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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第三章 ミストラル村編
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30話 実験の痕跡 - 歪んだ真実

ねっとりとした空気が、まるで重い布のようにアリアとエリオットの肌にまとわりついてくる。

地下施設に足を踏み入れた瞬間から、陰鬱な雰囲気が二人を包み込んだ。崩れかけた石のアーチが、暗い洞窟の入り口のように頭上に口を開けている。足元は湿った土と砂利で、歩くたびにぐしゃり、と小さな音が響いた。


ランタンの頼りない光が、揺れながら周囲を照らし出す。壁には、長い年月を経て風化したのか、不気味な模様や誰かが爪で引っ掻いたような跡が、ぼんやりと浮かび上がっていた。


「……なんだか、空気が重いですね」アリアは、小さく呟いた。


エリオットは、周囲を警戒しながら頷いた。


「ああ。嫌な感じだ。まるで、ここで苦しんだ人たちの念が、まだ残っているみたいだ」


最初に二人の目に飛び込んできたのは、目を背けたくなるような光景だった。

いくつもの木製の実験台が、無残に倒れている。壊れた拘束具の鎖が、床にだらりと伸び、冷たい金属音を立てた。鋭い刃物や、用途の分からない奇妙なガラス器具の破片が散らばり、鼻をつくのは、鉄が錆びたような、乾いた血の匂いだった。

壁には、黒ずんだシミが広範囲に広がっていて、そこで一体何が行われていたのか、想像するだけで胸が締め付けられた。


奥へ進むにつれて、さらに生々しい痕跡が目に付くようになった。

擦り切れて原型を留めない、粗末な布切れ。誰かが必死に掴んだのか、抜け落ちたまま放置された黒髪の束。

そして、壁の隅には、小さな子供の手形のようなものが、泥のようにこびり付いている。床には、明らかに人のものと思われる、小さな骨のかけらがいくつか転がっていた。


「……ここで、たくさんの人が……」


アリアは、言葉を詰まらせた。


エリオットは、床に落ちた骨のかけらを、辛そうな表情で見つめた。


「人間としての尊厳を奪われて……酷いことをされたんだな」


彼の声は、怒りと悲しみで震えていた。


アリアは、胃の奥底からこみ上げてくる吐き気を必死に堪え、唇を強く噛み締めた。


その時、エリオットが、足元に転がっていた煤けた木製の箱に気づいた。


「アリアさん、これ……」


二人は顔を見合わせ、慎重に箱の周りの埃を払った。

ゆっくりと蓋を開けると、中には色褪せた小さな木彫りの人形、使い古された木製の櫛、そして何よりもアリアの目を釘付けにしたのは、細い銀色のチェーンについた、小さなオーバル型のロケットペンダントだった。

中央には、見覚えのある繊細な模様が刻まれている。それは、アリアが肌身離さず身につけている、亡き母の形見のペンダントと、信じられないほどよく似たデザインをしていたのだ。


「これは……一体……」


アリアは息を呑んだ。


震える手でロケットペンダントを拾い上げる。ひんやりとした金属の感触が、指先から全身へと広がり、背筋に冷たい汗が流れた。


「なぜ……こんな場所に……」


「どうしました、アリアさん?」


エリオットは、アリアの異変に気づき、心配そうに声をかけた。


アリアは、混乱した表情でペンダントを見つめた。


「この模様……私の母の形見のペンダントと、すごく似ているんです」


過去の記憶の断片が、ぼんやりと頭をよぎる。母がこのペンダントについて何かを言っていたような気がするが、はっきりとは思い出せない。


「ただ、大切にするように、とだけ言われたような……」


一方、エリオットは、床にうっすらと残る、消えかけた魔法の痕跡に全神経を集中させていた。それは、微弱ながらも確かに存在する、彼が幼い頃からよく知る、妹ミアが好んで使っていた光の魔法の残滓だった。


「ミアの……魔法……」


その淡い光の粒子は、まるでミアの魂の欠片が、この場所に留まっているかのようだった。その痕跡を辿るうちに、エリオットは、一つの大きな染みに辿り着いた。それは、他の場所よりも濃く、そしてどこか禍々しい黒色をしていた。


「ミア……ここで……」


エリオットの口から、絞り出すような悲痛な叫びが漏れた。


「エリオット!」


アリアは、彼のただならぬ様子に駆け寄った。


エリオットは、その黒い染みを食い入るように見つめた。


「ミアが……最後にいた場所かもしれない……」


抑えきれない怒りと、胸を引き裂かれるような絶望感が、彼の全身を激しく揺さぶる。拳を強く握りしめ、爪が手のひらに深く食い込むのを感じた。

復讐の炎が、彼の瞳の奥で赤く燃え上がっていく。だが、彼はその激しい感情を必死に押し殺し、震える手で染みの周囲を注意深く探り始めた。


「ミア……ミア……何か、お前の痕跡を……」


それが、今の彼の唯一の願いだった。


その時、アリアは、崩れかけた木製の机の上に、辛うじて原型を留めている分厚い革表紙の研究日誌に目を留めた。


「エリオット、これ……」


長年の埃を慎重に払い、ゆっくりと最初のページを開くと、そこには整然とした、しかしどこか神経質な筆跡で、日付と研究の目的が記されていた。読み進めるうちに、アリアは驚愕の事実を知る。


「これは……!」


この禁断の古代魔法の研究は、一人の狂信的な研究者の個人的な探求ではなく、王宮、あるいはその一部の権力者の命令によって、秘密裏に、組織的に行われていたのだ。

そして、その実験は、倫理観を完全に無視した、非人道的なものであり、想像を絶する悲劇的な結末を迎えたことが、断片的な記述や実験結果の記録から、徐々に明らかになっていった。


日誌のページを繰るごとに、実験の被験者たちの生々しい記録が、アリアの心臓を締め付ける。


「抵抗……懇願……絶望……」


そして、徐々に人間性を失っていく様子が、克明に、そして冷酷な視線で綴られている。研究者たちの記述もまた、常軌を逸していた。成果への異常な執着、被験者を単なる実験材料としか見なさない冷酷さ、そして、禁断の知識に触れることで徐々に精神が蝕まれ、狂気に染まっていく様子が、歪んだ言葉で赤裸々に綴られていた。


そして、アリアの指が、ある記述でぴたりと止まった。そこに記されていた研究者の名前。


「まさか……!」


それは、紛れもなく、彼女の母方の家の家名だった。一度や二度ではない。何度も何度も現れるその名前は、否応なしに、アリアの家族がこの忌まわしい研究の中枢に関わっていたことを示していた。

心臓が凍り付くような衝撃が、アリアの全身を貫いた。


「私の……家族が……?」


これまで、自分のルーツについて深く考えたことはなかったが、その平凡だと思っていた出自の奥底に、これほど深く、そしておぞましい闇が潜んでいたとは。

ロケットペンダントの謎、そしてこの地下施設の異様な雰囲気。

全てが、彼女の中で一つの線として繋がり始め、今まで何となく受け入れてきた自分の過去が、音を立てて崩れていくような、激しい眩暈に襲われた。


「エリオット……」


アリアは、喉が張り付くような感覚を覚えながら、震える声でエリオットに呼びかけた。彼は、床に膝をつき、何かを必死に探している。その背中は、悲しみと怒りに激しく震えているように見えた。


「私の……私の家族が……この忌まわしい研究に……深く関わっていた……」


アリアの言葉は、重く、冷たい地下空間に虚しく響き渡った。

歪んだ真実が、今、二人の前にその醜い姿を露わにしようとしていた。


この地下に眠る真実は、果たして二人をどこへ導くのだろうか。


そして、彼らはこの歪んだ過去と、どのように向き合っていくのだろうか。



30話:終わり

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*ポイント評価☆•リアクション(絵文字)・ブックマークしていただけると、とても嬉しいです。よろしくお願いします。

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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。

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