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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第十二章 記憶の核
334/338

322話 選ばれたのではなかった

だいぶ日が開いてしまいましたが

322話更新です。


光は、音もなく広がった。


眩しいはずなのに、目を閉じる必要はなかった。

それは外から差し込む光ではなく、アリアの内側に直接触れてくるような――そんな感覚だった。


足元の感触が、ゆっくりと失われていく。

神殿の石床も、冷たい空気も、すべてが遠のき、代わりに温かな気配が満ちていく。


(……ここは……)


問いかけるより先に、答えが流れ込んできた。


視界が、切り替わる。





そこは、朝だった。


柔らかな陽の光が、白い石の床を照らしている。

高い天井。開け放たれた回廊。

風に揺れる薄衣と、かすかに香る清浄な香。


中央に、ひとりの女性が立っていた。


年若い――けれど、幼さはない。

まっすぐな背筋と、伏せられた睫毛の奥に、静かな覚悟を宿した顔。


(……この人……)


アリアは、息をのんだ。


見知らぬはずなのに、胸の奥が強く震える。

懐かしさとも、哀しみとも違う。

もっと深いところで、血が反応している感覚。


彼女は、太陽の巫女だった。


豪奢な装束ではない。

ただ、清められた白と、淡い金の刺繍。

飾り気はないのに、その姿は、空間そのものを鎮めていた。


巫女は、ゆっくりと両手を胸の前で組み、祈りの姿勢を取る。


――その背に、誰かが声をかけた。


「……よろしいのですか」


年配の女性だ。

巫女を案じるように、けれど止めることはできないと知っている声音。


巫女は、微かに笑った。


「はい」


その声は、驚くほど穏やかだった。


「怖くないと言えば、嘘になります」


正直な言葉。

だが、揺れはない。


「でも……必要なのでしょう?」


年配の女性は、言葉を失う。


「“選ばれた”のではありません」


巫女は続ける。


「私が、ここに立つと決めました」


その一言で、アリアの胸が締めつけられた。


――選ばれたのではない。

――引き受けたのだ。


誰かに押しつけられた役目でも、逃げ場のない運命でもない。

理解した上で、恐れた上で、それでも選んだ道。


「この祈りで、すべてが救われるわけではないと……分かっています」


それでも。


「それでも、今ここで、私にできることがあるなら」


巫女は、静かに目を閉じた。


太陽の光が、彼女を包み込む。

あたたかく、やさしく、しかし圧倒的な力を秘めた光。


その光は、巫女の命を削るものではなかった。

代わりに、深く、深く――魂に刻まれていく。


祈りとは、犠牲ではない。

耐え忍ぶことでも、消えることでもない。


世界と向き合う覚悟そのものだった。


(……っ)


アリアの視界が、滲んだ。


気づけば、頬を涙が伝っている。


なぜ泣いているのか、すぐには分からなかった。

悲しいわけじゃない。

苦しいわけでもない。


ただ――


(……こんなふうに、祈ってたんだ……)


誰にも強いられず。

誰かのために、誇りをもって。


自分の血の先に、こんな人がいたことが、胸に迫った。


巫女は、最後にそっと微笑んだ。


その微笑みが、まっすぐアリアを見ているように感じられて、息が止まる。


「……受け取って」


声はなかった。

けれど、確かにそう言われた気がした。


光が、ゆっくりとほどけていく。





アリアは、神殿の中で、はっと息を吸った。


膝が震え、思わず胸元を押さえる。

そこには、先ほどまでの痛みはない。

代わりに、あたたかな余韻だけが残っている。


「……巫女は……」


言葉にならない。


犠牲ではなかった。

哀れな存在でもなかった。


強かった。

静かで、優しくて、それでも確かに――強かった。


(……私は……)


その続きを考えた瞬間、涙がまた溢れた。


けれどそれは、絶望の涙ではない。


「……ありがとう」


誰に向けた言葉か、自分でも分からないまま、アリアはそう呟いた。


記憶は、まだ続いている。

けれど、最初の扉は、確かに開かれた。


これは終わりではない。

始まりだ。


太陽の巫女が引き受けた光は、

今、確かに――アリアの中で、静かに息づいていた。





ーーー323話へつづく






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