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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第十一章 忘れられたまま、愛されていた
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312話 揺らぎの前兆 - 胸に触れた熱


その夜、アリアは眠れなかった。


横になって目を閉じても、意識が沈まない。

まどろみの手前で、何度も引き戻される。


(……息、浅いな)


深く吸おうとすると、胸の奥で微かに引っかかる。

痛みではない。

苦しさとも違う。


ただ、呼吸の通り道が、ほんの少しずれている感覚。


起き上がろうとして、アリアは一瞬だけ動きを止めた。

胸の中心――心臓よりも、わずかに奥。


そこに、ぬくもりがあった。


(……熱?)


熱と呼ぶには弱い。

けれど確かに、体温とは違う。


外から触れられたものではない。

内側から、じんわりと滲むような熱。


アリアはそっと手を当てる。

指先に伝わるのは、鼓動とは別の、もうひとつの律動。


(……変だ)


魔力の乱れではない。

循環が崩れている感覚とも違う。


むしろ――

流れすぎている。


制御を失った、というよりも。

意志とは無関係に、先へ先へと押し流されている。


水が溢れているわけでもないのに、

どこかで新しい水路が、勝手に開きかけているような。


アリアは静かに立ち上がり、外に出た。


夜風は冷たく、頭を少しだけ冴えさせる。

けれど胸の奥の熱は、消えなかった。


「……アリア?」


声をかけたのはシュウだった。

夜番の合間らしく、手には簡易の医療具。


「眠れない?」

「……うん。ちょっとだけ」


正直に答えると、シュウの表情がわずかに引き締まる。


「胸、苦しい?」

「苦しくはないの。ただ……変」


それだけで十分だった。


「座って。呼吸、見せて」


アリアは素直に従う。

シュウは脈を取り、瞳孔を確認し、魔力の流れにも意識を向けた。


――沈黙。


長くも短くもない、

“判断を探している時間”。


「……おかしいな」


それは医師見習いとしての声ではなく、

シュウ個人の率直な呟きだった。


「何が?」

「説明がつかない」


彼は、はっきりと言った。


「魔力循環は正常。心拍も安定してる。

 過呼吸でもないし、内臓由来の症状でもない」


それなのに、と続ける。


「呼吸が浅い。それと……」


シュウは一瞬、言葉を探すように視線を落とした。


「体の内側が、微妙に“別のリズム”で動いてる」


アリアは、胸に手を当てたまま、静かに聞いていた。


「医学的には?」

「説明できない」


断言だった。


「少なくとも、僕の知っている医療の範囲じゃない」


不安を煽らないように、すぐ言葉を重ねる。


「だからって、今すぐ危険ってわけじゃない。ただ……このまま様子を見るだけ、っていうのも違う気がする」


少し間を置いてから、シュウは言った。


「……明朝、父さんに聞いてみるよ」


アリアは顔を上げた。


「千里鏡で。こういう症例を、どこかで見たことがないか」


シュウの父ケイは、各地を巡り医療奉仕を続けている。

現場も、文献も。

シュウやアリアが知らない“例外”を、いくつも見てきたはずだ。


「すぐ答えが出るとは限らないけど……

 何もしないよりは、ずっといい」


その言葉に、アリアは小さく息を吐いた。


「ありがとう、シュウ」


シュウは頷くだけで、それ以上は言わなかった。

医者として、そして――

彼女の母方の血を引く者として、できることを選んだ顔だった。


遠くで、モルンとマコトがこちらを見ている。

言葉はない。

けれど二人とも、“見逃していない”。


エリオットは少し離れた場所で、いつも通りの距離を保っている。

彼はまだ、何も気づいていない。

それが今は、ありがたかった。


ユリウスは、一度だけ視線を向けて、すぐに外した。

踏み込まないと、決めている顔。


胸の奥で、また熱が脈打つ。


(……まだ)


まだ、大丈夫。

まだ、言葉にならない。

まだ、名を持たない。


けれど確かに――

何かが、身体に触れ始めている。


アリアは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


その呼吸が、昨日より少しだけ難しくなっていることを、

彼女はもう、はっきりと自覚していた。





ーーー313話へつづく




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