35話 封印の儀式 - 浄化の光
地下施設に残された古びた記録、そしてエレノアから事前に託されていた、かすれた文字のメモ。
アリアとエリオットは、それらを何度も何度も見返しながら、怨念を完全に封印するための儀式の準備を進めていた。
「この紋様が、結界の要になるみたいです」
アリアは、古文書の複雑な図案を指さしながら、エリオットに説明した。
「エレノア様も、同じようなことを言っていたわ。怨念の力を閉じ込めるには、強固な結界が必要だって」
エリオットは、ミアの魂から聞いた、断片的な記憶を辿っていた。
「ミアは……この場所に、たくさんの光が集まるって言っていた……僕の魔法も、役に立つだろうか?」
彼の声には、まだ少しばかりの不安が混じっていた。
「もちろんです!」
アリアは、力強く頷いた。
「エリオットの魔法は、ミアさんの魂と繋がっている。きっと、結界をより強固なものにしてくれるはずよ」
彼女は、エリオットの瞳をまっすぐ見つめ、確信に満ちた笑顔を向けた。
エリオットは、アリアの言葉に勇気づけられたように、真剣な表情で古文書と向き合い始めた。
彼は、ミアから感じた光のイメージを頼りに、指先から微かな魔力を放ち、空中に仮想の線を描き始めた。それは、まだ頼りない光の線だったが、彼の集中が高まるにつれて、徐々にその輝きを増していった。
一方、アリアは、「浄化の癒し手」としての力を最大限に高めるために、静かに瞑想を続けていた。彼女の体の中を、温かく、優しい光のエネルギーがゆっくりと巡っていく。それは、まるで春の陽だまりのような、生命力に満ちた光だった。彼女は、この光を、怨念の深い悲しみを包み込み、浄化するために使うのだ。
数日が過ぎ、儀式の準備は着々と進んでいた。エリオットは、アリアの指示を受けながら、地下施設の祭壇を中心に、複雑な魔法陣を描き上げていった。彼の魔法の才能は、ミアへの想いと、アリアの励ましによって、日に日に開花しているようだった。以前は戸惑っていた魔法の制御も、今ではまるで体の一部のように、自然に行えるようになっていた。
「すごいですね、エリオット」
アリアは、彼の描いた魔法陣を見つめ、感嘆の声を上げた。
「こんなに複雑で、力強い結界を、もう一人で構築できるなんて」
エリオットは、少し照れたように笑った。
「ミアが……力を貸してくれているのかもしれない」
彼は、そう言いながら、祭壇の一箇所に、特に強い光を込めた魔法の石を埋め込んだ。
儀式当日。冷たい朝の空気の中、アリア、エリオット、そして、ミストラル村の生き残りの人々が、地下施設の祭壇の前に集まった。村人たちの表情には、不安と、ほんのわずかな希望が入り混じっていた。
アリアは、祭壇の中央に立ち、深呼吸をした。彼女の心は、静かで穏やかだった。怨念に対する憎しみはない。ただ、そこに存在する深い悲しみに、そっと寄り添いたいと願っていた。
「皆さま」
アリアは、静かに語り始めた。
「今日、私たちは、この地に残された悲しみを、光で包み込み、再び静寂を取り戻すための儀式を行います。皆さまの祈りが、きっと、私たちの力になるでしょう」
村人たちは、アリアの言葉に頷き、それぞれの思いを胸に、静かに目を閉じた。
アリアは、ゆっくりと両手を前に差し出した。彼女の体から、眩いばかりの浄化の光が溢れ出し、祭壇を優しく照らし出す。その光は、まるで生きているかのように、ゆらゆらと揺れながら、周囲の空間へと広がっていく。
「どうか……安らかに……」
アリアは、心の中でそう語りかけながら、光の強さを増していく。
その瞬間、祭壇の奥から、黒い霧のような怨念が、うめき声を上げながら姿を現した。それは、無数の苦しみと絶望が形を成したような、おぞましい存在だった。
「来るな……!」
怨念は、耳をつんざくような叫び声を上げた。その声は、人々の心に直接響き、恐怖と絶望を呼び起こそうとする。
しかし、エリオットは、臆することなく、祭壇の周りに展開した魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。彼の描いた光の線が、一層強く輝きを増し、怨念の動きを封じ込めるように、目に見えない壁を築き上げる。
「アリアさん、今です!」
エリオットは、叫んだ。
アリアは、怨念の苦しみに、さらに深く意識を集中させた。彼女の心に流れ込んでくるのは、激しい憎しみではなく、底なしの悲しみだった。裏切られた痛み、奪われた命への絶望、そして、永遠に癒えることのない孤独。
アリアは、その悲しみを、自身の浄化の光で優しく包み込もうとした。彼女の放つ光は、単なるエネルギーではなく、温かい感情を伴った、魂を癒す力だった。
光が怨念に触れると、黒い霧が、まるで熱に焼かれるように、じりじりと後退していく。怨念の叫び声は、苦痛に歪み、断末魔の悲鳴を上げ始める。
その時、アリアは気づいた。彼女の浄化の光が、怨念だけでなく、地下施設の壁や床、そして、外のミストラル村の土壌や植物にも、じんわりと広がっているのを。
地下のじめじめとした空気が、ほんの少しだけ、清らかになったような気がした。祭壇の隅に生えていた、枯れかけた小さな草が、かすかに緑を取り戻したように見えた。
アリアは、希望の光を感じながら、さらに浄化の力を強めていく。彼女の体から溢れる光は、ますます眩さを増し、怨念の黒い霧を、完全に包み込んでいく。
エリオットは、額に汗を浮かべながら、魔法陣の維持に全力を注いでいた。怨念は、最後の抵抗として、強烈な負のエネルギーを放出しようとするが、彼の築いた結界は、それをしっかりと食い止めていた。
やがて、怨念の叫び声は、徐々に小さくなり、最後に深い沈黙が訪れた。黒い霧は完全に消え去り、祭壇には、温かい光だけが残っていた。
アリアは、ゆっくりと目を開けた。彼女の表情は、安堵感と、ほんの少しの疲労感に満ちていた。
「終わった……」
エリオットは、力が抜けたように、小さく呟いた。
祭壇の前で祈っていた村人たちは、静かに目を開け、光に満ちた空間を見渡した。彼らの表情には、信じられないような、そして、深い安堵の色が広がっていた。
ふと、一人の老人が、震える声で言った。
「空気が……少し、暖かくなったような気がする……」
別の村人が、外の方を見て、驚いた声を上げた。
「あっ……村の、枯れていた木に……小さな芽が出てる!」
アリアは、微笑んだ。
彼女の「浄化の癒し手」の力は、怨念だけでなく、この土地、そして人々の心にも、確かに希望の光を灯し始めていたのだ。
35話:終わり
〈登場人物〉
* アリア: 「浄化の癒し手」としての力を高め、怨念の浄化を試みる占い師。
* エリオット: ミアの魂の導きと自身の魔法で、封印の結界構築をサポートする青年。
* ミストラル村の生存者たち: 儀式を見守り、祈りを捧げる村人たち。
✦✦✦✦✦
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
✦✦✦✦✦✦✦✦
✪読んでくださり、ありがとうございます。
ポイント評価☆•リアクション(絵文字)ブックマークしていただけると、作者の励みになります。




