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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第十二章 記憶の核
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326話 知らないまま、託される

イリスの過去②。

別の視点からみたお話。


それは、まだ世界が静かだった頃のこと。


玉座の間には、光が差していた。

朝でも夕でもない、時間の境目のような淡い光。

高い天井を渡るその光の下で、古代王家の王と王妃、そして――

ひとりの老齢の未来視者が向かい合っていた。


未来視者は、エルフの末裔だった。

かつてはこの世界の星々を読み、人の運命を導いた一族。

今や、その血を引く者は片手で数えるほどしかいない。


深く刻まれた皺。

白く長い髪。

長い耳。

その目だけが、不釣り合いなほど澄んでいる。


彼女は、手にした薄い書をゆっくりと閉じた。

占星盤と、星図と、いくつもの観測記録――

それらを束ねた預言書だった。


「……観測は、終わりました」


その声は、老いてなおはっきりとしていた。

感情を含まない。

ただ、事実を置くための声。


王は頷き、続きを促す。

王妃は、無意識に自らの腹部に手を添えていた。


「王家の血脈は、現在の分岐のままでは――」


未来視者は、一拍だけ言葉を置いた。


「三代を越えません」


玉座の間の空気が、わずかに揺れた。


「戦でも、疫病でもありません。内側から、ゆっくりと途切れていきます」


王は目を伏せ、王妃は息を呑んだ。


「それに伴い、この世界に編み込まれている“人の時代”も、同じく細っていくでしょう」


未来視者は、王妃を見ない。

誰かを責める言葉ではないからだ。


「回避の分岐は、存在します」


その一言に、王妃の指が強く握られる。


「ですが、そのすべてに共通する条件があります」


未来視者は、視線を玉座の間の隅へと移した。

そこには、透明な器が置かれていた。

水を満たしたその中で、虹色の幼体が、ゆっくりと揺れている。


生まれて間もない――

いや、生まれたという感覚すら、まだ持たない存在。

古代虹色スライム。

その、最後の個体。


「この子を通らない未来は、いずれも閉じています」


王妃の喉が、かすかに鳴った。


「……それは」


声にしようとして、言葉が続かなかった。

未来視者は淡々と続ける。


「契約ではありません。支配でも使命でもない」


その言葉は、まるで誰かの誤解を先回りして否定するようだった。


「“媒介”です。未来と現在を、繋ぐための」


王は、静かに立ち上がった。


「つまり――」


未来視者は頷く。


「未来へ、送るのです」


玉座の間に、沈黙が落ちた。

その沈黙を破ったのは、王妃だった。


「……あの」


声は、震えていなかった。

だが、かすかに掠れている。


「この子は……こんなにも、幼い」


王妃は、器に近づく。

その仕草は、無意識だった。

器の縁に手を置く。

指先が、わずかに震える。


王妃は、かつて命を失っていた。

形になる前に、消えてしまった子。

誰にも見せぬまま、胸の奥にしまい込んできた記憶。

そして今――

再び、腹の奥に、小さな命を宿している。

だからこそ。


「……まだ、生きることも、知らないのに」


それ以上、言葉は続かなかった。

未来視者は、静かに頭を下げる。


「存じています」


短い言葉だった。

理解している、という意味だけを含んだ。


「だからこそ、この子は“選ばれた”のではありません」


王が、王妃の隣に立つ。


「選ばれたのではない」


王は、はっきりと繰り返した。


「託されるのだ」


王は、未来視者と、長老のほうを見る。


古代虹色スライム族の長老は、沈黙を守っていた。

その沈黙こそが、覚悟の証だった。


「この子に、命を縛る契約は結ばない」


王の声は低く、揺るがない。


「使命という言葉も、使わない」


王妃が、ゆっくりと顔を上げる。


「ただ――」


王は、器の中の幼体を見る。


「未来へ、送り出す」


それだけだった。


幼体のイリスは、何も理解していない。

音が、振動として伝わるだけ。

光が、色として揺れるだけ。

自分が何者かも、

なぜここにいるのかも、

知らない。


それでも。

王妃の手が、そっと器に触れたとき、

その温度だけは、はっきりと感じた。

あたたかい。

やわらかい。

イリスは、理由もなく、その感触を覚えた。


「……この子は」


王妃は、かすかに微笑む。


「誰かに、触れられることを、

怖がっていない」


それは、祈りのような言葉だった。


長老が、初めて口を開いた。


「この子は、まだ何も知らぬ」


低く、重い声。


「知らぬまま、時を越える」


未来視者が、静かに補足する。


「そして、知らぬまま――

多くを、思い出すでしょう」


その言葉の意味を、

幼体のイリスは、理解しない。


けれど。


「未来」


という音だけが、

なぜか、体の奥に沈んだ。


それが、後に恐怖になることも、

力になることも、

この時のイリスは、まだ知らない。


ただ――

光と、声と、温度の中で。

何かが、

確かに、託された。

知らないまま。




ーーー367話へつづく

為政者側の視点で見た、

イリスの過去のお話でした。


次回は週明け月曜日に更新予定です。

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