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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第三章 ミストラル村編
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31話 魂の叫び - 怨念との共鳴

地下施設に足を踏み入れた瞬間、アリアは息が詰まるような圧迫感に襲われた。


「……っ!」


それは、ただ空気が淀んでいるだけじゃない。目には見えないけれど、確かに存在する、黒く重いエネルギーが、彼女の全身を締め付けるようにまとわりついてくる。じめじめとした空気以上に、まとわりつくのは、底なしの悲しみ、どうしようもない憎しみ、そして、光の見えない絶望がぐちゃぐちゃに混ざり合った、濃密な感情の塊だった。


宮廷占い師として、長年培ってきた鋭敏な感覚が、この地に閉じ込められた無数の魂の叫びを、悲痛な調べとして捉え始めていた。

それは、言葉にならない、断片的な感情の波。苦痛に歪んだ、一瞬の映像の断片。そして何よりも、魂の奥底から絞り出されるような、耐え難い悲鳴だった。


アリアの精神は、まるで無数の細い針でチクチクと刺されるように痛み、胸の奥底からじわじわと湧き上がってくる共感と悲しみの重さに、押し潰されそうになる。


「……う……」


堪えきれず、アリアは小さく呻いた。頭痛がズキズキと激しく、まるで内側から引き裂かれるようだ。視界がチカチカとちらつき、立っているのがやっとだった。


隣を歩くエリオットは、すぐにアリアの異変に気づいた。


「大丈夫ですか、アリアさん!」


「ええ……なんとか……」


アリアは、辛うじてそう答えたものの、顔色は見るからに青ざめている。

彼女に響いてくるのは、ただの音じゃない。もっと深く、直接、魂に語りかけてくるような、痛切な叫びなのだ。


エリオットは、周囲をキョロキョロと警戒しながら、ゆっくりと足を進めた。床に落ちている小さな瓦礫の一つ一つを、まるで何かを探すように注意深く観察し、壁に残る古びた傷跡に、目を凝らした。


彼は、無意識のうちに拳を強く握りしめていた。彼の脳裏には、忘れかけていた、断片的な映像が蘇ってくる。幼いミアが、大きな瞳を丸くして、何かを怯えたように見上げている姿。痛みに顔を歪め、小さな手を伸ばして、助けを求めているような仕草。


そして、最後に見た、光を失ったままの、妹の冷たい瞳……。それらの記憶が、今、この地下に渦巻く怨念と共鳴し、まるで昨日のことのように鮮明に蘇ってくる。ミアの魂も、この暗く冷たい場所で、ずっと苦しみ続けているのだろうか。

そう思うと、エリオットの胸は張り裂けそうになり、抑えきれない怒りが、静かに、しかし確実に、彼の内側で燃え上がってきた。


彼は、ふと、足元に落ちていた小さな木片を拾い上げた。それは、ミアが幼い頃、いつも大切にしていた、小さな木彫りの鳥の一部かもしれない。指先でそっと撫でながら、エリオットは心の中で固く誓った。


「ミア……必ず、お前の無念を晴らしてみせる……」


この地に巣食う、おぞましい怨念を打ち倒し、妹の魂を、苦しみから解放する。それが、今の彼の唯一の、そして最も強い願いだった。


アリアは、ゆっくりと深い呼吸を繰り返しながら、自身の内なる力に意識を集中させていった。

「浄化の癒し手」として、代々受け継いできた、魂を癒し、鎮める力。今こそ、その力を使うべき時だ。彼女は、そっと両手を前に差し出し、精神を研ぎ澄ませた。


すると、柔らかな、まるで春の陽だまりのような温かい光が、アリアの掌からゆっくりと溢れ出し始めた。それは、目にはっきりと見えるほど強くはないけれど、確かに存在する、生命の優しいエネルギーであり、傷ついた魂をそっと包み込む、癒しの光だった。

光は、まるで生き物のようにゆっくりと周囲の空間に広がっていき、黒い霧のように渦巻く怨念の暗闇を、ほんの少しだけ、明るく照らし出した。


その光が、怨念に触れた瞬間、アリアは、より鮮明に、その感情を感じ取った。それは、想像をはるかに超えるほど深く、そして重いものだった。信じていた者に裏切られた怒り、奪われた命への激しい憎しみ、そして何よりも、永遠に癒えることのない、深い孤独と絶望……。

それらの負の感情が、まるで濁流のように、容赦なくアリアの精神に押し寄せてくる。


「こんなに強い怨念……一体、ここで何があったというの……?」


しかし、その強烈な感情の奥底に、ほんのわずかながら、しかし確かに、キラキラとした光のようなものが存在することに、アリアは気づいた。


それは、遠い昔に感じた温もりへの、乾いた喉のような渇望か。あるいは、もう誰にも届かないかもしれない、それとも、かすかに残った、救いを求める小さな願いの残滓か。


怨念は、ただただ暗闇に染まり切っているわけではない。

深い悲しみと孤独の淵で、消えかけそうな、それでも確かに存在する光を、抱えているのだ。


アリアの掌から溢れる浄化の光が、徐々に強さを増していくにつれて、怨念の抵抗もまた、激しさを増していった。

まるで、癒しの光が、長年放置された古い傷口に触れる塩のように、怨念に激しい苦痛を与えているかのようだ。


アリアの精神に、鋭い刃物でザクリと切りつけられるような、耐え難い痛みが走り、耳元では、けたたましい、耳をつんざくような叫び声が、 継続的にこだまする。

それは、たった一つの声ではなく、無数の、名前も知らない魂たちが、同時に発する悲鳴のようだった。その叫びは、アリアの頭をガンガンと打ち付け、立っているのがやっとの状態にさせる。


「ぐっ……!」


アリアは、 バランスを崩し、膝をつきそうになる。強大な負のエネルギーが、まるで重い 手で掴まれたように、彼女の精神力を容赦なく削り取っていく。

まるで、底なしの泥沼に、じりじりと引きずり込まれていくような、逃れられない感覚。

意識がだんだんと遠のき始め、目の前が、濃い暗闇に覆われそうになる。


エリオットは、アリアの苦しそうな様子にすぐに気づき、


「アリアさん!」


と叫びながら、すぐに駆け寄った。


「しっかりしてください!」


彼の声には、深い心配の色が、ありありと滲んでいた。


(だめだ……ここで、諦めるわけにはいかない……!)


アリアは、朦朧とする意識の中で、必死にそう念じた。

脳裏には、心配そうに眉をひそめるエリオットの険しい表情、そして、遠い王都で出会った、大切な仲間たちの温かい笑顔が、走馬灯のように浮かんでは消える。


彼女は、決して一人ではない。共にこの困難に立ち向かう、心強い仲間たちがいる。彼らの存在が、アリアの心に、再び立ち上がる、わずかな力を与えてくれた。


「私は……諦めない……!」


アリアは、震える声で、しかしはっきりとそう叫んだ。

掌から溢れる、頼りないけれど優しい浄化の光を、もっと強く、もっと温かくしようと、彼女は全身全霊の力を込めた。


光は、怨念の黒い霧をほんの少しだけ押し返し、その奥に潜む、微かな光を、なんとか照らし出そうと、懸命に輝いた。


怨念は、アリアの抵抗に呼応するように、ますます激しい、黒くねっとりとした負の感情を、容赦なくぶつけてくる。憎悪、絶望、そして、全てを終わらせたいという死への渇望……。それらの感情が、まるで鋭い刃物となってアリアの精神を切り裂き、容赦なく打ち据える。


それでも、アリアは決して屈しない。彼女は、「浄化の癒し手」として、その身に宿る使命を胸に、今も苦しみ続けている、名も知れぬ魂たちを救いたいという、ただ一つの強い願いを込めて、懸命に光を放ち続けた。


魂の悲痛な叫びと、怨念の怒り狂った咆哮。そして、その全てを鎮めようとするアリアの、弱々しいけれど、どこまでも諦めない、静かで強い光。


地下施設には、怨念の叫び、アリアの精神を蝕む痛み、そして彼女の放つ光のぶつかり合いが、激しい波のように満ちていた。


果たして、アリアの心からの祈りは、この深く、 閉ざされた 闇に、届くのだろうか。


怨念に囚われた、数多の魂たちは、いつか、安らかな眠りにつくことができるのだろうか。


戦いは、まだ始まったばかりだった。



31話:終わり


〈登場人物〉


* アリア: 地下施設に漂う強烈な怨念に精神的な苦痛を感じ、犠牲者たちの魂の叫びを捉える。「浄化の癒し手」の力で魂を鎮めようとするが、怨念の強大な抵抗に苦しむ。


* エリオット: 妹の魂の断片的な記憶や感情を感じ取り、深い悲しみに襲われる。妹の無念を晴らすため、怨念を打ち倒すことを強く誓い、アリアを心配する。


* 犠牲者たちの魂(声・感情): 強烈な悲しみ、憎悪、絶望の叫びとしてアリアの心に響く。わずかに救いを求める光も示唆される。


* ミア(回想・感情): 断片的な記憶や感情としてエリオットに感じ取られる。


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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。

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