34話 葛藤と決意 - 復讐を超えて
地下施設での、ほんの短い、けれど忘れられないミアとの会話。
それは、エリオットの心に深く根を下ろし、今も静かに、でも確かに、彼の感情を揺さぶっていた。
ミアの優しい言葉が蘇るたび、エリオットの中で、燃え盛る復讐の炎と、妹の安らかな眠りを願う気持ちが、激しくぶつかり合っていた。怨念に対する憎しみは、依然として彼の胸の奥底で渦巻いている。あの冷たい、ねっとりとした感覚、そして、ミアを苦しめたであろうおぞましい記憶が、ふとした瞬間に蘇り、彼の心を黒く染め上げる。
けれど、ミアの、あの穏やかで、どこか悲しみを湛えた声も、同じように彼の耳に響くのだ。
「お兄ちゃん……争いは、もうやめて……」と。
その言葉は、まるで小さな針のように、エリオットの心をチクチクと刺し続けた。
復讐を遂げたいという強い衝動と、妹の願いを裏切るわけにはいかないという良心の呵責。二つの感情が、彼の内側で激しくぶつかり合い、エリオットは眠れない夜を何度も過ごしていた。
アリアは、そんなエリオットの苦悩を、静かに見守っていた。
彼女の占い師としての鋭い感覚は、彼の心の奥底で繰り広げられる葛藤を、痛いほどに感じ取っていたのだ。
アリア自身もまた、過去の深い心の傷を抱えていた。宮廷占い師だった前世で、愛する婚約者とのある出来事によって、占いができなくなるほどの痛手を負っていたのだ。その記憶は、時折、彼女の心を重く沈ませる。
ある日の夕暮れ、二人はミストラル村を見下ろす丘の上に立っていた。夕焼け空が、赤とオレンジのグラデーションで染まっている。いつもなら、その美しい景色に心を奪われるアリアだったが、隣に立つエリオットの沈んだ横顔が、彼女の心を重くしていた。
「エリオット……」
アリアは、そっと彼の名前を呼んだ。
エリオットは、夕焼け空から目を離さずに、低い声で答えた。
「……アリアさん」
「あの時、ミアさんと話せて……よかったですね」
アリアは、言葉を選びながら言った。
「ミアさんの願いは、とても優しくて……強いものでした」
エリオットは、しばらく沈黙した後、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ああ……でも、どうしても……あの怨念を思うと、憎しみが抑えられないんだ。ミアを、あんな目に合わせた奴らを……許せない」
彼の声は、かすかに震えていた。
アリアは、彼の気持ちを理解しようと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「憎しみは、人を縛り付ける鎖のようなものかもしれません。私も……過去に、拭いきれない憎しみを抱えていた時期がありました」
エリオットは、初めてアリアの方を向いた。驚いたような、そして問いかけるような眼差しだった。
「アリアさんが……?」
アリアは、少し寂しそうに微笑んだ。
「ええ。私の家族のことで……色々なことがありました。憎しみは、一時的には心を強くしてくれるように感じるけれど、最後には、自分自身を深く傷つけてしまうんです」
彼女の言葉には、過去の経験から得た、深い実感が込められていた。
「じゃあ……どうすればいいんだ?この憎しみを……どうすれば乗り越えられる?」
エリオットの声には、切実な問いが滲んでいた。
アリアは、優しく答えた。
「憎しみを無理やり消そうとするのではなく、その奥にある悲しみを見つめることが大切なのかもしれません。ミアさんが、あんなにも平和を願っていたのは、争いが何も生まないことを知っていたからでしょう。無念を晴らすということは、ただ敵を打ち倒すことだけではないはずです。ミアさんの魂が、本当に安らかになるためには……その根源にある悲しみを理解し、そして、浄化することが必要なのかもしれません」
エリオットは、アリアの言葉をじっくりと噛み締めているようだった。夕焼け空は、いつの間にか深い紫色に変わり始めていた。
「悲しみを……理解する……」
エリオットは、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「あの怨念は……ただ苦しんでいるだけなのか……?」
「全てがそうとは言えないかもしれません」
アリアは、慎重に言葉を選んだ。
「でも、あの地下で感じた、かすかな光は、確かに悲しみの証だったと思います。憎しみだけでは、その光を消してしまうかもしれません」
長い沈黙が二人を包んだ。風が、静かに草を揺らす音だけが聞こえる。エリオットは、再び遠くの空を見つめた。彼の瞳の奥には、激しい葛藤の色が見て取れた。
やがて、エリオットはゆっくりと口を開いた。
「アリアさん……あなたの言う通りかもしれません。ただ復讐するだけでは、ミアはきっと喜ばない……」
彼は、少しずつ、自分の心の中の変化を感じ始めていた。
「ミアの無念を晴らすために……僕は、あの怨念を……浄化するために力を尽くしたい」
彼の声には、これまでのような激しい怒りではなく、静かで強い決意が宿っていた。
その瞬間、エリオットの体から、微かな光が溢れ出した。それは、これまで抑えつけられていた彼の魔法の才能が、新たな決意と共に、ようやく目覚め始めた証だった。
アリアは、その優しい光を見て、そっと微笑んだ。
「エリオットなら、きっとできます」
アリアは、彼の背中を優しく押した。
「私も、一緒に力を尽くします」
エリオットは、アリアの言葉に力強く頷いた。
彼の瞳には、もう迷いはなかった。復讐心を超えて、妹の願いを叶えたいという、純粋な決意が宿っていた。
二人は、並んでミストラル村を見下ろした。夜の帳が降り始め、村の灯りが、ポツリポツリと灯り始める。その小さな光の一つ一つが、未来への希望のように見えた。
エリオットは、静かに言った。
「明日から、また始めよう。ミアの魂を、そして、この村を苦しめる全ての悲しみを、浄化するために」
アリアは、力強く頷いた。
「ええ、エリオット。共に」
二人の心は、固い決意で結ばれていた。復讐を超えたその先に、きっと、ミアの魂が安らかに眠る未来が待っていると信じて。
そして、エリオットの新たな決意は、彼の眠っていた魔法の才能を呼び覚まし、二人の未来に、かすかな希望の光を灯し始めていた。
34話:終わり
〈登場人物〉
* エリオット: 妹ミアの魂との対話を経て、復讐心と妹の願いの間で葛藤する青年。
* アリア: 前世のトラウマを抱えながらも、エリオットの苦悩を理解し、寄り添う宮廷占い師。
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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