308話 送られた祈り - 火の向こう側
2026年
新年明けましておめでとうございます。
今年もマイペースに私占。の世界に
お付き合いくださいませ☆
2026.1.4(日) 月灯
夜が深まり、簡素な野営地に焚き火の音だけが残っていた。
砂漠を越えたあとの土地は、まだ乾いた匂いを残しながらも、どこか空気が柔らかい。
パチ、と薪が爆ぜる。
赤と橙の炎が揺れ、その向こうで影が踊った。
アリアは焚き火の前に腰を下ろし、ぼんやりと火を見つめていた。
胸の奥の疼きは、朝よりも少しだけ静まっている。完全に消えたわけではないが、今は“痛み”というよりも、残響に近かった。
(……火、きれい)
理由もなく、そう思った。
火はいつも怖いものだと思っていた。
戦場の炎。
焼け落ちる街。
取り返しのつかないものを奪っていく光。
けれど、今目の前にある火は違う。
あたたかくて、静かで、どこか祈りに似ていた。
――その瞬間。
ふっと、視界が揺らいだ。
焚き火の炎が、別の火と重なる。
もっと整えられた場所。
石畳。
夜空。
そして、朱色の鳥居。
(……え?)
見下ろしているのではなく、見上げている。
火の前に立ち、手を合わせている“自分”。
厚手の外套ではなく、慣れたコート。
吐く息は白く、空気は冷たい。
遠くで除夜の鐘の余韻が残っている。
(……神社?)
焚き火が、お焚き上げの炎に変わる。
御札や古いお守りが、静かに火にくべられていく。
願い。
後悔。
役目を終えたもの。
それらが、炎の中で形を失い、空へ昇っていく。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
(……これ、知ってる)
でも、名前が出てこない。
いつの記憶なのかも分からない。
ただ――
手を合わせていた“自分”は、誰かのために祈っていた。
個人の幸福ではない。
もっと、遠いもの。
続いていくもの。
火が、また揺らぐ。
今度は、黒と赤が強くなる。
空が暗く、煙が立ちこめる。
叫び声。
剣戟。
夜を裂く炎。
(……っ)
胸の奥が、ドクン、と強く脈打った。
これは、知っている。
思い出せなくても、体が覚えている。
“選ばなかった未来”。
“口を噤んだ瞬間”。
けれど、その映像は長くは続かない。
戦火は、再び焚き火の炎へと溶けていった。
「……アリア?」
エリオットの声で、現実に引き戻される。
気づけば、焚き火を見つめたまま、息を詰めていた。
「大丈夫?」
「……うん」
即答はできなかったが、そう答えた。
マコトも、少し離れた場所からこちらを見ている。
ユリウスは何も言わず、ただ状況を把握するように視線を向けていた。
アリアは胸元を押さえ、ゆっくりと息を吐く。
(今のは……夢じゃない)
けれど、はっきりとした記憶でもない。
境界線の、さらに手前。
“浅い層”の記憶。
だからこそ、断片だけが浮かび、すぐに消える。
イリスが小さく身じろぎした。
フードの内側から、ぽよん、と頭を出す。
「……ひ、あつい……でも……へいき……」
「そっか」
そっとフードを整えてやると、イリスは安心したように再び奥へ潜り込む。
月読猫が、焚き火の向こうで尻尾を揺らした。
「……送られた祈り、だニャ」
独り言のような声。
アリアはそれを聞こえなかったことにした。
今は、まだいい。
知らなくても。
火は、過去を焼き、未来へ送るもの。
祈りも、後悔も、同じように。
焚き火は静かに燃え続ける。
その向こう側に、まだ名のない記憶があることを、誰も言葉にしないまま。
夜は更け、炎だけが、静かに揺れていた。
――309話へつづく。
本当にたまたまなのですが、アリアの記憶がちょうど初詣の記憶として出てきました~。
プロット作ったのめっちゃ前なので、
自分でもちょうど年明け1本目に
初詣の記憶をアリアが見る形になるとは
思ってなかったので、ビックリです!!
2026年もよろしくお願いします。
2026.1.4(日) 月灯




