324話 そばにいた、それでも
お待たせしました。
マコトの過去のターンです。
神殿の奥へ踏み込んだ瞬間だった。
――ぐらり、と視界が揺れる。
「……っ」
マコトは思わず膝をついた。
床に手をついた指先から、冷たい石の感触が伝わるより早く、胸の奥を鋭い杭で貫かれたような痛みが走った。
(……来た)
理由は、分かっていた。
いや、分かっていたからこそ、
これまで必死に目を逸らしてきた。
夢で、何度も見てきた光景がある。
断片的で、輪郭の曖昧な記憶。
目が覚めれば、「またか」と押し戻してきたもの。
けれど―― 今回は違った。
身体が、拒まない。
意識だけが、引きずり込まれる。
「師匠……?」
少し先で、アリアが振り返る。
その声が、ひどく遠く聞こえた。
「大丈夫、だ……」
そう答えようとした瞬間、
痛みがさらに深く食い込んだ。
呼吸が乱れ、心臓が自分のものではない速さで脈打つ。
視界が白く反転し――
次の瞬間、世界が切り替わった。
――――――
炎の匂い。
崩れ落ちる柱。
悲鳴と怒号が絡み合う、城の中庭。
(……ああ)
理解するより先に、身体が動いていた。
剣を握る手の感触。
重さ。
血の匂い。
これは、マコトの身体じゃない。
――ベリタスだ。
守るために剣を学び、
守るために強くなろうとしていた頃の自分。
「カメリア……!」
名を呼びながら、駆ける。
彼女は、そこにいた。
倒れ伏す人々の中で、
宮廷占い師の衣を血に染めながら、
それでも立っていた。
――見えていた。 確かに、同じ場所にいた。
(間に合え……)
剣を振るい、敵を退け、
ようやく彼女の前に辿り着いた、
その時。
遅かった。
彼女の身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。 伸ばした手は、ほんのわずか、届かない。
「……ごめんなさい」
震える声で、彼女はそう言った。
謝られる理由など、どこにもなかった。
護身術を教えたのは、自分だ。
守ると決めたのも、自分だ。
それなのに――
「……もっと、近くにいれば……」
声にならない言葉が、喉の奥で潰れる。
同じ場所にいた。 見える距離にいた。
それでも、彼女は死んだ。
力が、足りなかった。
判断が、遅かった。
何より―― 守れると思っていた自分の慢心が、彼女を殺した。
「……守れなかった」
その言葉だけが、現実だった。
――――――
胸を引き裂くような激痛が走る。
「……っ!!」
神殿の中で、マコトの身体が大きく揺れた。息が詰まり、心臓が砕けそうなほど強く打つ。
旅の途中で感じていた違和感。
理由の分からない体調不良。
胸を刺すような痛み。
――すべて、これだ。
そばにいたのに、救えなかった記憶。
見ないふりをしていた後悔。
床に落ちる影の中で、
マコトは歯を食いしばった。
誰のせいにもできない。
正しかったとも、間違っていたとも言えない。
ただ一つ確かなのは――
そこにいて、何も変えられなかったという事実。
(……これを、思い出させるためか)
神殿が、静かに脈打つ。
責めるでもなく、慰めるでもない。
ただ、記憶を差し出してくる。
マコトは、ゆっくりと顔を上げた。
アリアが、すぐそこにいる。
俺には、守るべき“今”がある。
「……俺は」
声は、まだ震えていた。
「そばにいた記憶を、なかったことにはしない」
痛みは消えない。
だが、目は逸らさなかった。
ベリタスとしての過去も、
マコトとしての現在も。
そのすべてを抱えたまま、
彼は、もう一歩、前へ進んだ。
神殿は、静かにそれを受け入れていた。
―――325話へつづく
次回は明後日水曜日に更新予定です。




