていった。
アリアは、彼らの後を追おうとしたが、今は下手に動くべきではないと判断した。
彼らが向かった先を突き止め、確固たる証拠を掴むことが先決だ。
アリアは、静かにその場を離れ、自室に戻っているエリオットと、王宮に残っているルシウスに、今見た光景を伝えることにした。
陰謀の糸口は、確かに見え始めた。
しかし、その先に待ち受けているものが、どれほど深く、そして危険なものなのか、まだ誰にも分からなかった。
王都を覆う暗雲は、ますますその色を濃くしていた。
40話:終わり
〈登場人物〉
* アリア: 主人公の占い師。王宮内に漂う不穏な気配を強く感じ、陰謀の糸口を探る。
* エリオット: アリアの仲間。元王宮書記官。アリアの調査をサポートし、過去の記録や王宮内の情報収集を試みる。
* エレノア: 王宮魔術師団長。王宮内の魔力不安定を感じており、過去の古代魔法研究に関わった貴族たちの存在をアリアたちに示唆する。
* ルシウス: 王宮騎士団副団長。アリアたちの報告を受け、王宮内の警戒強化と不審な貴族たちの監視を約束する。
* 見慣れない装束の男たち: 王宮内で秘密裏に活動し、怨念を増幅させるような何かを運んでいる。古代魔法研究の残党と関連がある可能性。
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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