33話 情報の奔流 - 王宮の陰謀
地下施設で、ほんの少しの間だけれど、確かに感じたミアの温もり。それは、エリオットとアリアの心に、そっと咲いた一輪の花のように、静かに、でも確かに残っていた。ミアの優しい願いは、エリオットの心で燃え盛っていた復讐の炎を、少しずつ鎮めていった。代わりに、今はただ、妹の魂が安らかに眠れるように、と願う穏やかな気持ちが、彼の胸に灯っていた。
アリアの心には、怨念の奥底で触れた、あの深い悲しみと、ほんのわずかな光の感触が、消えることのない温かい記憶として残っていた。
けれど、二人の頭上には、まだ黒い雲が重く垂れ込めている。ミストラル村を苦しめる呪いの根っこは、想像以上に深く、そして、その裏には、考えもしていなかったような、大きな影が隠れていることを、二人はまだ完全には理解していなかった。
次の日の朝、冷たい霧が立ち込めるミストラル村に、「ピピピッ」という小さな、でもハッキリとした羽根の音が響いた。アリアが窓の外を見ると、小さな光の鳥が、ちょこんと庭に舞い降りた。
王都にいるレオンからの使い魔だ。彼から定期的に届けられる手紙は、いつも少しの希望と、新しい難しい問題を一緒に運んでくる。アリアは、エリオットと顔を見合わせ、二人で息を呑みながら、手紙の封蝋をそっと解いた。
中から出てきたのは、何重にも丁寧に折り畳まれた、上質な羊皮紙だった。広げてみると、見慣れたレオンの、几帳面で整った文字が並んでいる。ところどころ、さらに細かい字で、小さな注釈も書き加えられていた。アリアとエリオットは、顔を見合わせ、少し緊張した面持ちで、その手紙の内容を追い始めた。
「また、王宮の情報ですか……」
エリオットは、昨日の夜、ミアと短い言葉を交わした時のことを思い出し、少し複雑そうな表情を浮かべた。
「ええ……レオンさんのことですもの。きっと、何かすごく重要な手がかりを見つけてくれたんでしょう」
アリアの声には、小さな期待が混じっていた。
手紙に書かれていたのは、ミストラル村で行われていた古代魔法の研究について、これまでよりもずっと詳しい記録だった。
研究が始まった頃の計画書、実験の進み具合を報告する書類、そして、その研究に関わっていたとされる人たちの、細かい身元を調べた報告書。
それは、昨日、地下施設でアリアが目に焼き付けた研究日誌よりも、さらに深く、核心に迫る内容だった。そこには、人間をまるで道具のように扱う、酷くて非道な実験の数々が、まるで他人事のように、淡々とした言葉で記録されていた。
でも、二人の目を一番惹きつけたのは、その研究の本当の目的が、ただ単に魔法の力を探求することではなかった、という記述だった。文書には、王宮の中にいる、強い力を持った特定のグループが、国の軍事力を最大に高めるために、誰にも知られないように、秘密裏に古代魔法の研究を進めていた、とはっきりと書かれていたのだ。ミストラル村は、その危険な力を試すための、都合の良い実験をする場所として、選ばれた可能性が高い、ということも示唆されていた。
「国の力を……強くするために……」アリアは、手紙を持つ手が、かすかに震えるのを感じた。
「村の人たちは……ただ、利用されただけだったの……?」
エリオットは、怒りをぐっと堪えた低い声で言った。
「ミアも……あの幼い命も……王宮の身勝手な野望の犠牲になったっていうのか……」
彼の瞳の奥には、静かに、でも激しく燃える怒りの炎が見えた。
さらに、レオンからの情報は、アリアの家族がこの研究に深く関わっていた、とされることについて、新しい視点を与えてくれた。文書には、アリアの先祖の名前が、研究の中心的な役割を担っていた人物として、何度も何度も出てくる。
けれど、レオンは、その名前の横に、とても注意深く「王宮からの強い圧力下にあった可能性あり」という一文を書き添えていたのだ。
「『強い圧力』……一体、どういうことでしょう?」
アリアは、心配そうに眉をひそめた。
「私の先祖は……本当に、自分の意思でこの研究に……?」
エリオットは、アリアの肩に、そっと手を置いた。
「もしかしたら……アリアさんのご家族も、この大きな陰謀に巻き込まれてしまったのかもしれない……」
レオンは、今回の情報集めが、どれほど危険なものであったかも伝えてきていた。王宮の中の、厳重な警備をかいくぐり、禁書庫と呼ばれる、秘密にされた大切な文書が保管されている場所へ、侵入を試みたという。
その過程で、彼は、古代魔法の研究成果を自分たちだけのものにして、王国の土台を揺るがすほどの大きな力を手に入れようと企んでいた、別のグループの存在も突き止めたらしい。
たくさんの情報が、まるで濁った大水のように、二人の心に押し寄せてきた。
ミストラル村の悲しい出来事、アリアの生まれた家の謎、そして王宮の中で繰り広げられる複雑な権力争い。それらは、決してバラバラの出来事ではなく、深く、そして恐ろしいほどに、複雑に絡み合っていたのだ。
怨念が、ただの悪い気持ちの塊ではないと知った今、その奥底にある苦しみと絶望を、きれいに浄化することの大切さは、アリアの心に、より深く刻まれた。
アリアは、遠い王都の方角をじっと見つめながら、小さく呟いた。
「レオンさん……こんなに危険なことを……」
「アリアさんの言う通りだ」
エリオットは、力強い声で頷いた。
「ミアの願いを叶えるためにも、この王宮の暗い闇を、僕たちが暴かなければならない」
彼の瞳には、妹の魂を解放するという、決して揺るがない強い決意が宿っていた。
二人は、レオンから託された、とても大切な情報を、何度も何度も読み返した。王宮の中の勢力関係、研究に関わったとされる人たちの繋がり、そして、陰謀を企てていた者たちの本当の目的。まるで、複雑な絵のバラバラになったピースを、一つずつ丁寧に繋ぎ合わせていくように、巨大な陰謀の輪郭が、少しずつ、その姿を現し始めていた。
「まずは、この情報をきちんと整理して、これからどう動くべきか、慎重に考えましょう」
アリアは、羊皮紙を丁寧に重ね、小さな革の袋にしまった。彼女の胸には、これまで感じたことのないほどの、強い使命感が湧き上がっていた。
自分の過去、村の未来、そして、ミアの魂の安らかな眠り。
全てを取り戻すために、彼女は、エリオットと共に、王宮の深く暗い闇へと、勇気を出して足を踏み入れる覚悟を決めたのだった。
二人の視線は、強い決意に満ちて、遠い王都の空を、しっかりと捉えていた。
33話:終わり
〈登場人物〉
* アリア: ミストラル村の少女。宮廷占い師の血筋を受け継ぐ。
* エリオット: 王宮書記官。妹ミアの復讐のために魔法を習得。
* ミア: エリオットの妹。古代魔法実験の犠牲となり、怨念として残る。
* レオン: アリアに協力的な商人。王宮内部の情報網を持つ。
* 王宮の勢力: 国家の力を増強するために、秘密裏に古代魔法の研究を進める勢力。
* 研究に関わった人物: アリアの先祖を含む、研究に関わった人物たち。
* 怨念の犠牲者: ミストラル村の実験で犠牲になった人々。
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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