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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第十二章 記憶の核
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325話 残された色と古代の約束

イリスの過去のターン。



最初にあったのは、色だった。


熱でも、光でも、言葉でもない。

ただ、にじむように広がる、やわらかな色。


イリスは、その色の中にいた。


生まれて間もない、という自覚すらない。

自分が「幼体」であることも、

この世界が「古代」であることも、

何一つ、理解できていなかった。


それでも――


ひとつだけ、確かなものがあった。

夢。


夢の中で、イリスは、ひとりの少女に出会っていた。

場所は、わからない。

世界も、時も、わからない。


ただ、

雨上がりの匂いと、

硬い地面に残った水の感触だけが、妙に鮮明だった。


小さな影が、しゃがみ込む。

人間の、子ども。


その子は、イリスを見つけると、

少し驚いたように目を丸くして、

それから――そっと、撫でた。


(……あ)


その瞬間だった。

色が、震えた。


理由はない。

理屈も、意味もない。


ただ、

この子だ

と、思った。


その手は温かく、

イリスの存在を、拒まなかった。

撫でられているあいだ、

世界は、壊れなかった。


それだけの夢。


名前も知らない。

言葉も交わしていない。


けれど、その夢は、

何度も、何度も、

イリスの中で、反復された。


やがて――


世界は、変わる。


虹色スライムの種族は、滅びに向かっていた。

古代魔法の暴走。

環境の変質。

そして、避けられない、終焉。


イリスは、長老の前に連れて行かれた。


意味は、ほとんど理解できなかった。

まだ、あまりに幼かったからだ。


ただ、断片だけが、胸に残った。


――古代王家。

――その末裔が消えれば、世界も滅ぶ。

――恩返し。

――守り、導くこと。

――最後の、虹色。

――あの娘と似た、あたたかいぬくもり


(……?)


よく、わからない。


それでも、

長老の言葉の中で、

あの夢の少女の感触が、なぜか、重なった。

きっと、この子のことだ。

理由はない。

証拠もない。

けれど、イリスは、そう思った。


次の瞬間、

イリスは、時の扉へと放り込まれた。

準備も、理解も、選択もない。

ただ、落ちる。

流れる。

引き裂かれる。


イリスは、時をかけた。

さまざまなときで、

古代王家の血を引く王女たちを見た。


遠くから、見守ったこともある。

ほんの一瞬、触れたこともある。


そして――


カメリアにも、出会った。

震える手で剣を持つ彼女。

覚悟を抱く彼女。

最後まで、逃げなかった彼女。

その魂は、強く、悲しかった。

けれど。


(……ちがう)


イリスは、理解した。

この人では、ない。


さらに時を越え、

幼い頃のアリアも、見た。

まだ何も知らず、

それでも、光を宿していた少女。


(……ちがう)


そして――


イリスは、現代日本に辿り着く。


雨の日だった。

歩道の水溜まり。

信号待ちの、人混み。

イリスは、そこに、落ちた。

ぷるん、と。


透明に近い、幼体。

誰にも気づかれず、

踏まれる運命だったはずの、その瞬間。

足が、止まった。


人間の女。

少し疲れた顔。

濡れた髪。

年を重ねた身体。

人の世界では『大人』と言われる年頃。


それでも。

その人は、しゃがみ込み、

イリスを見つけ、

そっと、撫でた。


(……!)


同じだ。

あの夢と。

手の温度。

撫で方。

魂の、色。


(このひと)

(このひとだ)


理由は、ない。

年齢も、世界も、関係ない。

イリスは、確信した。

探していた魂。


その人――水樹 葵は、

イリスをビニール袋に入れ、

編集部へ連れて行った。

ガラスのコップ。

水。

金魚鉢みたいだ、と微笑む。

仕事の合間、

イリスを見る目は、やさしかった。


(……ここ)

(ここに、いれば)


そう思った、その夜。

葵は、机に突っ伏し、

眠りに落ちかけた。


その瞬間。

光が、ほどけた。


転移。


一緒だった。

確かに、一緒だった。


けれど――


流れが、ずれた。

引き剥がされる。


(……まって)


イリスは、体を伸ばした。

ぷる。

ぷる。

触れていたはずの魂が、遠ざかる。


次の瞬間――



森。

湿った地面。

冷たい空気。


イリスは、目を覚ました。

記憶は、ほとんど失われていた。

使命も。

約束も。

夢の意味も。

ただ、

ひとつだけ残っていた。


――離れない。


理由は、わからない。

それでも、

そう、決めていた。


魔物の気配。

恐怖。

震える体。


助けて、と、初めて思った、その瞬間――


風が裂け、

雷が走り、

光が降りた。


黒い狼が、消える。


そして――

彼女が、いた。

栗色の髪の少女。


(……あ)


胸の奥が、鳴った。

理由は、ない。


でも、

イリスは、知っていた。

やっと、辿り着いた。


ぷるん、と体を揺らし、

イリスは、彼女の足元へ寄る。

撫でられる。

懐かしい。

遠い夢と、同じ。


「イリス」


その名前を聞いたとき、

何かが、静かに、震えた。


失われた記憶。

残された色。


それでも――

もう、離れない。

イリスは、そう決めた。




ーーー326話へつづく



アリアとエリオットにイリスが助けられる、

52話へと繋がるお話でした。

現代日本から異世界転移の際、

葵はこの世界のアリアとなりました。

イリスはアリアがこの世界になんとか馴染み始めた頃の森へ。

別々の日時・場所に飛ばされながらも、

アリアがイリスを助けるという形で再会。


次回は土曜日に更新予定です。

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